78、黒とバグの関係とは(運営、赤毛のギルマス)



「黒い魔獣を見たのか!?」


 鼻息荒くガチムチマッチョ三人組に詰め寄る一樹だが、ふと自分の姿を見て恐ろしいことに気づく。

 今の一樹は黒いスーツにサイバーサングラスをかけた『運営モード』である。そんな自分がギルドの依頼について情報を得ようとするのは明らかにおかしいことだ。

 ガチムチから顔を離した一樹は何と説明しようかと迷っていると、三人の内の一人が疑問を口にしてしまう。


「あら? 運営さんも黒とか闇とかの魔獣を追っているの?」


 ガチムチ二人に地面に押さえつけられているジョセフィーヌが、うつ伏せのまま頬杖をついている。そんな彼女?の頭をセシリアは肘でグリグリと抉っている。


「ほら、ジョセフィーヌも見たでしょ? さっきあの黒いのが出てきたところが、バグになってたじゃない」


「新しく投入した魔獣がバグを作ってたとか、アップデートをする時にはよくある話よね」


 セシリアの言葉にエリザベスがフォローを入れる。

 ホッとした一樹が改めてガチムチマッチョな三人を見れば、赤青黄と色彩豊かな縦ロールの髪が並んでいる。思わず噴いてしまう彼を見て乙女?たちはおかんむりだ。


「もう! 私たちを見て笑うなんて失礼な男子ね! 慣れてるけど!」


「慣れてるのかよ! いや、それにしてもすごいなって思う。リアルでもその格好なのか?」


「違うわよ。リアルじゃ公務員やってるわ」


「同僚に会ったりしたけど、意外と気づかれないものよね」


「化粧とカツラと服装変えるだけで、あまりお金もかからないし……リアルよりも堂々としてられるし」


 リアルをそのままに映し出すゲームである『エターナル・ワールド』では、事前に診断書があればリアルとは違う性別でのプレイも可能で、初期設定で手続きすれば追加料金はかからない。

 心と体が一致しないという人もいるため、そこは柔軟に対応している。国外の企業からの協賛も多いのは、細やかな気づかいができる運営の対応があるからからだろう。


 ちなみに、マッチョ三人は『男である自分が女装するのが楽しい』という人種らしい。世の中には色々な人がいるものだと、感心しながらも一樹は彼女?たちの話にありがたく乗っかることにした。


「それで、バグが出る前に黒い魔獣が出たって言ってたけど?」


「黒いドロッとした変なのが空間の裂け目みたいな所から出てたの。それで魔獣が出てくる時のシステムってこうなっているのかしらって見ていたら、突然こっちに向かってきて驚いたわ」


「こう見えて私達、魔法が使えないのよ。こういう不定形のスライムみたいなのって、あまり物理攻撃効かなかったりするから逃げようと思ったんだけど、あっという間に地面に染み込んじゃって」


「戦いはしなかったけど得体の知れない何かを感じたわ。そういう仕事してるから分かるのよ。運営さんなら知っていると思うけど、普通の魔獣とは思えなかったわ。だからギルドでも情報を集めているのかしらね」


 脳筋と思いきや三人は意外と鋭いところを突いてくる。口々に言い合う意見の内容を、一樹は脳内で素早く分析していくと「なるほど」と頷いて微笑む。


「有益な情報をありがとう。次に見つけてもむやみに近づいたりしないようにね、お嬢さん達」


 見えている口元だけでも分かる一樹のイケメンスマイルに、三人娘?は歓声をあげて身悶えた。







 聖王国、王都にあるハンターギルドでの連日の賑わいは、ここ数日おさまりつつある。

 ギルドの受付係になって三年になるコウペルは、女性の多いこの部署で「荒くれ者対応要員」として日々忙しくしている。受付係という内勤であるにも関わらず、彼の体は常に生傷が絶えない。

 そして今日も彼は「荒くれ者」の対応にひた走る。


「おう、依頼が無いってどうなってんだよ!」


「そう申されましても……薬草の採取や下級の魔獣駆除という、常任依頼もありますので……」


「ふざけんな!!」


 罵声をあげる男の口から強いアルコール臭が漂う。荒くれどころか酔っ払いを相手にするのかと、小さくため息を吐いてしまったコウペルを見て、逆上した男は受付窓口から掴みかかろうとする。


「落ち着いてください。処罰の対象になりますよ」


「ああっ!?」


 自分に向かって伸びた男の腕を素早く取ったコウペルは、逆に受付カウンターを乗り越えて男に身を預けるように体重をかける。

 たまらずひっくり返った男の腕を後ろに回し、関節を押さえつければ苦悶の声とともに大人しくなった。


「誰かロープを……」


「てめぇ! 何してやがる!」


 床に押さえつけられている男の仲間だろうか、別の男がコウペルに襲いかかってくる。それに気づいたコウペルは苦々しげに呟く。


「……結界」


 するともう一人の男が見えない壁にぶつかったように跳ね飛ばされる。そこを他のギルド職員たちがロープで縛りあげていった。

 荒くれ二人組が地下にある留置所に連れて行かれるのを見送ると、いつ負ったのか擦り傷のある頬に手を当て、コウペルはしょんぼりと呟く。


「ああ、結界を使ってしまった。ギルマスに迷惑がかかってしまう」


「何を言ってるんだ。むしろ早く使うべきだっただろ」


 低く響く声に思わず背すじが伸びる。おそるおそる振り返れば、赤毛の美丈夫が不機嫌そうにコウペルを見ている。


「ギ、ギルマス! お戻りでしたか!」


「おう。例の魔獣について、情報が集まっているか確認しようかと思ってな。ほら、結界追加しておくから魔道具出しておけよ」


「はい!」


 一樹がギルマスになってから、ギルドの受付には女性職員でも身を守れるよう、結界が発動する魔道具が設置された。充填式のため、一度使えば結界を発動する術式を入れる必要がある。

 今のところ、このギルドではギルマスだけが使える技だった。


「なるべく、自分が対応しようと思ってまして……」


「それで怪我をしたら元も子もないだろう」


「すみません……」


 コウペルはハンターとしてもやっていける強さを持っている。しかし安定した収入を得たいために、ギルド職員として働く道を選んだ。

 そんな彼は、この赤毛のギルマスを尊敬している。彼が来てからギルマス補佐のステラも疲れた表情を見せなくなり、職員たちの要望が上に届き反映されるようになったからだ。

 さらに……。


「ほら、今度は怪我する前に使えよ」


「はい」


 魔道具を受け取ったコウペルの頬をギルマスはひと撫ですると、呆然とする彼に向かってニヤリと笑い執務室へと去っていった。


「コウペルさん」


「ひゃい!?」


 同僚の女性職員に声をかけられ慌てて返事をするコウペルは、自分の頬を指さされて「治ってますよ」と言われる。頬を触って確かめた彼は、滑らかになった自分の肌に驚く。


「いつの間に?」


 やはり今のギルマスはすごいのだとニヤニヤしていたコウペルは、女性職員たちの何とも言えない生温かな眼差しを受けてしまうのだった。





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