113、大規模討伐と疑惑再び(赤毛のギルドマスター)


「大規模な魔獣討伐……。それは渡り人たちが噂していることと同じ件で?」


「ああ、そうだ」


「そんなのがあるのねぇ」


 ギルマス一樹と王子な父親はステラの目を意識して言葉を発しているが、母親はのほほんとそのままだ。プレイヤーであるため演技する必要はないのだが、もう少し緊張感が欲しいと息子は苦笑する。

 そんな彼女(妻)の頭を撫でてやり、王子は話を続ける。


「王が予言を受けたそうだ。渡り人たちの噂とも一致するため、国の軍が動くことになった。そこで、ハンターギルドとの連携をとりたい」


「渡り人のハンターとも連携を、ということですか」


「能力の高い者たちが多くいるだろう。国の騎士の中にも渡り人は数人いるが、騎士団長に匹敵する強さを持っている。なかなか昇格させられないところが悩ましいがな」


「渡り人は、気まぐれとして名高い『渡りの神』からの使い。城に常駐できないと、騎士団長の仕事は難しいかと……悪いな、ステラ」


 後ろを見なくても分かるくらいの何か物言いたげなステラの視線に耐えきれず、ギルマス一樹は振り返って謝る。

 情けなく八の字になった眉を見て、ステラは苦笑して気にするなと言うように微笑む。よくできた補佐だ。


「本部のギルドマスターは『雑務』が多い。普通のギルドマスターのようにはいかんだろう。ステラ嬢には苦労かけてしまうな」


「もったいないお言葉です」


 雑務という言葉に含みを持たせて王子は言うと、背筋を正しステラから一樹に視線を戻す。


「すでに近隣のギルドには通達を出してある。来たるべき日に備え、国軍との連携がとれるよう準備をしておくように」


「承知いたしました」


 ビシッと決めたところで、さっそく筋肉王子はだらりとソファーへ寝そべった。もちろん、隣に座っている巫女服な妻の膝まくら付きである。


「あらあら、甘えん坊さんね」


「はぁ……仕事疲れた……帰りたい……」


 だらしなく甘える筋肉王子を、ギルマス一樹は呆れたように言う。


「せめて、俺らがいなくなってからにしてくれませんかね」


「冷たい!」


「もう、いっくんダメよ。優しくしてあげて」


 唐突にイチャイチャし始めた二人の姿を見たステラは、すっかり固まってしまう。

 彼女の中ではギルマスとそう年齢が変わらないように見える王子が、異国の服を着た若い女性とイチャついているという状態。

 そして話の流れからすると、この二人はギルマスの両親ということになるのだ。ステラにとって衝撃的な情報が次々と入ってくるこの状態。

 そう、彼女は絶賛混乱していた。


「ステラ、まぁ、なんだ……二人は若く見えるが、そういうものだと思ってくれ」


「……了解です」


 実際、一樹の両親はリアルでも年齢不詳だとよく言われる。父親の友人からは「若い頃よりも若く見える」という謎の評価をうけ、母親は年々若くなっているように一樹も愛梨も見えている。恐ろしい話だ。


 このゲーム『エターナル・ワールド』は、剣と魔法の世界だ。エルフのように何百歳になっても若々しい種族もいるため、比較的すんなりとステラは状況を受け入れてくれた。


「まぁ、二人とも人間なんだけどな」


「え? 何か言いましたか?」


「いや何でも……っと」


 定期的に確認しているウィンドウを開き、シラユキの目を使い赤子の様子を確認すると、画面いっぱいに大きくミユの顔が映り出す。どうやら赤子とシラユキを抱いたまま寝落ちしたらしい。

 このまま本格的に寝入ってしまえば矯正ログアウトになるのだが、うたた寝状態のようで何やらむにゃむにゃと呟いている。

 抱いているシラユキを引き寄せたのか、無防備にボタンを外した胸元がアップに……。


「おい、顔が溶けているぞ」


「いっくんたら、やーらし!」


 慌ててウィンドウを閉じるが、ウィンドウを開いていたのが見える両親はニヨニヨと一樹を見ていた。そして後ろにいるステラは、氷魔法でも使ったのかと思えるくらいの冷たい何かを送り込んでくる。

 親たちはともかく、なぜステラまでと一樹が不思議に思っていると「酒場の女性店員と会う時と同じ表情をしていました」とのことだ。


「なにを考えていたんだ? ん?」


「もしかして、いっくんにも春が?」


 目をキラキラさせて自分を見てくる両親に、一樹はドッと疲れを感じる。

 ここは早々に退散したほうが傷は浅いだろう。過去からの経験上、一樹は家族が自分をいじることが大好きなのを知っていた。


「二人の邪魔だろうから俺は帰ります。いくぞ、ステラ」


「ギルマス、まさか幼女の」


「それは違う」


 以前、闇の精霊王から(額に)キスされていた現場をステラに見られ、ロリコン疑惑を持たれていたギルマス一樹。

 そう、ミユは幼女ではなく女子高生だからダメじゃないと浮上した彼は、社会人が女子高生を「そういう目」で見てしまうのはダメだろうとガックリと肩を落とす。


 城から出て二人はしばらく無言で歩いていたが、いつになく優しい笑みを浮かべたステラが声をかける。


「大丈夫ですか? ギルマス」


「ああ、いや、大丈夫だ」


「あの……私は別にギルマスが幼女好きでも……人それぞれだと思いますし……」


「もうそれいいから」


 大きくため息を吐いたギルマス一樹の目の端に、見慣れたフードをかぶったプレイヤーが映りこむ。

 とっさに相手のプロフィールを見れば、魔道具技師のコトリというのが分かった。


「ギルマス?」


「今の……ああ、くそ、今はダメか」


 コトリと会っているのはギルマスモードではなく薬師モードの時だ。ステラが側にいる今、声をかけることができない。

 彼女の工房にあった『黒の液体』を使って検証したいことがあるのと、黒い存在についての考察を聞きたかったのだが……。


「あの渡り人の女性に声をかけたいのですか?」


「なんで女性だと……ああ、その眼鏡か」


「はい。ちょうど彼女もギルドに向かうようですし、私から声をかけておきましょう」


「頼む」


 有能な補佐がいると助かると思いながらも、いい加減ロリコン疑惑は払拭したいと思う一樹だった。



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