閑話、ミユの気持ち


 男性といえば兄くらいしか知らない私は、そもそも男性に興味が持てないタイプの人間だった。

 そう、「だった」と過去形で言えるくらいには、今の私は男性に興味を持つことができている。

 ううん。

 正しくは「最近知り合う男性たち」に興味を持ってしまっている。これは由々しき問題だ。


「何が問題なのか分からないけど、いいんじゃない? 美優にとっては」


「私にとっていいの?」


「今までが不健康過ぎたのよ。だってこの歳になって初恋もまだとか」


「まだじゃ……ないよ?」


「ふふん。その初恋らしきものだって、最近の話じゃない」


「まぁ、そうなんだけどさ……」


 確かに私は今まで男性という存在に興味を持てなかった。

 昔から人見知りで引っ込み思案な私にとって、男の子特有の荒っぽさが苦手だったからだ。

 それでも……。


「学校でのハプニングと、この前の引越しでリアルな男性と触れ合ったご感想は?」


「ふ、ふふふふふれあっただななななんて!!」


「動揺しすぎ」


 隣を歩く愛梨は、ショートボブの髪をさらりと揺らしてクスクス笑っている。絵に描いたような美少女である友人は、私とクラスメイトのトラブルを助けてくれただけではなく、ゲーム『エターナル・ワールド』でも助けてくれている。

 友達ってこういうものだったっけ? 私にとって「友達」というものは、とにかく流行っている話題を会話に混ぜて、周りの流れに乗り遅れないようにするのが大変だというイメージしかなかった。集団から飛び出さないように、目立たないようにすること。

 でも、そんなの必要ないって教えてくれたのは愛梨と、隣のクラスのレアキャラ幸恵だった。まぁ、幸恵は最近すごく忙しいみたいだから、学校の外ではめったに会えないんだけどね。


 日曜日、かねてから約束していたパンケーキのおいしい店へ向かう私たちは、予定よりも少し早めに待ち合わせ場所に着いていた。


「早く来すぎちゃったね」


「そう? お兄ちゃんが遅いだけだと思うけど」


 ツンとした感じで言い放つ愛梨は美人で性格も良くて頭もいいし、おおよそ弱点というものが見えない。強いて言えば……。


「そんなこと言って、お兄さんに会えるのが嬉しいくせに」


「べ、別に……普通よ! 普通!」


 そんなに表情は豊かではない愛梨だけど、態度や口調に出ているから案外感情がわかりやすい子だと思う。

 ほら、言葉では否定しているけど、お兄さんの話題が出る時だけ愛梨の話し方に波が出るんだよね。だからかなりお兄さん大好きっ子なんだろうなって。私にもこんな妹がいたら可愛がっちゃうかも。


 そうそう、愛梨のお兄さんは私にとって「不思議な人」なんだ。

 兄は私にあまり干渉しない人だから、愛梨への距離感や態度は見てて新鮮だった。そしてなんと私にも同じような距離感をとってきたんだけど、なぜか嫌な気持ちには一切ならなかったんだよ。

 男性不信……でもないけど、同級生でも無理なのに年上の男性が大丈夫ってあり得ないことだ。

 ちなみにいつも挨拶する近所の人とかで試してみたけど、やっぱり男性は怖くて無理だったし。


「不思議な人だよね。愛梨のお兄さん」


「え? そうかな? うーん、変わっていると言われれば否定はできないけど」


「私ってゲームの男性プレイヤーと会話するのもダメで、それなのに愛梨のお兄さんは大丈夫なんだよね」


「あら、美優ってゲームでも男性と平気で話していたじゃない?」


「プレイヤーだとちょっとキツいかも。NPCの人なら……」


「話をしやすい? 好感がもてる? 好きになっちゃった?」


 最後まで言わない私の言葉を拾うようにして愛梨は先を続けたけど、違うよ。

 好きになっては、ないよ。


「オリジン様は親切だけど、ゲームの外側では生きてない人なんだから好きになってもしょうがないよ」


「美優……」


 オリジン様は好き。格好いいし優しいし、ありがたいことに私を大事に守ってくれている。だけどなぜか他のNPCの人からも同じような感覚をおぼえるんだ。

 王都にいるギルマスさんとか、この前のイベントで助けてくれた薬師さんとか……。やだな、私ってこんなに惚れやすかったっけ? ゲームの世界ではオリジン様のことが一番好きなはずなのに。


 いけないいけない。

 こんなこと考えてるよりも、私には行方不明の兄について手がかりを得るためにゲームを頑張らなきゃいけない。今日はこれからパンケーキ食べて、その後は愛梨とゲームをするという一大ミッションがあるのだから。


「あ、お兄ちゃん来た! 遅いよ! もう!」


「ゴメンゴメン、でも時間通りじゃない?」


 愛梨のお兄さんである一樹さんは、黒のジーパンに白いシャツというシンプルな服装だ。整った顔立ちと高身長の見事な体躯を持つ彼が歩くだけで、周りの目がとにかくうるさい。

 待ち合わせをしていた私達を羨ましそうに見る人が多い中で、一樹さんを笑顔で迎えるのは目も覚めるような美少女なのだから周りも納得すると思う。すごくお似合いのカップルに見える二人は兄妹なんだけど、黙ってれば分からないでしょ。ふふふ。


「愛梨、もうすぐ店の予約の時間だから行こう。ほら、美優さんも」


 笑顔で振り返って私を見る一樹さんと、誰かが重なったような気がした。

 そう。

 そういう気がしただけ。

 だって、あの人がここに居るわけないのだから。


「美優さん?」


「あ、すみません。行きましょう」


 慌てて返事をすると、ホッとしたように頬を緩ませる一樹さん。

 愛梨と一緒に先を歩く彼の後ろ姿に、銀色の幻がふわりと揺れて消えていった。



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