68、仕事を片付ける一樹(赤毛のギルドマスター)
「シラユキちゃん、プラノさんを治そうとしてくれているの?」
「きゅん!」
「見たところ魔力不足みたいだったからな。シラユキがいれば回復すると思ったんだが、どうもうまく魔力が渡せてないようだ」
「オリジン様に診せた方が良いと思うんですけど……」
「兵士長がエルフの国に知らせを出すそうだ」
「ルトさんが……そうですか。それなら安心です」
一樹は部屋の端に置いてあった椅子を移動させミユを座らせると、ステラが置いたボトルに入っている冷たい飲み物をコップに入れて出してやる。
お礼を言って受け取るミユは、それをひとくち飲むと目を丸くして驚く。
「え、これって……」
「ステラがいつも出してくれるんだ。疲れがとれる飲み物らしい」
「ポーションよりも回復量が高いです……MP、魔力も回復してますね」
そうだったのかと、表情には出さずに一樹は驚く。NPCだと細かいステータスが見れないため気づかなかったのだ。ギルマス一樹に対し素っ気ない態度をとっている彼女だが、体の心配をしてくれているようだ。
「失礼いたします。ギルマスはまだいらっしゃいますか?」
「ステラさん、それ、すごい量の書類ですね」
「ミユ様、当ギルドのギルマスの足止めをありがとうございます。おかげさまで仕事が捗りそうです」
「ええ!? あ、足止め!?」
「ちょっとした冗談です」
いや、これは本気のやつだなと一樹は内心呟く。ステラは親切に情報を与えつつも、ミユをプラノの元に寄越すことにより、ギルマスが勝手に出歩かないようにする一石二鳥を狙ったのだろう。
アワアワしているミユの頭をぽんぽんと撫でてやりながら、ギルマス一樹はステラを見る。
「このお嬢さんをからかうなよ。今時珍しいくらいに純真無垢な子みたいだからな」
「そうですか。ギルマスは私が純真とは程遠いと」
「バカだな。俺にはもったいないくらい有能な補佐だよ。ステラ」
「そ、そう、ですか」
その白い肌が見事にピンクに染まっていくのを見て、一樹は「部屋が暑いのか?」などと呟いている。側で見ていたミユには丸分かりなステラの気持ちに対し、あんまりなギルマス一樹の発言だ。
「ギルマスさん、それはちょっとひどいです」
「何がだ?」
「あの、ミユ様、お気になさらず」
「でも……」
一樹はステラが『赤毛のギルドマスター』に好意を持っているのは分かっていたりする。親しくなると出てくる◯◯度という数値化されたものが彼には見える。
人によって親愛度や信頼度など文言が変わるのが面白い。ちなみにステラを見ると達成度となっており、それなりに高い数値だった。
ちなみに達成度が高くなり目に見えて変わったところは、出される飲み物が普通のお茶から果実などを使った手の込んだ飲み物に変わったことだ。
しかし、一樹がギルマスとして王都のギルドに来る前、ステラが他の客には水さえも出さなかったことを彼は知らない。
「失礼する。入ってもいいか?」
兵士長ルトの声にステラがドアを開ける。少し息を切らしているようだが、プラノの安全が確保されているせいか焦っている様子はない。
ギルマス一樹は大量にある書類に目を通しつつ、ルトに状況を説明する。
「神官長殿の目が覚めないのは魔力不足だ。加えて王都の精霊はエルフの国よりも少ないため、回復が遅れているのもあると思われる」
「シラユキ様、なぜここに?」
「俺の使役している精霊獣に呼んでもらった。エルフの神の力をプラノに渡すよう頼んだが……」
「きゅーん」
申し訳なさそうに鳴くシラユキに、ギルマス一樹は手を伸ばして撫でてやる。その慣れた様子と精霊獣を持つ人間の存在にルトは驚いていた。
「オリジン様以外の、しかもエルフではない人間がシラユキ様を呼べるとは……世界は広いのだな」
「ま、俺は特殊だからな。ギルマスだし」
「ギルマスは関係ないでしょう。時にルト様、プラノ様はいかがなさいますか?」
「今は神官長を一刻も早くオリジン様に診てもらいたいので、急いでエルフの国へ送ることにしようと思う」
「それが妥当だな」
「うちの者が世話になった。礼を言う」
話している間にも大量にあった書類を次々と処理していくギルマス一樹。忙しそうにしている彼に向かって礼を言ったルトは、部屋の隅で一連の流れを黙って見ていたミユに気づく。
「伴侶……ミユ様! いらっしゃったのですか!?」
「すみません、ご挨拶が遅れまして……」
「いえ、こちらも神官長のことで頭がいっぱいになってました。最近オリジン様もあまり神殿に降りられないのでミユ様の状況も聞けなかったのですが……王都での生活はどうですか?」
「仲間と一緒に頑張ってます。今は素材集めをしていて」
「そうですか。ああ、そうだ。ちょうどここに来る前に魔獣をたくさん倒したのですが、集めた素材を引き取ってもらえませんか?」
「助かります。どれくらいですか? 今持っているお金で足りるかな」
「そんな、エルフには使えない素材ですから、そのままお持ちください」
「え? それは……いいんですか?」
困ったようにミユはギルマス一樹を見ると、あらかた書類を片付けた彼は赤毛を搔き上げると何でもないことのように言う。
「エルフには不要の素材なんだろう。貰っておけ」
「これ、ちゃんとイベントに反映されるのかな」
ミユがルトと素材の譲渡をしている間に、一樹は書類をステラに渡し、寝ているプラノの上にいたシラユキを抱き上げる。
「きゅん」
「呼び出して悪かったな。オリジンに感謝してると伝えてくれ」
「きゅん!」
尻尾を振りまくりギルマスの頬を舐めるシラユキに、大量の書類を持つステラは密かに悶えていた。
光のエフェクトを発して消えたシラユキと入れ替わるように、一樹の影から赤毛の狼が現れて足元に控える。
「使役獣っていいですね」
「お嬢さんは精霊と仲よさそうだから、強くない精霊獣なら従ってくれるんじゃないか?」
「そうなんですね! やってみます!」
「おう。一緒に過ごせばそいつも強くなるから、早いうちに使役するのも手だぞ」
「わかりました!」
ミユの護衛は多いに越したことはない。アイリが一緒じゃない時は一人でプレイしているミユに使役獣がいるのは、良いことのように一樹は思えた。
さっそく森を探索しに行くというミユを見送り、一樹は外に出ることにする。ステラから「仕事をあまり貯めないでください」という言葉で見送られたのを苦笑で返す。
ルトは手配していた馬車で、寝ているプラノをエルフの国へ連れて帰った。
移動の魔法陣を使用しても丸一日はかかると計算した一樹は、ログアウトして食事をとることにするのだった。
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