119、熊の不思議なアイテム(旅の薬師)
何もないように見えた風景から、じんわりと姿を現したのは熊のような外見の男だ。
運営モードのウィンドウで彼がプレイヤーであることが分かる。薬師の一樹は油断なく身構えると、いかつい風貌に似合わない穏やかな口調で話しかけてくる。
「やぁ、俺の隠蔽を見破るとはすごいね。もしや特別な『目』を持っている人かな?」
「そりゃあ、こう見えて僕は薬師だからね。鑑定くらいは使えるよ」
「なるほどねぇ……」
「僕の、何を疑っている?」
薬師の一樹が問えば、熊のような彼は微笑む。
「悪かったねぇ。NPC……ここの住人は善人ばかりじゃないからねぇ。君はどうやら悪人ではないようだ」
「善人でもないって?」
「そうは言ってないよ。俺の知り合いを助けてくれたのを知っているからねぇ」
「助けた?」
旅の薬師モードの一樹が、誰かを助けたことは数えるほどしかない。
彼が過去に助けたのは……。
「助けた人の中で一番厄介だったのは、コトリさんかな?」
「うんうん、だろうねぇ。さぞかし迷惑をかけたと思うよ」
森の中で行き倒れ寸前だったコトリにご飯を食べさせ、王都まで送ったことがある。あの時はミユとアイリに危機が迫っていて、色々と大変だったことを一樹はつらつらと思い出した。
「でも、彼女はとても有能な魔道具技師だよ。恩を売っておいて損はないって思っている」
「なるほどぉ。なかなか君も言うねぇ」
彼の独特な雰囲気のせいか、身構えていた気持ちが凪いでいくのを感じる。
スキルや魔法を発動したのかと思ったが、ログには何も残っていない。これは元々、彼の持っている資質のようなものなのだろう。
「えーと、貴方は……」
「俺の名前はクマだよ」
「クマさん、はじめまして。僕のことは旅の薬師とでも呼んで」
「名前はないのかい?」
「ないよ」
クマはしばらく黙って目を細めていたが、小さく息を吐く。
「確かに、君の名はないようだねぇ」
「どこかに定住したら、たぶん名前をもらえる……と、思うけど」
「なるほどぉ」
ほむほむと頷きながら、クマは自分が背負っている荷物袋を地面に置く。袋の中に手を突っ込みガサゴソあさり、瓶をひとつ取り出すと一樹に向かって放り投げてくる。
「おっと、危ないなぁ……あれ、これ……」
「それ、なんだか分かるかい?」
「光る粉?」
薬師モードで鑑定して出てくるアイテム名は『光る粉が入った瓶』だ。内容を見ても『素材』としか出てこない。
しかしこのタイプのアイテムについては、レア素材である確率が高いだろう。
「俺が作っているバイク……乗り物には必要ないものみたいなんだ。コトリさんのお世話してくれた礼ってことで、どうかなぁ?」
「素材をもらえるのは助かる。ありがとうクマさん」
「実はちょっと使っちゃったんだよねぇ。俺の服に黒いドロっとしたのが付いた時、なんとなくこの粉をかけたら汚れが落ちたんだよ。洗剤なのかなぁ?」
「黒い、汚れ?」
口元しか見えないが、一樹の表情が変わったのをクマは感じ取る。ほむほむと頷くと、今度は荷物袋から地図を取り出して彼は指をさす。
「この光る粉は、ここで見つけたんだよぉ」
彼が地図に指を置いた場所。それは王都近くにある、エルフの国へ移動する魔法陣がある場所だった。
エルフ神殿の前に着くと、金茶色の狼から降りた巫女はキョロキョロとあたりを見まわす。
「えっと、ありがとうマリーちゃん」
無言でぺこりと頭を下げた狼は、来た方向へと走り去った。
「さてと……いっくんはまだ来ないわよね」
エルフの神殿といえば、家に飾ってある『オリジン・エルフ限定大判ポスター』の姿をしたNPCがいるところだろう。
一樹(息子)が来るまでここにいるのも暇だと思っていた彼女は、爽やかな声の男性に話しかけられる。
「失礼します。この神殿に御用ですか?」
「はい。こちらの……神殿の人に呼ばれまして」
「神殿の者が、貴女を?」
長く伸ばした艶やかな金髪をひとつに結わえ、すらりと背の高いエルフの青年は首をかしげる。彼はエルフ特有の細身の体ながら、しっかりと鍛えてある筋肉を感じ取れる体躯をしていた。
兵士長である彼が女性の言動を怪しまないのは、彼女に邪気がないのと、不思議な何かを感じたからだ。
「ルト兵士長、どうしました?」
「プラノ神官長、ちょうどいいところに。こちらの女性が神殿に用があるそうで」
「突然ごめんなさい。人手が必要だって聞いて、ここに呼ばれたのだけど……」
背の低い、可愛らしい女性。
既視感を感じたプラノがエメラルドのような目を細めると、女性のまとう空気に気づく。
「……なるほど、オリジン様にご縁がある方でらっしゃいますね。こちらへどうぞ」
「オリジン様の!?」
驚くルトに、プラノは風の精霊を使い「周りには黙っておくように」と囁く。
現在オリジンが手がけていることについて、神殿内でも限られた者しか知らない状態だ。精霊王たちが集まっていることもそうだが、赤子姿の土の精霊王がいることは隠すようにとオリジンから強く言われている。
プラノが案内しようと神殿の扉を開けたところで、巫女は思わず問いかける。
「こんなすぐに信用しちゃって、大丈夫?」
「もちろんです。風の精霊たちが貴女を迎え入れるように言ってますから」
「そっか。精霊たちの言うことは嘘がないものね」
「それと……」
プラノは肩口で切りそろえてある金色の髪をさらりと揺らして微笑む。
「こちらによく来られる、アイリ様によく似ておられます」
「あら! アイリもここによく来てるのね!」
プレイする時間がなかなか合わないのよねぇと、ため息とともに彼女のたゆんと揺れるそれを見てしまったルトとプラノ。
見てはいけないと目をそらしながらも、二人そろって頬を赤らめるのだった。
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