39、黒い雷と黒い少女(赤毛のギルトマスター)

 一瞬、急激に気圧が変化したような耳鳴りとともに、エルフの国と聖王国を繋げる移動の魔法陣がある方向に光のようなものが走るのが見えた。


「走る」


「了解です」


 元凄腕のハンターという設定のハンターギルドのマスター、通称ギルマスである一樹の身体能力は高く設定されている。さらにリアルの一樹も、それなりに運動を続けていたため運動神経は良い。その筋肉は見かけだおしではないのだ。

 一歩一歩地面を蹴るたびに、飛ぶような感覚で移動できる。それに内心驚きつつ、自分の能力を確認出来ていない現状に舌打ちする。

 そんな驚異的な速さで移動する一樹に、ギルマス補佐であるステラは付いてきていた。いざとなれば戦えるという言葉は本当だったようだ。


「疑ってたわけじゃないが、やるなステラ」


「目で見ていない限りは、疑って当然かと」


 空色のポニーテールを揺らし、走りながらも息を切らさず返すステラ。一樹は彼女の口角が少し上がったのを横目で見て、笑顔のステラは可愛いだろうなどと緊張感のないことを考えた。

 先頭を走るクレナイが「ガウ!!」と吠えた方向に注意を向けると、以前どこかで見たような黒づくめの人影が林の奥へ走り去るのが見えた。


「クレナイ!! アイツを追え!!」


「ガウ!!」


 使役するクレナイに指示を出した一樹は、その逆方向に走り出す。


「ギルマス!! あの者は追わないのですか!?」


「姿を見せたのが怪しい。クレナイに追わせたから俺らは魔法陣を確認するぞ」


 以前、ミユを襲った者たちと似たような格好だった。その時点で一樹はギルマスモードから運営モードへ変わる必要があるかもしれないと予想する。


(ステラがいたら切り替えが出来ない……どうするか)


 しかしそこで、ハンターギルドに所属するNPCとして、見過ごせない現象が起きる。魔法陣を利用しようとしている王都の商人や、プレイヤーたちが逃げてくるのが見える。


「逃げろ!!」

「レベルが見えない!! 戦っても無駄死にするやつだ!!」

「何かのイベントか!?」


 数人のプレイヤーたちが叫びながら走ってくる。その声に釣られて王都へ戻ろうとするNPCたちを追いかけるように黒い雷のような魔法が地面を抉っていく。


【条件を満たしたためNPC赤毛のギルドマスター制限が解放。戦闘に入りますか?(YES/NO)】


 現れたウィンドウにある「戦闘」という文字を見ただけで、一樹は迷わず「YES」を選択する。そのまま持っていたショットガンのような武器を槍のように変形させ、人を襲う黒い雷に投げつける。

 バリバリバチバチと派手な音を立てて一樹の投げた槍に纏わりつく雷に、危うく当たりそうだったNPCの商人は力が抜けてその場にへたり込む。


「ステラ、彼らの救出をしろ」


「ギルマス! いけません退避を!」


「ギルマス権限を使っての命令だ。彼らを救出して王都へ退避しろ」


「ギルマス!!」


 権限を使った命令により、ギルマス一樹をステラが追うことは「出来ない」状態になる。あまり知られてはいないが、ギルドマスターとして命令をした場合ギルド関係者は従うようになっている。


「よくあるギルマスの一声って、固有スキルだったのか……んなわけないか」


 きっとキャラクターデザインした人間の趣味だろうか、上司の相良あたりが怪しいと一樹はつらつら考えながら何度もくる黒い雷の攻撃を避ける。

 運動神経の良さもあるだろうが、一樹の目には黒い雷がくる前の前触れのようなものが見えていた。


「この体だと、闇の精霊にも好かれやすいのか」


『……オリジン、じゃない』


 魔法陣の前に立ち止まる一樹の影から出てきたのは、真っ黒なゴスロリ衣装に身を包んだ黒髪の少女だ。


「中身は一緒だよ」


『……ん、分かる』


 再び一樹に襲いかかる黒い雷を、少女が手を出して引き寄せて吸い取る。どうやら闇の力が使われているらしく、彼女には何も影響はないようだ。


「魔法陣が壊されてるな。黒い雷だけで敵の本体が見えないな」


『……赤いワンコのほう。行く?』


「頼める?」


『……影で運ぶ。まかせて』


「任せる!」


 そう言って笑顔をみせた一樹に少女は頬をほんのり染める。次の瞬間、一樹の膝を腕ですくい上げると、背中をしっかりと支えて抱きかかえた。

 細い体のゴスロリ少女に抱えられるガタイの良い赤毛のギルマスという、凄まじい絵面がここに完成した。怖い。


「あのー。闇の精霊王様?」


『……大丈夫、まかせて』


 まかせてというのは身を任せるとかそういうことだったのか!? と、一樹はどうにか悲鳴をあげずに少女と影に飲み込まれていくのだった。







 怪我人を初級の回復魔法で手当てしつつ、ステラはギルマスが消えた方向を見る。就任して間もない赤毛のギルドマスターは、目の怪我によってハンターを引退したと聞いている。凄腕であっても魔法使いには見えない彼は、どのように対応していくというのだろうか。怪我人の傷跡を見るに、かなり強い魔法が使われているように思える。


「な、何が起こってるんだ……アンタ、何か知ってるのか?」


「私たちも今来たところなのです。今は王都への避難を優先しましょう」


 怪我をしている商人との会話の間にも、ステラの耳には何度も雷の落ちる音が入ってきていた。それも遠ざかっていくのを感じて、どうやらギルマスが上手くやってくれたと知って少しホッとする。

 この辺りに強い魔獣はいないが、弱くとも多くの魔獣が血の匂いに引き寄せられてくると面倒だ。守りながらどこまでやれるかと頭脳をフル回転させていると、音もなく隣に誰かが立つ。

 殺気は感じられず、すらりとした細身のスタイルの女性だ。しかしその格好は表現するならば「革で作った下着」だ。


「南方にいる踊り子の女性でも、そこまで肌を見せませんよ」


「そう? 可愛くない?」


「いいえ、とてもよくお似合いですが……あなたは?」


「私はアイリ。魔法陣の向こうから友人が来るのを待っていたの。さっきあっちに行った人がいなかった?」


「初めまして。私はハンターギルドのギルドマスター補佐をしているステラです。魔法陣の確認に行ったのはうちのギルマスです」


「え……ギルマスって、そんな危険な仕事してるの?」


「今回はたまたまです。魔法陣の確認をするためだけに来たのですが、このような事になってしまって……」


 困ったもんだとステラは深いため息を吐くのを見たアイリは、なんともいえない複雑な表情をした。

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