80、精霊王たちとの語らい(オリジン・エルフ)



 綺麗系の美少女と可愛い系美少女をエスコートして、流行りのパンケーキの店に行くというある種の苦行をこなした一樹は、会社に戻るとそのままログインすることにする。

 運営NPCはシフト制であるため決まった時間に勤務する決まりとなっているが、その他の時間に関しては特に制約はない。一般の機材と違って、丸一日ログインしていても体に負担はないからだ。

 しかし食事だけはリアルで摂取する必要があるため、ある程度の空腹を検知されると強制ログアウトとなってしまう。


「一応、水分も摂っておくか」


 1リットルのスポーツドリンクを一気に半分ほど飲むと、一樹はカプセルを開いて蛍光ピンクの液体に潜りこんだ。








 エルフの国、オリジン・エルフとしてログインした一樹は、すっかり回復したプラノの淹れる茶を堪能すると神殿の外へと出た。

 護衛として付き添おうとする兵長のルトに一樹が不要と伝えると、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。


「オリジン様ならば護衛は必要ないと思いますが、プラノが心配しますのでなにとぞ……」


「そうですか、プラノが……。しかし今から精霊王とやり取りをするので、私ひとりが望ましいのですよ」


「精霊王様とですか! そうとは知らずに申し訳ございません!」


「そう時間はかからないので、プラノに伝えてもらえますか?」


「もちろんです。精霊王様とご一緒であれば、プラノも安心するでしょう。ではここで失礼いたします」


 丁寧に一礼したルトが音もなく神殿へ戻るのを見送ると、一樹は森の中へと入っていく。

 運営用のマップをウィンドウに開き、しばらく歩けば泉があるのを確認する。目当ての精霊はここにいるだろうと一樹は確信していた。


『ここに来るのは初めてではないか? エルフの神よ』


「そうですね。風の精霊王」


 オリジン一樹の長い銀髪を風で揺らして遊ぶのは、肌以外は全身緑色の美しい女性だ。いつもの着物風な服は、スタイルのいい彼女の魅力を存分に引き出しているようだ。

 さらに歩くオリジンの影から、黒を基調としたゴシックロリータファッションの美少女が音もなく現れる。


『エルフの神、二度目だけどはじめまして』


「この姿では、はじめましてですね。この前は助けていただきありがとうございました」


『また、抱っこする』


「それは……またの機会にしましょう」


 聖王国とエルフの国を繋ぐ移動の魔法陣が壊された時、一樹はギルマスの姿で闇の精霊王と会っている。その時、ギルマスモードの一樹「が」黒ゴスロリ美少女「に」お姫様抱っこされたのはしょっぱい思い出だ。


『ほう、それは楽しそうじゃのう』


「やめてください。もうダメですよ」


『エルフの神、けち』

『けちんぼじゃのう』


 美女と美少女にやいのやいの言われながら、オリジン一樹は森の中にある小さな泉に到着する。小さな青い光が多く飛び交うこの場所ならば、きっと呼べるだろうと一樹は考えていた。


「さて、ここにいる水の下級精霊たち。君たちの王様を呼んでもらえるかな?」


 オリジン一樹のよく響く声に青く小さな光たちは点滅し、上下に何度も動く。手を伸ばせば方々を飛んでいた青い光が集まり、冷たい水となって彼の肌を潤していく。

 やがて泉の真ん中あたりから強い光が発し、白い肌に長く真っ直ぐな青い髪とサファイアのような瞳を持ち、青い薄衣をまとった儚げな美人が現れる。

 口を開いて響くその声は、なんとも涼やかだ。


『ようこそ、今代のエルフの神』


「はじめまして、水の精霊王。姿を見せてくれてありがとう」


『……風と闇とは、珍しい組み合わせ』


 水の精霊王は泉の水面を滑るようにして、岸にいるオリジン一樹たちの近くまで移動する。濡れたようなその長く青い髪は風に揺れず、しっとりと水のように体を伝っているのが分かり一樹は感嘆の声をあげる。


「すごいものですね。人型となる精霊は、美しくて不思議です」


『ふふ、ありがとうエルフの神』


「そして……男性?」


『気に入らない?』


「いえ、間違える人達が多そうだなと思っただけです」


『好き?』


「恋愛をするならば、私は女性体でお願いしたいです」


『ならば風はどうだ、エルフの神よ』

『愛らしい闇は?』


「却下ですね!」


 ここぞとばかりに推してくる二人の精霊王をバッサリと切ったオリジン一樹は、少し眠たげな様子の水の精霊王に向かって問いかける。


「恋愛はともかく……今日ここに来たのは、水の方々が今代のエルフの神に協力してもらえるか聞きたくて」


『下級精霊だけでは足りない?』


「はい」


『そう……今代のエルフの神は、ずいぶん欲張り』


「無理に協力してくれとは言いません。この後は火の精霊王も呼びますし……」


『協力する』


「え? 無理しなくても……」


『火のに先越されたくない。このあと百年単位で水はケチだとか言われる』


 心なしか白い肌がピンクに色づいたみずの精霊王は、先ほどまでのおっとりとした雰囲気とは違い少し人間味のある表情になっていた。そんな彼の様子に首を傾げる一樹の耳元で、風の精霊王がそっと囁く。


『水のは火にだけ感情が動かされるが、火は水の気持ちに気づかぬダメ精霊でのう』


「なるほど……それなら大丈夫そうですね」


『大丈夫もなにも、我ら精霊王はエルフの神に逆らうことは滅多にないからのう。世界に害を与えることでなければ、全ての精霊は従う』


『水、面倒くさがり。動かない。太る』


『ふ、太ってないから! ……少ししか……』


 思わず彼の腹まわりを見てしまったオリジン一樹は、精霊王直々に抗議の冷たい水をかけられてしまうのだった。

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