79、襲撃と紅狼の活躍(赤毛のギルドマスター)



 引退したとはいえ、高ランクのハンターであれば簡単な治癒魔法くらいできるだろうという一樹の考えではあるものの、あれほど早く治るものではないと、ギルマス補佐のステラは呆れたように説明している。

 ちなみに一樹は治癒魔法ではなく光の精霊魔法、つまりオリジンのスキルを使用していたりするから、バレたらなおのこと悪い。


「ギルマスが規格外というのは何となく分かっておりますが、少し周りへの配慮をお願いしたいものです」


「悪い。頑張ってる職員たちを労いたかったんだ」


「はぁ……結界の魔道具を置いていただいてるだけで、辞める職員が減りました。今はそれだけで充分ですよ」


 申し訳なさそうに肩をすくめるギルマス一樹に、ステラは苦笑しながら持っている書類の束を持ちあげる。


「日が経ってないのに、もうこんなに集まったのか?」


「ここまで集まりが良いのに驚きました。報酬はギルマスにお任せします」


「おう、ありがとな」


「それと先程、ギルマスご執心の受付係が新情報を追加しましたから、これと一緒にまとめてありますよ」


「ご執心の受付係? コウペルのことか?」


「酒場の女性だけではなく、もう少し女性との浮き名を流してもよろしいかと……」


「どういう意味だ」


「そういう意味ですが」


 一樹はステラのツンと澄ました顔を片目で睨むが、そんな視線は慣れている様子の彼女。これはギルマスのプライド?をもって彼女にギャフンと言わせたいと、彼はニヤリとした笑みを浮かべる。


「ならステラ、今夜は俺の相手をしてくれるのか? ん?」


「……っ!?」


 氷魔法の使い手である彼女の周りが、一気に熱くなったように感じた。瞬時に事態を把握した一樹は、すぐさまステラに駆け寄り彼女の持っている書類を取り上げて投げる。

 一樹はそのまま彼女を自分の胸に抱き込むと、大声で叫んだ。


「クレナイ!」


「グラァァルルル!」


 燃えあがろうとする書類を、クレナイは大きく口を開けてパクリと丸飲みする。クレナイの喉元で小さな魔法陣のような模様が現れ、ガラスの割れるような音と共に散っていく。


「書類の間に着火の魔法陣が組まれていたのか?」


「ガウ!」


「よくやった。クレナイ」


 飲み込んだように見えた書類は、クレナイが大きく口を開ければ書類が取り出せるようになっていた。どうやら口の中の「影」に入れていたらしい。優秀な出来る狼である。

 炎と闇の力が強い形態だからこその荒技ではあったが、書類は少し焦げたくらいで中身に影響はないようだ。


「魔法陣の紙はどこでも買えるしなぁ、しかもその紙も残ってないから犯人の特定はできないか……まさかさっきの乱闘騒ぎに乗じた……?」


「クゥーン」


「お前を責めてはいない。影の中で魔法陣の紙だけを燃やしたんだろう? よくやってくれた」


「ガウッ!」


 嬉しそうに尻尾を振るクレナイを撫でようとして、ふと胸元に温かい存在があることに気づく。


「ん?」


「ガゥ?」


 一樹が力強く抱きしめている補佐のステラは、メガネを曇らせるほど真っ赤に茹だった状態で目を回していた……。







 校門から出る女子高生二人。

 黒髪ショートボブに制服姿がよく似合う愛梨と、ふんわりとしたセミロングの薄茶色の髪を背中で揺らす美優が仲良く歩いている。

 二人は今日も家に帰ってから『エターナル・ワールド』で一緒にプレイするため、事前の打ち合わせをしていた。


「そうだ美優、この前は本当にありがとう。お兄ちゃんが今度また美味しいもの奢ってくれるって」


「え? お兄さんに悪いよ愛梨。この前だって帰りにケーキとか色々買ってくれたのに」


「高給取りになったのに彼女もいないんだよ? だから優しい私達が、お兄ちゃんの給料の使い道になってあげればいいのよ!」


「もう、愛梨ったら……」


 ふふんと胸を張る愛梨は、相変わらず学校外でも美優と親しくしている。知り合った頃は愛梨の友人もいたのだが、ゲームのやりすぎで成績が下がった彼女は強制的に塾に通うことになってしまったらしい。

 ちなみに、愛梨も美優も成績上位者である。愛梨は元々秀才で学年一位を度々とっており、美優は二十位以内になんとかいる状態だった。

 しかし愛梨とゲームをするようになり勉強のコツなどを教わっているうちに、頑張らなくても順位をキープできるようになった美優は、勉強時間を短縮してゲームの時間を増やすことにした。


「そういえば、あれから大丈夫? 変な奴に言い寄られてない?」


「うん。不思議なことに」


「へぇ……お兄ちゃんが魔除けみたいになってるのかしら?」


「ふふ、お兄さんが魔除けって」


 愛梨の言動に美優は笑っていたが、確かに一樹が学校で助けてくれた時から見知らぬ男性が言い寄ってきたり、近寄ってくることがなくなった。

 助けられた時のことを思い出し、うっすら頬を染める美優を微笑ましげに愛梨は見ている。


「というわけで、ふわっふわなパンケーキを食べに行きましょう! たまにはリアルで気分転換したほうがいいと思う」


「うーん……そうだね。王都のギルドでも私達以外の人が、何か情報を持ってきてくれるかもしれないし」


「あのギルマスさんなら集まった情報を教えてくれる気がするし。そうと決まればお兄ちゃんの休みを聞いておかなきゃ」


「お兄さんに奢ってもらうという案は変わらないんだね」


 せめて自分だけでも食べた分はちゃんとお金を払おうと、決意する健気な美優は気合を入れる。

 もちろんその決意は愛梨と一樹の兄妹連携プレーによって、脆くも崩れ去るという未来が待っているのである。




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