114、魔道具技師との取り引き(赤毛のギルドマスター)


 大規模な魔獣討伐イベントで荒稼ぎしてやろうと、魔道具技師であるコトリはその準備に追われていた。

 魔獣に対し有用な魔道具を作ることが一番なのだが、できればトップランカーのプレイヤーである弟と一緒に行動したいと思っていたのだ。

 しかし、彼女のレベルは平均よりも低い。この前はたまたまパーティの枠が余っていたから組んでもらえたが、今回はそうはいかないだろう。


「うーん、どうしよう。ゲームに関してムサシは鬼のような所業をするからなぁ」


 リアルでは優しいムサシだが、廃人レベルまでやりこんでいるゲームとなれば性格がガラリと変わる。のんびりほのぼのプレイしているコトリとは正反対の位置にいるプレイヤーだ。


「ノリノリで使った異世界バイクを壊さなければ、のんびりほのぼの今回のイベントに参加できたのに……くぅ、貧乏が憎い!」


 王都中心にあるハンターギルドはプレイヤーたちに人気がある。なぜならそこにはイケメン片目の燃えるような赤毛を持つギルドマスターと、その補佐である空色の髪を持つ氷のような眼鏡美女がいるからだ。

 普段はあまりギルドに寄り付かず魔道具作りや素材集めに没頭しているコトリだが、今は少しでも金が欲しいため魔獣を倒し少しずつレベルを上げ、こまめに不用な素材を売っている。


 借金をしている相手はゲーム内とはいえ友人だし、とてもいい人だ。だからこそ、コトリは早く返したいと思っていた。

 木製のカウンターに肘をつき、買い取りの査定を待っていたコトリの近くに、冷んやりとした心地よい気配を感じる。振り返れば空色の髪をポニーテールにした、ギルドマスター補佐のステラと目が合う。


「先日は緊急の依頼にご協力いただき、ありがとうございました」


「……ああ、火のトカゲが大量に出た時の。そうそう、ステラさんもいたっけ」


 魔道具であるハリセンが大活躍したっけとコトリが思い出していると、ステラがほっとした表情で話しを続ける。


「エルフの国にいらっしゃる、オリジン様と当ギルドのギルドマスターが懇意にしておりまして。コトリ様にぜひ礼を言いたいとのことなのですが、少しだけお時間をいただけますか?」


「ええ、もちろん」


 NPCから好意的に話しかけられたということは何かしらいいことがあるかもしれないと、コトリはステラのことばに愛想よくうなずく。

 他のプレイヤーたちの視線を集めながら、コトリはギルドマスターのところへと案内するステラの後についていった。







 ステラがコトリを連れてくるまでに、一樹はシラユキの目を使ってエルフの神殿内の様子を見ていた。

 残念なことに、ミユはあの後すぐ起きてしまったようだ。今はアイリと一緒に土の精霊王と遊んでいる姿が映し出されている。


 すると、シラユキの前を通ったプラノが何かに気づいたのか、そっと近づき小さな声で話しかけてくる。


「もしや、先ほどからいらっしゃるのですか?」


「……キューン」


 バレた、と一樹は遠い目をするが、これは想定内である。

 プラノに限っては、一樹がどう姿を変えてもバレてしまう予感はしていた。そして、案の定プラノは『オリジン様のなさること全てを受け入れる』という状態になっている。


「なるほど、さすがオリジン様。愛する伴侶様のことを心配されていたのですね」


 ちがう、とも言い切れない一樹は「伴侶」という言葉を受けてふたたび遠い目をする。エルフの慣習として腕輪を送ってしまったオリジンは、ミユは婚約している状態になっていることを思い出したのだ。


「先ほど起きたことをご存知とは思いますが、お目覚めの際にまた報告いたします」


「キュン!」


 有能な部下(プラノ)に感謝しつつウィンドウを閉じれば、タイミングよくドアをノックされる。

 ステラがコトリを連れてきたようだ。


「入れ」


「失礼いたします」


 空色のポニーテールを揺らして入ってくるステラの後ろを、物珍しげに部屋を見回すフードをかぶったコトリが入ってきた。


「ギルマス、こちらが魔道具技師のコトリ様です」


「は、はじめまして。コトリです」


「急に呼び出して悪かったな」


 にやりとギルマス一樹が笑えば、フードの中でブツブツ呟いているコトリ。

 運営モードのウィンドウを小さく出し、彼女の音声が一樹の耳に届くようにすると……。


『こ、これが巷で噂の赤毛な美丈夫ギルマス!! 服の上からでもわかる上質な筋肉、ゴリマッチョではなく細マッチョでもない、この絶妙な筋肉バランスはきっと、きっと脱いでもすごいんでしょうなぁ!! はぁぁん!!』


 聞かなければよかったと即ウィンドウを閉じ、ギルマス一樹は表情をそのままに話しを続ける。


「呼び出したのは、来たるべき日に備えて大量に魔道具をギルドで購入をする予定がある。魔物に対し有用な魔道具があれば、ぜひとも買い取りたい」


「相場の値段で?」


「三割り増しはどうだ?」


「うーん……」


 取り引きの話になった瞬間、ギルマスの筋肉鑑賞から立ち直ったコトリは素早く脳内で計算をしている。

 直接プレイヤーに買い取ってもらうまでの手間を考えれば、ギルドに任せておいたほうが時間の節約になる。ログイン中はなるべく魔道具の制作に集中したいのだ。

 しかし、それだけでは……とコトリが迷っていると、ギルマス一樹がとどめをさす。


「魔道具を作るための素材も格安で売ってやる。これでどうだ?」


「のった!!」


 コトリは満面の笑みでギルマス一樹と握手を交わす。

 そして、握ったその手を自分に向かって引き、コトリはそのまま彼の厚い胸に寄りかかってしまう。フードの中の顔を真っ赤にして慌てるコトリの耳元に、ギルマスはそっと囁いた。


「それと、黒い素材について聞きたいことがある」


「……え?」


「後で連絡する」


 戸惑うコトリから素早く離れたギルマス一樹は、横から放たれた冷たい一撃をかわすことに成功する。


「初対面の女性を口説くとは……ギルマスの補佐として、ここはしっかりと教育する必要がありますね」


「ステラ、ちょっと話しただけだろ?」


「問答無用」


「落ち着けって。部屋で魔法を行使するな」


 二撃目を放とうとするステラを、ギルマス一樹は火の魔法を使って相殺する。その魔法を見て、コトリは「元凄腕のハンター」という噂は本当らしいと納得した。


「了解、ギルマスさん。素敵な連絡を待ってる」


 一瞬フードを取って笑顔を見せたコトリは、もう用はないとばかりにさっさと部屋を出る。

 ドアを閉めたと同時に廊下にまで冷気が出てきていたが、それを見た他のギルド職員たちは「今日はギルマスがいるんだなぁ」程度にしか反応をしなかったため、コトリは安心してログアウトするのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る