112、王城のギルド本部へ(赤毛のギルドマスター)


 ミユと赤子である土の精霊王の元に、念のため一樹は精霊獣シラユキをつけていた。

 シラユキはその小ささを生かし、プラノのポケットやミユのフードの中にいて、あの騒ぎの中でもちゃんと一樹の命令を実行していた。可愛いだけではなく有能なモフモフなのである。

 眷属であるシラユキの目から見える風景を一樹も共有できるため、ギルマスモードでステラにこき使われていても彼は状況を把握できていた。


 アイリと精霊王たちのおかげで、黒いものへの対策を得た一樹は考える。

 精霊王たちの助力を得ようとしていたのは、どうやら間違いではなかったらしい。そして、なんとか残りの精霊王を見つけたいと目標を定めた。


「ギルマス? お疲れですか?」


「……いや、ちょっとな」


 あらかた書類を片付け終えた一樹はウィンドウで時間を確認する。リアルタイムは夕方ごろだ。

 シラユキの目ではミユとアイリが交代ずつで休憩をとっていて、神殿内に急きょ作られたベビールームでオリジンを待っているようだった。

 ふとステラを見ればどこか不満げな様子だ。視線で問えば、彼女は空色のポニーテールを揺らし小さなため息を吐く。


「この後のご予定は?」


「王城のギルド本部に向かう。ステラも来るんだろ?」


「は、はいっ」


 無表情の中にも薄らと頬を染めてステラはうなずく。そんな彼女の様子を不思議に思いながらも、ギルマス一樹は長めの赤髪を軽く撫でつけ、ギルドの制服である上着を肩に羽織る。


「ほら、いくぞ」


「ギルマス、上着くらいちゃんと着てくださいと何度言えば……」


「肩と胸まわりがきついんだよ、これ」


「む、胸……だから作りましょうと言ってるじゃないですか」


「んな無駄な金を出せるかっつの」


「ギルドの経費で落ちますから」


「なおさら出せねぇよ」


 ギルマス一樹の歩く背中を、ステラは小走りで追っていく。普段は使役獣のクレナイを連れているが、今日は姿が見えない。二人きりだ。

 口元を緩ませていたステラは、気づけば目の前にせまる背中にぶつかりそうになり慌てて小走りだった足をとめる。

 そして、再び歩き始めたギルマスの背中を、彼女はゆっくりと追った。







 先触れは運営のメッセージで出している。

 聖王国の王子というNPCの中身は一樹の父親であり、取引先の人間でもあった。研修という名目で、彼はこのゲームの世界に度々来ている。


「あ……」


「どうしました? ギルマス」


 母親などとステラに言ってしまったが、NPCである自分がプレイヤーとしてログインしている母親がいるとは、明らかにおかしい気がする。どうしようかと思っていたが、ふとこの世界ではNPCとプレイヤーが夫婦になり子供も作れるという謎設定を思い出した。


「いや、なんとかなるな。うん」


「何がですか?」


 不思議そうにしているステラにぎこちなく笑ってみせると、物々しい門の横にある通用口からギルドマスターの権限を使い城に入っていく。

 やたら長い廊下を歩き、本部のある部屋のドアを開けようとしたところ、嫌な予感がしてステラを抱いて後ろに飛び退る。


「いっくーん! ……って、あれ? いっくん?」


「いっくん言うな。いきなりドアを開けたら危ないだろ」


「あらあらまぁまぁ」


 やたら若い母親のはしゃぎっぷりに一樹が呆れていると、胸元でむぐぐと空色が苦しそうにしている。あわてて腕の力をゆるめると、顔を真っ赤にしたステラが苦しそうにはふはふと呼吸をしている。


「悪い。大丈夫かステラ」


「は、はい」


 服の上からでも分かる一樹の盛り上がった大胸筋であやうく圧死するところだったステラは、それだけではない頬の赤みを深呼吸することでひかせようとしている。

 ニヨニヨとしている母親をひと睨みし、ギルマス一樹はステラを助け起こすと部屋に入った。


「よく来た!」


「ああ、呼び出しがありましたからね。一応、補佐のステラを連れてきました」


「氷魔法の子か! うちのとは初めて会うな!」


 筋肉王子は満面の笑みで、隣にいる巫女服の女性を紹介する。


「どうも、息子がいつもお世話になってますぅ」


「はじめまして、王都ハンターギルド、ギルドマスター補佐のステラです」


「うふふ、よろしくねぇ」


 名を名乗らないのは、形式上として王家の人間が関わっていないことになっているからだ。そして一樹の、ギルマスとしての名がないことも関係している。

 一樹の母親は渡り人(プレイヤー)ではあるが、この場では名乗らないようだ。


「そうだ、あー、この前は助かった」


 この格好(ギルマスモード)の時はどう呼べばいいのか迷った一樹だが、巫女服を着ている母親に礼だけは言っておくことにする。

 森野家では、こういう礼義や作法についてだけは厳しいのだ。たとえ学校で試験があっても仁義を通すためならば休めという、やたら熱い家庭で一樹は育ってきた。


「いいのよう。それで、問題は解決したの?」


「また新しいのが出てきた」


「そういうものよねぇ」


 訳知り顔で頷く母親を見て、一樹はふと思いつく。


「そうだ。今度、知り合いの子どもを預かることになる。会ってやってくれないか?」


「いっくんの隠し子?」


「なわけねぇだろ」


「そうよねぇ。そんな甲斐性があれば、独り身じゃないものねぇ」


「うるせー」


 母親の前だからかいつもより幼く見えるギルマスを、後ろで静かに控えていたステラは微笑ましく見ている。

 

 するとパンパンと手を叩き、やたら盛り上がった筋肉を強調するように背筋を伸ばした第一王子は、執務室から続く応接間へと向かう。

 さすが王族である。華美ではないが豪奢なソファーとテーブルがあり、使用人たちがお茶の用意をしはじめた。

 ゆったりとソファーに座る第一王子、隣には巫女服の母親、対面に一樹が座りステラは後ろに立っている。

 ステラには全員が座るように言ったが、きっぱりと断っていた。彼女はギルマスの補佐であり今回は護衛として付き添っているため、何かあればすぐに動ける体勢でいたいそうだ。


 一樹がティーカップに口をつけたところで、目の前にいる筋肉王子が男くさくにやりと笑う。


「今回呼び出したのは、近々起こる大規模の魔獣討伐についての話だ。これは、国をあげてのこととなる」


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