95、火の精霊王の救出(オリジン・エルフ)


 前衛を担うアイリとムサシはそれぞれ己の武器を振るい、彼らのサポートをするアヤメとコトリは中距離の攻撃を繰り出す。投擲をするアヤメに仕掛けのついたナイフを手渡すコトリ。


「これは?」


「追加効果がランダムで出るやつ。回復はしないから安心して」


「なんだか青い猫状ロボが思い浮かぶんだけど……」


「やめて」


 炎のブレスを封じられたドラゴン型の魔獣は咆哮をあげると、その巨大な尾を振り回す。すかさず数人の重戦士たちが防ぎ、アヤメは怪しげな魔道具のナイフを投げた。


「アヤメさんコトリさん! ナイスです!」


「一時的に麻痺状態になったぞ! 今から二十秒、防御無視で総攻撃!」


 回復薬を飲んだアイリはアヤメとコトリを労い、ムサシは周りにいるプレイヤーたちに攻撃の指示をする。ステラが氷の魔法で周囲の熱を下げているため、環境からのダメージは無効となっている。彼女がいなければ行動しなくても常に体力が減っていく状態だっただろう。

 ミユが治癒の魔法でプレイヤーたちを回復させる中、同じく後衛にいるオリジン一樹は水の精霊王から呼びかけられていた。


『ねぇ、ちょっとだけ外に出して」


「火の精霊王への影響は?」


『下級精霊を解放しているから、だいぶ力を取り戻している。これなら消滅することはないんだけど……』


 そう言ってオリジン一樹の前に出てきた水の精霊王は、中性的な美しさで周りのプレイヤーたちをさっそく魅了していく。今はそれどころじゃないと一樹が思ったところで、タイミングよくハリセンがスパパパパンと打たれ正気を取り戻していく。

 ナイスツッコミ、である。


「他になにか問題が? ドラゴンの魔獣を討伐すればいいって話では?」


『それでよかったはずなんだけど……』


 水の精霊王は困った顔で一樹を見ると、眉を八の字にさせて俯く。


『なんか、楽しんでるみたいで……』


「え?」


 グアアアアアオオオオオオオオオオオン!! ヤッテヤルゼエエエエエエエエ!!


『火は戦うのが好きだから……』


 いや、バトルジャンキーだから魔獣になってプレイヤーと戦うのもしょうがないよね、と言われても納得できるものではない。しかも魔獣なのに咆哮に言葉が混ざってしまっている。

 今までとは違う何かを感じたらしいプレイヤーたちが魔獣から離れた瞬間、特大の炎が襲いかかる。

 火の下級精霊たちが吸収する速度を上回る炎に、オリジン自ら前に出ようとするのをミユが必死で止める。


「オリジン様! ダメです!」


「ですが皆さんが……」


「ダメ! オリジン様に何かあったら私……私……」


「ミユさん……!!」


 グアアアアアオオオオオオオオオオオン!! オラオラオラアアアアアアアア!!


 さらに強まる炎の前に、青い光がふわりと舞う。


『だめだよっ!!』


 グオオオミズノオオン!?


「動きが止まった! 今だ!」


 大剣を振り回すムサシの言葉に、アイリは双剣……ではなく、双ハリセンを持って魔獣へと向かっていく。そしてそのままスパパンスパパンと体の回転を利用して連打していく。


「この! このこのこの! 出てこいっての!」


 アイリの流れるような双ハリセンコンボ攻撃に加え、プレイヤーたちの総攻撃にさすがのドラゴン型魔獣の体力ゲージもみるみる減っていく。


「なかなか! 出て! こない!」


 ハリセンでいくら叩いてもドラゴンの火属性が解除されず、焦るアイリ。炎の前に立っていた水の精霊王も、熱気にあてられたのか頬を赤くしてその場に座りこんでしまう。


「水の精霊王!!」


『ごめん……あまり水を強くしたら……ダメだから……』


 ミユを振り切ったオリジン一樹は水の精霊王を抱きとめると、なんとか冷やそうと風を送ってやっている。その様子をミユは複雑な表情で見ていたが、なぜか魔獣までも動きを止めている。


「いいかげん!! 出てこーい!!」


 思い切りハリセンを振り下ろしたアイリの一撃で、ドラゴンの頭から赤い火花が次々と湧き出てきたかと思うと、赤銅色の髪をした屈強な男が飛び出してきた。


『こらー! 水のから離れろー!』


「え、ちょっと、こら……」


『わぁ!?』


 出てきた男は、オリジンの腕の中から水の精霊王を奪いとると、そのままヒョイと抱き上げた。いわゆる「お姫様抱っこ」である。


『ああ、水の! すまん! 熱くなかったか!?』


『や、あの、大丈夫……』


『お前の綺麗な肌が焼けてしまったら大変だ! ほら、俺に見せてみろ!』


『だ、だ、大丈夫だから……』


『顔をこんなに赤くして! 目を潤ませて! かわいそうに、怖かったよな!』


『いやだから……』


 水の精霊王は、炎の近くにいた時よりも顔が赤くなっている。むしろ全身赤くなりつつある。そんな様子の彼に構うことなく、火の精霊王は鍛え抜かれた筋肉でしっかりと抱きしめてやる。


『もう大丈夫だ! 俺がずっとそばにいるからな!』


『あうあうあう……』


 突然始まった精霊王たちの何かを見て一樹は呆然としていると、音もなく風の精霊王が現れる。


『すまぬ、エルフの神よ。アレはいつものことでな』


「アレ……ですか」


『うむ。火のは無自覚に水のを溺愛しておっての。水のは火のを好いておるが、近づけばあの状態になる』


「はぁ……なるほど……」


 そんなやりとりをしているオリジンたちの横で、ムサシたちは黙々と魔獣に攻撃をしている。

 ハリセンを振り回し疲れたアイリはミユに治癒してもらおうとして、火と水のやり取りを見てしまい脱力感に苛まれていた。


「アイリ、お疲れ様!」


「ミユ……よくアレを見て平気でいられるね」


「え? 何が?」


 治癒の魔法をかけながらアイリを見てこてりと首を傾げるミユ。

 なに!? アレを見てなんとも思わない……だと!? と、アイリが驚いていると、ミユの後ろに美丈夫なエルフの神が立っている。


「ミユさん、さきほどはすみません」


「オリジン様! 炎とか大丈夫でしたか?」


「ええ、おかけさまで。ご心配をおかけしました」


「治癒しますか?」


「怪我はないので……あ、それなら」


 そっと後ろからミユを抱きしめるオリジン。ぴゃ!?っと妙な声を発して固まるミユの耳元で「癒されました」と囁くと、オリジンは何食わぬ顔をしてムサシたちのところへ向かった。


「そうか、こうやって糖分に耐性がついていくのか」


 真っ赤になって悶えているミユを冷めた目で見るアイリだった。




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