69、目覚めるエルフの神官長(オリジン・エルフ)



 なぜか久しぶりと感じてしまうエルフの国に、オリジン・エルフとしてログインした一樹は相変わらずの全裸状態に苦笑する。

 目を開けると真っ先にベッドに飛び乗り、一樹の顔をペロペロ舐めるシラユキを片手でいなしモフモフを撫でてやる。


「そういえば、最初の時は慌てたなぁ」


 いつもなら着替え終わると同時に目覚めの飲み物を持ってくるプラノだが、誰も来ないところをみると彼が不在の時は何も出てこないようだ。これには何か基準があるのかと手早く貫頭衣を身につけながら一樹は手早くウインドウを操作する。

 グレーの薄いガラス板でログを追い、一樹はプラノの睡眠状態が変わっていないのを確認するとベッドから立ち上がり寝室から出た。

 緑の小さな光が多く飛び交う神殿の廊下を、いつもより少し早いスピードで歩いていたオリジン一樹。そんな彼に一人の神官エルフが駆け寄ってくる。「お目覚め感謝いたします!」と祈りの印を切る彼は、プラノの代わりにオリジンの世話をする者のようだ。


「オリジン様! 申し訳ございません! お茶のご用意が遅れまして……」


「気にしなくていいですよ。それよりも、プラノの様子は?」


「神官長プラノ様は睡眠状態ですが、不思議なことに衰弱はされていないようです。王都にあるハンターギルドのマスターが結界を張られたようで、そのおかげかと……」


「そうですか。ではプラノを起こしに行きましょうか」


「……っ!! はい!!」


 プラノの状態には覚えがあった。足元にまとわりつくシラユキを抱き上げて、千切れんばかりに尻尾を振っている白いモフモフとの出逢いを思い出す。

 生まれたばかりのシラユキは穢れを持った状態で神殿に助けを求めてきた。黒い何かに染まっていたシラユキが助かったのは魂まで穢れていなかったからだ。

 その時と同じ状況ではないのだが、一樹はなぜか原因は同じものではないかと感じている。


 神殿内の中でも一番静かな部屋にプラノは寝かされていた。オリジン一樹はベッドで寝ている彼の胸あたりにそっと触れて、ギルマスモードの一樹が構築した結界を解除する。するとエルフの神であるオリジンが流す神気にあてられたのか、プラノの頬に血の気が戻っていく。


「……っ!? オリジン様!?」


 一樹が思った以上に早く目覚めたプラノは、起き上がろうとしてそのまま苦しげな表情になる。


「長く眠りに入っていたと聞きました。ゆっくりと回復につとめなさい」


「申し訳ございません。強い念に囚われそうになりまして、慌てて精霊の守りを使用したのですが……」


 強い念というところ痛ましげな表情になるプラノを見て、オリジン一樹はその美しい顔を曇らせる。


「プラノ、その念に何か感じたのですか?」


「生き物の悪い感情の塊でした。恨みや妬み、恐怖などの感情です。そしてその中で何よりも強かったのは、悲しみ、でした」


「悲しみ……」


「声が聞こえて、神官として放っておけなかったのですが、私ごときがどうにかできるものではなかったようです。オリジン様のお手をわずらさせて申し訳ございません」


「おかしいことを言いますね、プラノ。エルフの神がエルフの窮地を救うことはごく当たり前のこと。それよりもその黒い何かはここ最近至る所で出没していると……エルフの国の結界は強化しておきましょう」


「感謝いたします」


 起きたばかりのため、話すだけで疲れた様子のプラノに気づいた一樹は、側に控えていた神官に果物のジュースを用意するように言う。そしてプラノの額にかかったひとふさの金色を優しくはらってあげた。


「明日、また様子を見にきます。またこのようなことが起きないよう、あちらで調べてきますね」


「オリジン様……」


 不安げな顔をするプラノに、オリジン一樹は優しく微笑むと風の精霊を呼ぶ。


「下級から上級まで、精霊たちは情報を集めてくるように」


 そう言い残すと、一樹はそのままログアウトすることにした。

 メールの受信通知に相良の名前を見つけたのだ。







 蛍光ピンクの液体から身を起こした一樹は、すっかり筋肉質になった体をタオルで拭きながらメールのチェックをする。少し前、相良がデスクに戻ったという知らせと、できれば一樹と二人で話をしたいという内容だった。


「二人っていうのは……珍しいよな」


 シャワーを軽く浴びると、ほぼ走るようにして作業部屋へ向かう。普段からほとんど人とすれ違うことはないため、結構な速さで走っていると曲がり角で人にぶつかりそうになる。


「うわっ!? すみませ……」


「何をやってるんだ一樹。危ないだろう」


 慌ててサイドステップでかわした一樹だが、相手も半身で衝突するのを避けたようだ。その相手を見て一樹は目を丸くする。


「親父……?」


 自分よりひと回りは大きい壮年の男性。相変わらず無駄に筋肉がついているなと思いながら、一樹は軽く息を吐いた。


「悪い、今ちょっと急いでて」


「そうか」


「親父はいつこっちに来たんだ? あ、相良さんに用があるとか?」


「俺の用は終わって家に帰るところだ。おい、母さんが実家に帰る回数が少ないと怒っていたぞ」


「う、分かってるよ。ちょっと立て込んでて……」


「だからこそだ。しっかり休んでおけ」


「……分かったよ」


 ゲームの中だけではなくなぜかリアルでも逆らえないオーラを出す一樹の父親だが、彼の妻には絶対逆らえなかったりする。もっともらしい事を言いながらも母親中心で回っている父親の行動に、息子である一樹は呆れつつも最近は少しだけ羨ましいと思っている。


「ああそうだ、今度ギルマスでログインしたら王宮まで来てくれ。預かりものがある」


「……普通に呼び出せばいいだろ。じゃ、俺急いでいるから」


「ゲームにまだ慣れてなくて悪いな」


 さらに彼は続けて「そういえば母さんもこのゲームをやってみたいと言ってたな」などと恐ろしいことを言っていたが、一樹は聞かなかったことにして相良の元へと向かうのだった。

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