115、報告と戦う乙女たち(運営・森野一樹)


「……ひどい目にあった」


 心なしかやつれた様子の一樹は、蛍光ピンク色の液体から体を起こす。

 あの後、ステラから上位レベルの氷魔法を受け、それを相殺しつつ仕事をこなすという荒業を彼はやってのけたのだ。


「あれほどの魔法を笑顔のまま無詠唱で行使するとは……ステラは事務じゃなくハンターをやっていた方がいいよな」


 ゲーム『エターナル・ワールド』でギルドに登録しているハンターは、渡り人と呼ばれるプレイヤーが増えたことにより多く存在している。その代わり、彼らを管理する人材が不足しているのが現状だ。


「彼女は優秀で有能だからな。補佐から外したら、ギルドの運営がたちいかなくなるか」


 用意していたタオルで体を軽く拭き、シャワーを浴びる。

 ミユたちに任せっぱなしにしている赤子の精霊王は気になるが、一度上司の相良に相談しなければならない。イベントと赤子の世話で、バグ処理などの通常業務が滞っているからだ。


 作業部屋に入れば、相変わらず鬼のようにキーボードを叩いている相良がいた。珍しく、いつも作業をしている他の社員が見当たらない。


「相良さん一人ですか?」


「ああ、森野君お疲れさま。今日は病院関係の人たちに機材を渡す日だから、人手が必要なのよ」


「病院関係ですか?」


「知らなかったっけ? ほら、うちの社員が使っているカプセル型の機材は、もともと医療器具として開発されたってこと」


「あの蛍光ピンク色の液体に入るやつですよね。寝たままでも筋力が落ちないように、リハビリとかで活躍しているとか……」


「そうそう。もうすでに怪我をしたアスリートたちに使ってもらってはいたんだけど、今回は病気を患っている人たちに使ってもらうことになったんですって」


「へぇ、そうなんですか」


 五体満足、大きな病気もなく生きてきた一樹にとってあまり縁のない話だが、自分の勤めている会社が病気の人たちの役に立っていると聞けば嬉しいものだ。


「それで、ステラちゃんをご両親に紹介したってことは、結婚を前提としたお付き合いってことで……」


「違います。成り行きです」


「うわぁ、森野君って案外アレよね……」


「アレってなんですか。それはともかく、運営の通常業務が現状ほとんどできていない状態なんですが」


「通常のバグ処理はフォローできるけど……違法なことやってるプレイヤーの処理や、それに伴うバグについては運営NPCじゃないと難しいのよね」


「そこはもちろん、俺が処理します」


「了解。それなら大丈夫よ」


 デスクに置いてあるマグカップを手に取った相良は、ひとくち飲むと小さく息を吐くと話を続ける。


「次のイベント、かなり大掛かりになりそうなのよね。聖王国のトップのNPCが動いているし」


「父も国軍とハンターギルドとの連携に期待する、みたいなこと言ってました」


「お父様が王家のNPCでいてくれて助かったわ。早く情報が入ってきたもの」


 海外赴任が多い父親がゲーム内で母親とイチャつきたかっただけと思っていた一樹だが、それが相良の助けになったのならよしとすることにした。

 もちろん本人(父親)には、感謝しているなどと絶対に言わないつもりだが。


「あー、ごめんね森野君、プレイヤーから通報が入ってる」


「え……マジすか……」


 世界でも最先端の技術を有するCLAUS社の最新機器を使用している一樹は、それほど多く睡眠をとる必要はない。しかし食事だけは必要とされている。


「ほんとごめんね。今は人手が足りなくて……ほら、隣のホテルの『ローストビーフサンド』をあげるから、ね?」


「いただきます」


 相良から紙袋を受け取った一樹は、遠慮なくその場で食べ始める。その勢いに驚いた相良は、慌てて飲み物を取りにいった。







 魔獣と戦うのは、色鮮やかなドレス風の鎧を身にまとう渡り人。

 その姿は見るものを圧倒するほどの力強さを感じさせるものであった。


「右、いったわよ!」


「まかせて!」


「魔法で援護するわ!」


 水色、黄色、桃色という三色の攻撃は、四つ足の魔獣を翻弄している。プレイヤーレベルが高いというのもさることながら、魔獣に一番有効なのは三人の連携であろう。


「ジョセフィーヌ! 攻めすぎよ!」


 この魔獣の攻撃力は高い。ヒットアンドアウェイで攻撃と防御を繰り返していた三人だったが、ここにきて一人がリズムを崩してしまった。

 魔獣のターンを許してしまった三人のHP(体力)は、一気に半分以上減ってしまう。


「ごめんなさいセシリア! エリザベス!」


「ポーションは!?」


「あと五個!」


 ドレス姿の三人はガチムチマッチョな肉体をくねらせ、魔獣の攻撃をなんとかかわしている。大槌(ハンマー)と戦斧(バトルアックス)、鞭(ウィップ)を手にして魔獣と対峙する乙女(ガチムチ)たち。

 あわや乙女?たちは魔獣の餌食になるのか……と思われたその時。


「はーい、運営ですよー」


 彼ら……乙女たちと魔獣の間に飛び込んできたのは、均整のとれた体をもつ男性の姿だった。

 剣と魔法のファンタジーな世界『エターナル・ワールド』にそぐわない、顔半分を隠すサイバーサングラスと黒いスーツを身にまとう美丈夫な彼は、多くのプレイヤーに知られた存在だ。


「運営さん!」


「いやーん! 相変わらずいい男ねぇー!」


「ダメよジョセフィーヌ! 運営さんはお触りNGよ!」


 いや、相手が運営でなくとも『お触り』はNGである。

 桃色のドレス姿のジョセフィーヌは黒スーツの男性にふらふら近づこうとして、黄色いドレス姿のセシリアにどつかれている。

 水色ドレス姿のエリザベスは、魔獣と対峙している黒スーツの男性に声をかける。


「運営さん! その魔獣は範囲攻撃をしてくるわよ!」


「アドバイスをありがとう……お嬢さん」


 口角を上げて礼を言う黒スーツな男性の色香にエリザベスが顔を赤くしていると、ジョセフィーヌが「ずるい!」と文句を言う。


 魔獣は黒い存在に影響を受け、バグを撒き散らす存在になっていた。

 運営黒スーツモードになった一樹は、前にも会ったことのある乙女?三人に鳥肌をたてながらも、しっかりとバグの処理をする。

 黒い霧状の何かを放った魔獣の攻撃を、一樹はパチンと指を鳴らして霧散させる。


「お嬢さんたち、下がっててくれるかな?」


「は、はひっ!」


 ガチムチ乙女三人は、キリリとした一樹の表情を見てフニャフニャに腰くだけてしまうのだった。




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