閑話、とある技師から見た風景
私の名前はコトリ。申し訳ないけど、本名は伏せておく。
このVRMMO『エターナル・ワールド』では、私は魔道具を作っている技師としてプレイしている。いわゆる生産職というやつだ。
それなりにゲーム仲間もいるけれど、攻略よりも発明品作ってスローライフを楽しむことを選んだ私は基本ソロでプレイしている。
なぜ、魔道具技師なのかって?
錬金術とか薬師とかで秘薬とかの研究をしても良かったんだけど、なぜかキャラメイクしているときに第六感みたいなものが「やめとけー」って引き止めてきたんだよね。
薬だけは作るなよーみたいな。この先イヤっていうほど作る羽目になるぞーみたいな。これは芸人のお約束とかそういうやつじゃないんだからなーみたいな。
気のせいだろうけどね。こういう直感みたいなのは外れたことないから、基本は従うことにしているんだ。
さてさて、ソロでプレイしている私は、魔道具を作るための素材も一人で集めに行っている。
ギルドで依頼してもいいんだけど、スキルだけじゃなくてプレイヤーのレベルも上げないと体力が保たないんだよね。だから自分で素材集めしてレベル上げをしている。一石二鳥ってやつだ。
だけどゲームであるはずのこの世界は妙にリアルで、お腹すいたら動けなくなるとかで「行動不能状態」になったことがある。
たまたま通りすがりのNPCさんに助けられたけど、あれは本当にヤバかった。せっかく集めたアイテムとかお金がなくなるところだった。デス・ペナルティってやつね。あれ、ギルドとかに預けてないと、持ち歩いてるの全部なくなっちゃうんだよね。ほんとエグいよこのゲーム。
「さーてと、工房はNPCの薬師さんが使っていないみたいだけど、肩慣らしに素材集めからしますかー」
リアルでのデスマーチで倒れてうっかり異世界にいく……などということはなく、なんとか今期も乗り越えたと喜びと、久し振りに『エタワル』にログインできて浮かれている私。さっそく魔獣狩りでもしようかと、依頼を探しにハンターギルドへと向かう。
行く途中にステータスを確認していると、トップランカーである友人たちから「特殊なイベントに参加している」という内容のメッセージが入っていた。
「特殊なイベント?」
ギルドへ向かう足を止めると、何通か入っているメッセージを名前でソートする。ピックアップしたのは盆暮れ正月くらいにしか会えない弟のプレイヤーネームだ。
「受信が数分前か……」
レベルの差から遠慮していたけど、特殊イベントなら合流してもいいかな。あの子が怒ることはないだろうけど、一応姉として気をつかっておかねば。一応ね。
「ええと、火属性のトカゲを討伐して精霊解放をする……? 公開されている情報にはそんなこと載ってなかったよね?」
ギルドからの討伐依頼がイベント扱いになっていて、内容は氷や水の魔法使い急募とある。水の精霊魔法は使えないって注意書きがあるけど、そこら辺が弟からのメッセージにある精霊解放と関係があるのかもしれない。
「トカゲに火属性がついて、強化されているようだ……と。なるほどねぇ」
いくつか魔道具をチョイスして装備した私は、やたらと大きなパーツを取り出す。
とにかく燃費の悪いそれは、頼まれて作っているものだけど完成には至ってない。このパーツひとつがどれだけ費用がかかっているのか……うう、あまり考えたくないなぁ。
「緊急事態だし、許してくれるだろう」
依頼主がブチ切れないよう祈りながら、私は王都の門へと走った。
「ミユさん、無事で良かった……遅くなってすみません……」
「ふぇっ!?」
何度か木にぶつかったり、地面に投げ出されたりした私がやっと友人達に合流できると思ったその時、目の前に漂う甘々な空気を察知し思わず舌打ちをする。
やけにガタイのいいエルフの青年が愛らしい少女を抱きしめていて、捕食寸前というところで黒髪ショートボブの美少女にハリセンで思いきり引っ叩かれている。
素晴らしいハリセンさばきだと感心していたら、彼女の持っているのが魔道具だと気づく。そしてそれを作ったのは私だったことを思い出す。
見覚えのある美少女だと思っていたら、確かエルフの国の魔獣討伐イベントで知り合った子だ。
苦笑しているのは友人のアヤメで、隣にいる普段愛想のかけらもない弟のムサシは珍しく爆笑している。
うん。これは笑うしかないね。うん。
そういえばこのイベント、急がなきゃいけないやつなんじゃなかったっけ?
とある魔道具でスピード移動してきた私は、回復薬を飲んで打ち身を癒しつつ騒がしい彼らの元へと向かう。
振り向いたエルフの青年に、一瞬何かを感じた気がしたけど……気のせいかな? 整った顔が眩しい。そして彼の腕からなんとか離れようと頑張るオレンジ頭の女の子が可愛い。装備からすると回復役みたい。可愛い。
「姉さ……コトリ、早かったな」
「別に姉さん呼びでいいわよ。移動が早かったのは、この前の試作品使って来てみたの。まだまだ改良が必要だけど、これならかなりのスピードが出るって分かったわ」
「それで、その試作品は?」
「改良しないとって思ったよ?」
そっと後ろ手に持っていたボロボロになった何かをちらりと見せれば、ムサシは盛大なため息を吐く。
うん。ゲームとはいえ、さすがにブレーキなしの状態で走ればこうなるよねって感じ。
「あの人なら許してくれる。弁償するし……」
「当たり前だろ。それより戦えるのか?」
「もちろん!」
私は自信満々に返す。
私の名前はコトリ。
技師には技師としての戦い方があるのだ。
もちろん、魔道具を使って……ね!
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