89、王都のギルドと後衛の増員(オリジン・エルフ)
聖王国、王都の中心にあるハンターギルドでは、今日もギルド職員たちが忙しなく働いている。
ギルドマスターが発令した情報を集める依頼の他に、海近くにある町の周辺で大量発生したトカゲ型魔獣の退治依頼もあり、王都に集まっていたハンターたちは徐々に減っている。
それでもギルドマスター補佐であるステラは、休みなく働いている状態だった。
受付前を通ったステラは、受付業務をしている男性職員の姿を見て足を止める。
女性職員の多い受付業務の中でリーダーを務めているコウペルは、優しげな見た目ではあるが並みの冒険者に引けを取らない強さを持つ青年だ。美しいステラのことを妙な目で見ない希少な人間の一人でもある。
ポニーテールにしている水色の長い髪がサラリと揺れ、綺麗な彼女の立ち姿はギルドの中でかなり目立っていた。受付カウンターの向こうで書類を確認していたコウペルは、周りの様子に気づいて顔をあげる。
「妙に静かだと思いました。ステラ補佐、お疲れ様です」
「お疲れ様です。コウペルさん、ギルマスの姿を見ましたか?」
「今日ですか? いえ、こちらでは見ていないです。執務室に直接来られているのでは?」
「昨日の書類がそのままの状態だったので……」
ステラの言葉に薄茶色の目を細めたコウペルは後ろにいる他の職員たちを見るが、全員が首を横に振っている。
「受付前を通ってはいないようですね。あの存在感なら誰かしら気づくと思いますし」
「そうですか……ありがとうございます。仕事の手を止めてすみません」
「いえいえ」
笑顔で返すコウペルに、無表情だったステラは微かに頬を緩ませる。それだけで彼女の「美しさ」は「可愛らしさ」に変化し、常に平静を保つようにしているコウペルも思わず見惚れてしまう。
去って行く後ろ姿が見えなくなり、止めていた息を吐いたのは彼だけではなく周りもそうだったらしい。
渡り人のハンターが、受付業務に戻るコウペルに話しかけてくる。
「なぁなぁ、あのステラちゃ……ギルドの人って、港町に行かないの?」
「ステラ補佐はギルマスの代理もしているので、ここを滅多に離れることはありませんよ」
「えー、そうなの? ちっ……水着イベントは人気キャラが出るんじゃねぇのかよ……」
「水着?」
コウペルが問いかけるも、渡り人の男性はそれ以上用はないとばかりに去って行く。
心なしか周りの空気も重くなった気がした彼は、首を傾げながらも再び業務に戻るのだった。
町で魔力を回復する薬などを買い込んでいたミユは、見覚えのある女性の姿に思わず振り返る。
「どうしたの? ミユ」
「あの人……どこかで……」
たゆんとしたミユの、ひとまわり……ふたまわりは大きいであろうそれを揺らして歩く彼女に、道を歩くプレイヤーやNPCたちの目は釘づけだ。
海近くにあるこの町の人々の服装は、布面積の少ない開放的なデザインが多い。その中でも一際目立つそのスタイルで際どい衣装を着こなし、たわわに実る果実を惜しげもなく晒し堂々と歩く彼女。
「あ、酒場のオッパイ姉さんだ」
「オッパ……酒場って?」
「ミユは行ったことなかったかな……王都にある酒場の店員さん。いつもカウンターにけしからんオッパイのせていて、客寄せしているの」
「そ、それは、すごいね」
横にいるアイリの目に仄暗い何かを感じたミユは、あまり多くを語らないことにする。
どうやら酒場の彼女も水着イベントに登場するNPCの一人だったようだ。人気のあるNPCは他にもいるから、もしかしたらまだ増えるのかもしれないとミユは考える。
願わくば、スレンダーなキャラでありますように……と祈る彼女は友人思いの優しい子であった。
「必要なアイテムは買ったし、これで準備完了かな。ミユは大丈夫そう?」
「うん。たぶん、大丈夫かな」
歯切れの悪いミユに、アイリは眉をひそめる。
「ミユの奥ゆかしいところは女の子らしくていいけど、仲間の私には我慢しないで言いたいことを言って欲しい。何か不安なことがあるの?」
「……ごめん、アイリ。トップランクの人たちの足を引っ張ったらどうしようって不安なの。後衛が回復役の私しかいないから」
「足を引っ張る?」
確かに、彼らに比べれば自分たちのレベルは低い。それでも元々の素質や、積み重ねた経験は負けていないとアイリは考えている。
オリジンの都合もあったが、トップランクの彼らと共闘できるのは良い経験になるだろうと喜んで受け入れたアイリは、ミユの気持ちをしっかり確認できていなかったことを反省した。
「あの二人ならエルフの森イベントで一緒だったし、たとえ足を引っ張ってもそこを折り込み済みで今回依頼を受けていると思うよ。NPCからの特殊クエストが発生しているから、ギルドを通してないけどハンターとしての貢献度が上がるし」
「そっか。それならランクも上がるよね」
「そうそう、おいしい話だから受けているんじゃないかな。それに、後衛ならもう一人いるでしょう?」
「もう一人?」
町の入り口へと向かう彼女たちの視線の先には、和装の美丈夫が立っている。長い銀の髪は横に流してゆるりと結ってあり、合わせ目が少し開いた胸元からは色気が滲み出ているかのようだ。
大剣を背負った男と、その横でひっそりと控えている女性は二人とも迷彩柄の服を身につけている。よく見れば男はライトアーマーと呼ばれる金属をあまり使っていない鎧を装備していた。女性は体にフィットした肌を見せないようにしている衣装だ。服の上に男と同じような鎧を装備している。
「大剣使いで前衛のヤマトだ。剣が重いから防具はなるべく軽くしている。ダメージは受けないと思うが回復は頼む」
「短剣使い、前衛のアヤメよ。斥候もできるから探索は任せて」
「双剣使いのアイリです。前衛です。色々勉強させてもらいます」
「治療師のミユです。後衛で支援を中心に頑張ります」
四人の挨拶が終わると、依頼主であるオリジン・エルフは微笑んで口を開いた。
「皆さんの助力に感謝します。では、私はミユさんと一緒に後衛で支援ということでよろしくお願いします」
「ええ!?」
オリジンの言葉に驚いたのはミユだけで、アイリは「もう一人いるって言ったじゃない」と呆れたように呟く。
ヤマトとアヤメは「NPCが付いてくるパターンなんだな」「ラッキーね」などと平然としている。
「エルフの神の恋人みたいなミユを放っておくわけないじゃない」
「ちょっ!? アイリ!!」
「「はぁっ!?」」
今度はヤマトとアイリも盛大に驚き、アイリは真っ赤になったミユに怒られるのであった。
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