48、父と息子の上司(赤毛のギルドマスター)
ちょうど昼時だったこともありラウンジに着くなりロースカツ定食を注文した一樹は、それらをトレーにのせて目立つ容姿の父が待つ窓際の席に向かう。一緒にいる相楽は食事をすませており、コーヒーだけ注文していた。
「おう、息子よ」
「息子よじゃねぇよ。飯は食ったのか?」
「家で愛妻が作っているからな」
「爆ぜろ」
親に向かっての言葉としてどうなのかと思われるだろうが、一樹の両親は物心ついた時から常にラブラブで、子供の前でも構わずイチャイチャするような人種であった。彼の家で、両親のベッドのみ何度か買い換えられているというところからもその片鱗が伺える。
「初めまして、相楽と申します」
「初めまして森野です。一樹がいつもお世話になっております」
色香を含ませた笑顔で相楽の手をとり指先に軽く口づけをする彼の後ろ頭を、一樹は容赦なく平手で叩く。結構いい音がしたのだが、痛そうにするどころか平然とした様子で振り返る。
「こら一樹。相楽さんの前で失礼なことをするな」
「どっちが失礼なんだ! どっちが!」
「はぅん……ステキなお父様ぁ……」
頬を染めた相楽は、ハァハァと息を荒げながら体をくねらせている。それを見た一樹は「勘弁してくれ」とため息を吐いた。
「母さんに怒られるからやめろよ」
「これを教えてくれたのは母さんだぞ。人を取り込めば営業しやすくなるってな」
「何教えてんだよ母さんは……」
がっくりと肩を落とす一樹は再びため息を吐きながら席に座り、ロースカツ定食に手をつけることにする。破天荒すぎる両親に常識が当てはまるわけがない。人間諦めが肝心なのだ。
「さて、一樹が食べている間に、質問を受け付けましょうか」
「あの、好きな女性のタイプ……ゲホゲホ、そうじゃなくて、今回研修という形でこちらに来られたようですが」
「しばらく日本での仕事となりましてね。この会社には友人もおりますし、せっかくだから城の兵士に武術の指南をしてほしいと言ってきたんですよ」
「武術の、ですか?」
「んぐんぐ……ごくん。あの、親父はこう見えて近所の武術道場の師範代なんですよ」
「なるほど、それで城の兵士の動きが変わってたのね」
森野父の低音ボイスにうっとりしつつ、なるほどと頷く相楽。数分でロースカツ定食を平らげた一樹は、ふと疑問を感じて口を開く。
「兵士って、NPCですよね。動きが変わるとかあるんですか?」
「愚問よ森野君。AIっていうのは成長してこそでしょ。学習機能って言った方が分かりやすいかしら」
「ああ、そうか……そういえば、プラノも色々やってくれるようになった気がします」
「初期ステータスというか、そのNPCの性格もあるけどね」
「すごいものを作りましたね……うちの会社」
食後のコーヒーを飲みながら、一樹はシステムだけじゃなく多くの労力をかけてまで運営しているこの状況で、どうやって維持しているのかと考えて「なるほど」と腑に落ちる。
「顔をいじったりする時の料金が異様に高いのは、この状況ゆえですか」
「もちろんよ。通常のVRMMOより森野君みたいに人を雇ったりする人件費をはじめ、イベントやシステムの改変とかでいくらお金があっても足りない状態なのよ。スポンサーも多くいるけど、それだけじゃ維持するのは難しいわね」
「なるほど……」
それでもゲーム内ではイケメンでありたい勢は少なくない。彼らはしっかり重課金して、この『エターナル・ワールド』を楽しんでいる。運営も彼らのおかげで成り立っていると言っても過言ではない。
「廃人プレーヤーに感謝ですね」
しみじみと言って残りのコーヒーを飲み終わった一樹に、目の前にいる彼の父親は「じゃあ、俺は行くぞ」と言って立ち上がる。
「あ、帰るの?」
「相楽さんに挨拶もできたからな。明日は空けておけよ」
「明日は仕事だよ」
「その仕事中に俺と会えってことだ。いちいち遠隔操作するのは面倒だろう。俺が教えてやるから、リアルの気配を抑えるやり方を一日で覚えろ」
「え?」
理解できない一樹をそのままにして、早々に去って行く父親の後ろ姿を見た相楽が、再び頬を染めて体をくねらせながら一樹に問う。
「リアルの気配って何?」
「よく分からないんですけど、それが原因で妹に身バレしそうなんですよね」
「家族ならともかく、他でバレないように気をつけてちょうだい」
「了解です」
それでも妹の愛梨の察知能力を上回る人間はいないだろうと一樹は思っている。あれは愛のなせるワザであるからだ。
何にせよ、対策できるのであればそれに越したことはないと考える一樹であった。
翌日、城にいる王子(父親)のためにギルマスモードでログインする一樹。そこに早速ステラが報告ということで執務室に来た。
「エルフの国から、神であるオリジンから祝福を受けた女性が王都にいらっしゃってます」
「そうか。確か治療師だったな」
「はい。ですが……」
ポニーテールにした水色の髪をサラリと揺らしたステラは、いつになく物憂げな表情でギルマス一樹を見る。それに少しどきりとしながらも、何事もないような面持ちで彼女に視線を向ける。
「どうした?」
「渡り人の治療師は、治療魔法以外は使えない方が多いと思っていました。ですが彼女に限っては精霊魔法も使えるとか……」
「それは、彼女から聞いたのか?」
「いえ、先程ハンターギルドで魔獣退治の依頼を受けた時に、彼女のプロフィールを見た者が私に報告してきました」
「……たしか、ギルドに登録しているものの個人情報は秘匿するのが決まりだったな」
「はい。ギルドの職員たちには制約の術がかけられているので、彼女が口に出さなければ広まらないと思いますが」
「分かった」
ミユがこの事を広めるとは思えない。彼女がアイリ以外のプレーヤーと接触する可能性も低い。しかし面倒なことが起きる前に彼女と会って話す必要があると一樹は考えた。
そうと決まれば早々に済ませておかねばと一樹はステラにギルドを任せ、城にいる筋肉王子の元へ向かうのだった。
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