77、ギルドからの依頼と三人組の報告(運営・森野一樹)


 王都にあるハンターギルドに、とある依頼が貼り出された。

 ざわつくギルド内のプレイヤー達の中に、オレンジ色の髪をゆるりと結わえた浅葱色のローブを身に纏う愛らしい少女と、水着のような皮製の鎧に身を包んだ黒髪ショートボブの美少女がいる。

 大きな紙で依頼が貼り出されてあるため皆がそれ注目している状態だが、二人の少女に視線を送るプレイヤーも少なくはない。


「闇属性もしくはギルド未確認の魔獣について、情報提供があれば内容によって報酬あり……ねぇ」


「属性のついている魔獣って、王都周辺では少ないよね。土とか風とかはいた気がするけど……この前の変な黒い触手みたいな魔獣も闇属性っぽかったよね?」


 黒髪の美少女アイリの言葉に、横でメモを確認したミユはオレンジ色の髪をふわりと揺らして首をかしげている。


「あの白いワンコが助けてくれた時の? まぁ、アレは確かに闇っぽかったけれど」


「私達がギルドに報告したから依頼を出すことになったのかな?」


「そうみたいね。少なくとも良いものではないことは確かみたいだし、ギルドだけで調べるのも現状難しいでしょうし」


 次回のイベントへの期待から、王都にプレイヤーたちが集まりすぎている。

 暇つぶしとしてハンターギルドの依頼を受けたいパーティーが押し寄せている状態であるため、ギルド職員たちは受付業務などにてんやわんやであった。


「常時依頼みたいだから、私達も何か見つけたら報告しようね!」


「そうね。ここのギルマスさんもミユ好みのマッチョイケメンみたいだし」


「え!? そ、そそそんなことない、よ!?」


「動揺しすぎ。まぁ、ミユはオリジン様一筋みたいだからそれはなさそうだけど」


「そ、それもちがううううう!!」


 人で溢れているとはいえ、可愛い女子二人が盛り上がっていれば注目されるものだ。彼女達に声をかけようと数人の男性プレイヤーが近づいたところで、彼らの前を遮るかのように冷たい空気が流れる。

 ポニーテールにした水色の髪をさらりと払って歩いてくるのは、ギルドマスター補佐である証の腕章がキラリと光らせたクールビューティなステラであった。


「急に冷えたと思ったらステラさんだったんですね! こんにちは!」


「こんにちはミユ様、アイリ様、少々うるさい虫がいたので空気を冷やしていました」


「なるほど。寒いと動かなくなる種類の虫もいますよね」


「最悪、凍らせるのでご安心ください」


「虫は苦手なので助かります。ありがとうステラさん」


「どういたしまして」


 ステラに向かって笑顔でミユが礼を言うのを、アイリは複雑な表情で見ている。ステラの言う「虫」が本来の意味である「虫」ではないことを、この場でミユだけが分かっていない。

 もちろん「虫」と称された者たちは、こっそりこの場から去っている。ステラの氷魔法の犠牲になったプレイヤーの末路を、王都ではほとんどの人間が知っている。知らないのはミユくらいだろう。

 二人のほのぼの?としたやり取りが終わると、アイリがおずおずと口を開く。


「あの、ステラさん、この依頼は……」


「なぜか最近多くの渡り人が王都に集まっていることで、各ギルドの依頼が取り合いになっています。そこでギルマスが本部と掛け合い、ギルドから依頼を出すことになりました」


「この前、私達が遭遇した黒い触手みたいなものも、それに入りますか?」


「もちろんです。その情報を集めたいとギルマスが今回の依頼を出したのですから」


 ステラはエルフの国の保護対象になっているミユに色々思うところはあるのだが、彼女の真っ直ぐな心根は素晴らしいと思っている。

 保護対象ということ以上にギルマスが彼女を気にかけているように見えるが、彼を補佐する者として私情を挟むべきではないだろう。

 ステラは不思議と穏やかな気持ちでミユと話せることに、自分自身驚きながらギルドの職務を遂行するのだった。








 カツカツと靴音を鳴らしながら、黒スーツを身につけた一樹は報告を受けたバグの処理に向かっている。

 なんとか王都のギルドで期間限定の依頼を出し、補佐のステラの怒りを解くことができたのだ。


「めちゃくちゃ寒かった……ゲームでも風邪とかひくかもしれないな」


 顔半分が隠れるようなサイバーサングラスを指先で押さえ、運営モードになった一樹はあたりを見回す。


「あ! 運営さんこっち! こっちにバグがあるの!」

「マジで? あの人がイケメンの運営さん?」

「やーん! 素敵! いい体してる! ペロペロしたい!」


 自分を呼ぶ声に不穏な言動が混ざっているのを感じ、一樹は思わず回れ右して帰りそうになるのを必死で堪える。声のする方向には三人のプレイヤーがおり、それぞれ可愛らしいフリルがふんだんに使われた衣装を着ていた。

 そして、全員がガチムチマッチョの男性であった。


「ジョセフィーヌ、運営さんを触ったらダメよ」

「ええ! いい男を前に横暴よエリザベス! ねぇセシリア、本当にダメなの?」

「同意を得られないと、最悪アカウント削除されちゃうわよ」

「やーん!」


 三人のうち二人が常識人でホッとする一樹だが、同意を得られずとも「触れる」ことは可能であるため油断はできない。

 警戒モードのまま彼らの近くまで行くと、その近くに景色の歪みが出ていた。


「はい、ご報告ありがとうございまーす。三人の……ご婦人方、このバグでアバターに不具合は?」


「大丈夫よ。うちのメンバーが興奮しちゃってごめんなさいね」


「いえいえ、ありがたいことですよー」


 そう言いながら手早く歪みを修正し、ログを報告していると何やら不穏な空気を感じサイドステップで躱す。何が起こったのかと振り返れば、ご婦人?二人に押しつぶされたガチムチマッチョが一人……。


「これはお気になさらず!」

「お勤めご苦労さまです!」


 直接被害があったわけでもないからと笑顔で流した一樹は、やれやれと息を吐いてこの場を去ることにする。押しつぶされたプレイヤーも「ごめんなさいぃぃぃ」と半泣きで懺悔していた。


「もう、アカウント削除されたら二度とイケメンに会えないのよ!」

「ごめんなさいぃぃもうしないからぁぁ」

「当たり前よ! ほら、この後ギルドに黒い魔獣の報告しなきゃなんだから急ぐわよ!」


 ガチムチの一人が発した言葉に、一樹は音速で引き返すと一気に彼との間を詰める。


「今、何と?」


「へ? あの、魔獣のこと?」


「その話、詳しく」


 さらに顔を近づけてくる一樹に、思わず頬を染めるガチムチプレイヤー。そこに押しつぶされたまま「ずるーい」と不貞腐れるジョセフィーヌの声に反応する者は、その場に誰もいなかった。

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