118、使えるたわわは親でも使う(ギルマス・薬師)
なにやら意味ありげなコトリの言動だったが、理由を聞けば誰でも分かることだった。
「うちの工房に置いてあるのは『液体の入った瓶』って表示されているし、ギルマスさんが持っているのは『黒い液体の入った瓶』って見えるもの。同じものじゃないでしょう?」
「……確かに」
運営モードで棚に置いてある瓶を見ても、中身は『液体』としか表示されていない。
これを錬金などで使用すれば、ゲーム内でバグを引き起こすような危険な何かができてしまう可能性がある。
この情報はコトリの知り合いからもたらされたものだという。
「鍛治職人のプレイヤー……渡り人が武器を作るのに使ったらしいんだけど、その武器に触れた生き物が魔獣化したらしいの。あわてて運営に……えーと、私たちの神さまのいる所に連絡したって」
「そうだったのか。だが、そこに置いてある液体について俺に知らせるのはいいが、そちらの神にも連絡をとるべきではないのか?」
「調べてもらったんだけど、このアイテムに異常は見られないから関与しないんですって」
「異常はない?」
確かにこのアイテムを見ても、一樹に異常を知らせる警告ウィンドウなどは出てこない。
そして運営が動かないということは、これはゲームの世界では存在すべきものということになる。
相良にアイテムについては報告しているが、運営が動けないということを一樹は知らされていなかった。
「同業者には、このアイテムを使うなって警告はしているけど……」
「また何かが起こるかもしてないということか」
「なーんかこのゲームの運営……私たちの神さまって、抜けているところがあるのよね。すべてにおいて後手後手に回っている感じがする」
「なぜ、そう思う?」
「イベント……あー、なんて言えばいいのかな。神さまの予言みたいなのが私たちには聞こえるんだけど、それが遅いなって思うの。他のゲーム……世界にも私たちは行ったりするんだけど、そこではもっと準備もできるし、こういう変なアイテムが出ないようにしてくれるのが普通なのよ」
一樹は子供の頃にゲームをやったことはあるが、オンラインゲームについて経験がほとんどない。
このゲームについて、別の視点から見る必要があるのかもしれないと一樹は感じていた。
コトリに検証してもらうため『黒い液体』を預けようと思ったが、本人からギルマスが見ている時にやったほうがいいだろうと言われ、また別の日に依頼することになった。
今できない理由として、土の精霊王が寂しがって泣いている様子がシラユキの目に映し出されたからだ。
工房から出たギルマス一樹には、通りすがるプレイヤーやNPCたちの視線が集まる。最近多くのプレイヤーが王都に集まっているため赤毛のギルドマスターの認知度が上がり、男性NPCの人気ランキングの上位に食い込んできたのだ。
とりあえず一度、執務室に戻ろうと一樹が歩いていると……。
「いっくーん!」
「……いっくんはやめてくれ」
たゆんたゆんと揺らしながら、巫女服を着た女性が駆け寄ってくる。揺れるモノもさることながら、彼女は魅力的な顔の作りをしているため、周囲の人々からの視線をさらに集めてしまう。
リアルでも若く見える自分の母親だが、ゲーム補正が加わりさらにピチピチなたわわになっているようだ。
ちなみに、揺れるたわわを持つ母親に対し、妙な視線を送ってくる輩に父親が威嚇するのを見た幼い一樹の「揺らさないようにすればいいのでは?」という意見は「俺の楽しみを奪うな!」という謎の返しで却下されたことがある。
そのとき一樹は幼いながらに父親の残念臭を感じ取ったが、以後この件に関して触れないようにする出来た子であった。
「ふふ、まだまだお母さんもいけそうねぇ」
「いくなよ……ああ、そうだ。ちょっと付き合ってくれるか?」
「あらあら、デートに誘ってくれるの?」
「はいはいデートだよ。レベル低いみたいだから、ちょっと乗り物使ってエルフの国に行こう」
父親とこの世界で会うこと以外やることがないから暇だと言う母親に、一樹はこれ幸いにと仕事をしてもらうことにした。乗り物はもちろん、一樹に押し付け……協力してくれている狼族のマリーである。
ギルマスから薬師モードに変更した一樹は、母親を連れて王都の外へ出ることにする。他のプレイヤーがいないことを確認してマリーを呼び出すと、どこからともなく現れた金茶色のモフモフを母親はすっかり気に入ったようだ。
「いっくん! この子飼いたい!」
「彼女は一応、狼族の長の娘だから。ペットじゃないから」
そう諌める一樹自身はマリーを乗り物扱いしているのだが、それはそれ、である。
馬ほどある大きな体躯を持つマリーに、エルフの国まで送ってもらうよう頼めば嬉しそうにひと声鳴いた。
狼族は土の精霊王を神として祀っているため、その赤子が保護されているエルフの国に行くことは喜びとなるらしい。
「いっくんは乗らないの?」
「そろそろ何か食べておかないとだから。一度ログアウトしてくる」
「お肉ばっかりじゃなく、お野菜も食べなさいよ」
「はいはい」
走り去る金茶色を見送ると、薬師の一樹は小さく息を吐く。
「さて、僕に何か用かな?」
草地が広がるだけの何も地に、隠れるような場所は見当たらない。
それでも薬師の一樹は、顔半分を覆う茶色の前髪の隙間から鋭い目で『彼』を見ていた。
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