117、黒の情報収集(オリジン・ギルマス)


 自分の演じるNPCについての方向性は置いておくとして、一樹は今ある問題をいったん整理してみることにした。


 まず、土の精霊王の世話をどうするのか。

 いつまでもミユに世話をしてもらうわけにはいかないだろう。彼女にはやるべきことがあるし、仲間のアイリと一緒に次のイベントにも参加すると思われるからだ。


 二つ目は、大規模イベントをギルマスとしてどう進めていくか。

 この件についてはステラに丸投げ……というわけにはいかないだろう。王命ともいえるハンターギルド本部からの通達で、ギルマスは強制参加させられるからだ。


 三つ目は、黒の存在について魔道具技師コトリと話し合うこと。

 この件について後回しにすることは可能だ。しかし、これを先にやっておかないとあとで後悔することになると、一樹の勘が伝えてくる。本能が警戒している状態だ。


「土の精霊王が赤子とは……困りましたねぇ……」


「我らエルフが細身であるために、たわわをご提供できず申し訳ございません」


「たわわ? ……いえ、それは種族特性ですから気にしないように」


 プラノのほっそりとした体に一樹は憧れている。つねづね己の胸筋を見て「エルフにたわわは不要だ」と彼は強く感じているのだ。

 それはともかく、一樹は考えていたことをプラノに提案する。


「神殿の近くに、精霊王たちが集うための別邸を建てましょう。そこには私が認めた者たちのみ入れるようにします」


「それがよろしいかと。精霊王様たちは庭でよいとおっしゃられるのですが、神殿の者たちは皆、たいしたもてなしもできず申し訳ないと思っていたのです。すぐに施工に取りかかります」


「頼みます、プラノ」


「お任せください」


 一礼したプラノは、オリジン一樹の口調から急ぐだろうと察し、さっそく取りかかろうと部屋を出て行った。


 どういう条件で現れたのかは不明だが、黒の存在はエルフにとって危険だということが分かっている。シラユキを助けた時に『オリジン』であれば浄化らしきことはできたが、あれ以来オリジンモードの時に黒は現れない。

 すると、メッセージを受信したことを知らせるウィンドウが一樹の視界に入ってきた。

 黒の素材が置いてある工房で待っているというコトリからのメッセージで、丁寧に地図も添付されている。


「シラユキ、少しの間だけ見てもらえますか?」


「キュン!」


 寝室の大きなふかふかベッドに赤子を寝かすと、シラユキは小さな体でありながらも守ろうとするように、キリッとした表情でお座りしている。


「よし、いい子」


「キュゥン」


 一樹が撫でれば足元がてれっと崩れてしまうのはご愛嬌だ。

 シラユキの目を使って常時赤子を見ることにして、一樹はオリジンからギルマスへと切り替えた。







 執務室にステラがいないことを確認し、気配を消しつつギルドから外に出る。

 受付のコウペルは察知していたようだが、外出を黙認してくれるようだ。彼にはボーナスを出そうと心に決め、ギルマス一樹は赤い髪をなびかせ街中を歩いて行く。


 夕方の王都では、酒場のある繁華街周辺がひときわ賑わいをみせている。

 仕事終わりの住人たちや、ギルドの依頼をこなしたハンターたちが酒を酌み交わし、夜の街へとくりだしていくのだ。


「はぁ……皆、気楽でいいよなぁ……」


 誰かが楽しんでいれば、その裏側のどこかで必ず働く人がいる。

 皆が寝たり遊んだりしている時に働く人がいるからこそ、世の中は成り立っているのだ。それはゲームの世界でも同じである。


「いかん、羨んでいる場合じゃない」


 上着を羽織り直し、己の頬をペチンと叩いた一樹はコトリの工房へと向かった。

 途中、小さな広場にある噴水の前を通ると、勢いよく水しぶきが上がる。水しぶきがかかりそうになり、一樹は避けようと後ろに飛び退る。


「なんだ? 噴水、壊れているのか?」


『いや、壊れていない』


 青い燐光を放つ美青年が、噴水の水から半身を現している。

 ギルマス一樹は人がいないことを確認すると、水をまとう青年に視線を向けた。


 どのような姿をしていても、人を魂で認識する精霊たちは一樹を見つけ出すことができる。もちろん水の精霊王も、一樹がオリジンでありギルマスであることを自然と認識できていた。


「どうした? エルフの国に何かあったか?」


『僕の領域に変なのが入ってきたから、土と火と風に頼んで作ってもらった』


 彼が一樹に差し出したのは小さなガラス瓶だ。中には墨汁のような液体が入っている。


「これは……!!」


『前にも見たことがあったけど、うまく捕まえられなかった。今回は弱っていたみたい』


「感謝する! 水の精霊王!」


 コトリに会う前にこれを得られた喜びのあまり、思いきり美青年を抱きしめるギルマス一樹。その白く透き通るような肌をピンク色に上気させた水の精霊王は「服が濡れるから」と、一樹から慌てて離れる。


『わ……渡したから……』


 シュワーっと湯気をたたせた水の精霊王は、噴水の中に逃げるように潜ってしまう。蒸発した水が霧状になり。キラキラ虹色に輝くのが消えるまで見送った一樹は、手の中にあるガラス瓶をじっと見る。


「運営モードでも『黒い液体』としか出ないか」


 それでも、コトリの工房に置いてある黒い液体と見比べることくらいはできるだろう。

 駆け足で工房に到着した一樹は、はやる気持ちをおさえてドアをノックする。


「どちらさまー」


「ハンターギルドのギルドマスターだ。入っていいか?」


「どうぞー」


 どうやら何か作業をしているらしい彼女の様子に、一樹は遠慮なく中に入る。

 薬師モードなら合鍵をもっているが、コトリのいる前では使えない。


 コトリは金属のインゴットに謎の液体をかけている。

 すると見るからに硬そうな金属の塊がぐにゃりと溶け、作業台から落ちそうになった時、コトリが平たい受け皿でそれをキャッチした。


「……よし、これであとは乾かすだけっと」


 ひと区切りついたコトリは、ギルマス一樹に笑顔を向ける。


「こんにちは。なんだか急いでいる?」


「ああ、黒い素材についてなんだが……これを見てくれるか?」


 自分なら大丈夫だがコトリには危険かもしれないと、一樹は手に持っている黒い液体の入ったガラス瓶を振ってみせた。


「それっ……!!」


「うおっ!? おい、ちょ、落ち着け!!」


「落ち着けない! 無理! もっと近くで見せて!」


「待て待て! 危ないから触るなって!」


 食いついてくるコトリは、長身のギルマス一樹にしがみついて瓶を奪おうとする。危ないからと言っても止まらない彼女の、色々な柔らかいものが当たるのを一樹は歯を食いしばって耐えていた。漢(おとこ)である。


「はっ……いけない。もしこれが黒の素材と同じものなら、動作の回数に制限があって消えちゃうかもしれないわね」


「落ち着いてくれたか……」


「あ、あら、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


 慌てて一樹から離れるコトリの頬は真っ赤だ。魅力ある美丈夫にがぶり寄ってしまった恥ずかしさで小さくなるコトリだが、頭の中は魔道具技師として冷静になっている。


「この素材について、何か分かるか?」


「あの棚に置いてある黒の素材と同じものではあるけれど、ギルマスさんが持っているのとは少し違うようね」




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