116、乙女たちと動物、そして女神(運営、オリジン)


 最近、バグの報告が増えていたことは運営チームでも問題になっていた。

 黒い存在が原因である可能性も考えられているだろうが、取り急ぎ一樹は魔獣と相対しつつ素早く相良へメッセージを送る。


「運営さん! 攻撃がくるわよ!」


「はーい、了解っと」


 もともと高い身体能力を持つ一樹は、魔獣の突撃を軽い身のこなしで避けると同時に撒き散らされるバグを指を鳴らして正常化させた。

 そして魔獣に向けて手を掲げると、影から黒いどろりとした液状のものが地面に吸い込まれていく。

 黒が抜けたと同時に、牛ほどの大きさだった魔獣はどんどん小さくなっていった。


「逃げちゃったか……運営権限でも捕まえることができないとか、まったくもって面倒な……」


 黒が抜けた魔獣はあれほど暴れまわっていたにもかかわらず、すっかりおとなしくなっている。よく見れば魔獣ではなく、タヌキのような動物だった。


「魔獣じゃない、この世界の動物に入りこんでいた?」


「ムー……」


 悲しげにムームー鳴くタヌキもどきを、一樹は身につけていた黒い手袋を外し撫でてやる。

 すると、後ろで見守っていた乙女三人が黄色い声?をあげながら一樹の元へ集まってきた。パステルカラーで色とりどりなドレス型アーマーは、見る者の目を楽しませてくれている。……と、思われる。

 

 黄色いドレス型アーマーののエリザベスが、しっとりとした微笑みを浮かべて一樹に問う。


「運営さん、お怪我はない?」


「ありがとう。俺は大丈夫だけど……」


 そう言って手元を見れば、すっかり一樹に懐いているタヌキもどきがいる。


「お前、一応この世界の野生動物だよね?」


「ムー♪」


「いや、だからなんでお前は警戒心ゼロになってんの」


「ムムム、ムームー♪」


「助けてくれたと思っているんじゃないかしら?」


 水色のセシリアは太くがっしりとした腕を組んでタヌキもどきに目をやれば、モフッとした尻尾を嬉しそうに振っている。


「あーん! この子かわいいー! 運営さん格好いいー!」


 桃色ドレスのジョセフィーヌは、分厚い筋肉に覆われた体をくねらせて悶えている。そこになるべく視線がいかないようにしながら、一樹はタヌキもどきを抱き上げた。


「運営は動物を飼えないんだよ。ごめんな」


「ムー?」


「もし良かったら、私たちがお世話しましょうか?」


 つぶらな瞳で一樹を見上げるモフモフをどうしようか一樹が悩んでいると、エリザベスが胸筋をピクピクと動かしながら提案する。

 願ってもないことだとタヌキもどきを見れば、乙女(ガチムチ)たちに向けてムームー鳴いている。さきほど戦っていた中で何かが生まれたのかもしれない。筋肉とか。


「じゃあ頼むよ」


「うふふ、お任せあれー」


 笑顔でこたえたセシリアは、一樹に触れようとするジョセフィーヌを止めるため太い首に腕をまわして締め上げると「ごきり」と不穏な音をたたせていた。







 手早く相良に報告のメッセージを送ると、ふかふかなベッドで一樹はオリジンとして目覚める。

 貫頭衣と下着(ふんどし)を身につけると、シラユキの目を使い隣の部屋にミユたちがいるのを確認する。下級精霊たちがまとわりつくのをそのままにベッドから降りれば、部屋のドアが開き、エルフの神官長プラノが静かに一礼していた。


「オリジン様、お目覚め感謝いたします」


「留守の間、よく頑張りましたね」


「いえ、神殿内に侵入を許してしまいました」


 顔を上げないまま話すプラノを見たオリジン一樹は、苦笑して彼の肩にそっと手を置く。


「あの存在は謎が多いのですよ。それに、プラノが触れると精霊の力を吸い取られてしまう」


「風の精霊王様が逃してくれました。他のエルフたちが近づかないよう結界も張ってくださり……私は、何も出来ず……」


「プラノ」


 オリジン一樹はうつむくプラノの顔を上げさせ、彼の目をじっと覗き込むように見る。みるみる桜色に染まる頬を親指で撫でると、安心させるように笑ってみせた。


「プラノ、誰一人として怪我もなく元気でいることがどれほど嬉しいことか、あの戦いの時にちゃんと分かったはずでしょう?」


「ふぁ……ふぁい……」


 見つめ合う美丈夫と美少年という図を、いつの間にきたのか女性二人が開いたドアの向こうから見ている。なんと声をかけていいのか分からず途方に暮れるミユと、なぜかニヤけ顔で見ているアイリだ。

 するとミユの抱いている赤子の精霊王が、オリジンを見つけて「まっまー」と騒ぎ始めた。


「あ、ミユさん! 精霊王を見ていてくれて、ありがとうございます!」


「はぁ……」


 騒いでいる赤子をオリジンが抱き上げると、何かを確かめるように彼の胸元をぽんぽんと叩き、再びミユの方へ手を伸ばす。どうやら一樹のたわわよりも、ミユのたゆんたゆんを気に入っているようだ。


「やはり女性のほうがいいみたいですね」


「えっと、あの……」


「どうしました?」


 眉を八の字にしているミユの頭を撫でてやりたい衝動にかられつつ、オリジン一樹は表面上穏やかな笑みを浮かべる。

 ミユはオリジンから赤子を受け取ると、意を決して問いかける。


「オリジン様も、女性のほうがいいのですよね?」


「女性のほうがいいとは?」


「いえ、その、恋愛は自由ですし、オリジン様が男性を好いていても」


 その言葉に一樹は冷や汗がどっと流れる。なぜそんな勘違いをしたんだと慌てる彼は、先ほどの己の行動がどういう風に見えていたのかさっぱり理解していない。

 慌ててミユの前に片膝をつき、彼女の顔を見上げる。


「エルフの神、そして男神である私が欲するのは女神です。精霊王を腕に抱くミユさんは、まるで女神のように見えますね」


「わ、わたしが? 女神? なんで?」


「女神を欲したら、応えてくれるのでしょうか」


「ほ、ほ、ほっし???」


 美麗なエルフの神にグイグイ来られたミユは、たちまち顔を真っ赤にして「で、では私はこれで!」とオリジンに赤子を押し付けてログアウトしてしまった。

 ニヤニヤ笑いをそのままにしているアイリも続いてログアウトする。


 ミユに逃げられたことをなぜかプラノが落ち込み、赤子をあやすオリジンは彼を見て首をかしげるのだった。






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