122、唐突なイベント開始(赤毛のギルドマスター)


「風が……止んでいる?」


 トップランカーのパーティ『暁(あかつき)』のリーダーであるムサシは、前線とされている王都の北門前で異変を感じ取っていた。


 王都にある門は四つあり、イベントで攻めてくる魔獣たちは北の山から降りてくるという話だ。しかしムサシはその情報を鵜呑みにせず、メンバーを他の門にも配置させている。

 今回のイベントだけではないが、この『エターナル・ワールド』というゲームは、ただ魔獣を倒すだけでは貢献度が上がらない。

 どうすれば「良い結果」となるのか、犠牲を出さずにイベントを終わらせられるかを考えて実行すれば、もらえるポイントが大きく変わるのだ。

 だからこそ、裏方で活躍しているプレイヤーにもチャンスがある。


 ムサシは銀色の短髪頭をわしわしと掻き、パーティメンバーにメッセージを送る。

 どうやら異変に気づいているのは自分だけではないようだと知り、メッセージ画面から顔をあげた彼は次の瞬間、乾いた笑いを浮かべていた。


「嘘だろ……まだ始まっていない……よな?」


 イベント『聖王国王都、大規模魔獣討伐戦』開始二時間前。

 王都周辺に集まりつつあったプレイヤーたちは、遠くに見える土埃の大きさを前に唖然としていた。







 弟ムサシからのメッセージを受け、魔道具技師のコトリは人通りの少ない王都の中を走っていた。

 リアルでの能力がステータスに反映される『エタワル』の仕様が、今の彼女にとってネックとなっている。


「はぁ、はぁ、ひぃ、ふぅ、きっつい……」


 イベントで必要なアイテムを納品するのは、開始前じゃなくても大丈夫だろうと思っていた。

 実際エルフの国でも、魔道具の納品はイベント開催中でもよかったくらいだ。


「もう、ムサシみたいな、廃人プレイヤーに、ついていくとか、私には、無理なんだから、はぁ、はぁ……」


 ゲームの中であるはずなのに、息を切らし汗だくのコトリはハンターギルドの中へヨロヨロと入っていく。

 イベント開始前であるはずなのに、受付前で出遅れたと嘆くプレイヤーたち。彼らの叫びを背に、コトリはギルドの奥にあるギルマスの執務室へと向おうとした。

 すると受付カウンターの奥から空色の髪がふわりと揺らし、ステラがコトリに駆け寄る。


「コトリさん! 魔道具の納品ですか!」


「半分は前線に持っていきますぅ……はぁ、はぁ……」


「お疲れ様です! 助かります!」


 ギルドマスター補佐であるステラは、ハンターとしてのランクが高いと公式に記載されていたことをコトリは思い出す。プレイヤーが来る前、この世界にはNPCのハンターしか存在していなかったのだ。

 ちなみにステラはその中でも、かなり高ランクのハンターである。


「馬を出しましょうか?」


「いえ、私、馬、乗れないので……」


 汗だくで息を切らしているコトリの代わりに自分が馬に乗りたいとステラは思うが、ギルマスからこの場所を任されているため手助けできない。

 以前コトリが「うっかり」大破させたバイクもどきは、街中で使用するのは危険だ……と強く言い聞かされている。


「前線の人たちを、よろしくお願いします!」


「まかせ、て、おい、てー……」


 力ない笑みを浮かべたコトリがギルドから出ようとしたその時、大きな爆発音とともに起こった地揺れに足がもつれる。


「おっと、大丈夫か?」


「ふぉっ」


 ぽふりと顔が温かいむちむちした何かに挟まったコトリは、ふわりと香るいい匂いに妙な声を出してしまう。


「ギルマス! いらっしゃったのですか!」


「ついさっき、な」


「ふぉぉ……」


 満身創痍のコトリを片腕で抱え上げたギルマス一樹は、彼女を近くにある椅子に座らせるとギルド内を見渡す。


「コウペル! 状況は!」


「はい! 想定していたよりも魔獣の襲撃が早く、前線で戦う人間が不足しています! ギルド、もしくは騎士団での登録がないと、渡り人たちは討伐戦に参加できないため、前線に王国騎士たちが出ようとしております!」


 プレイヤーたちの受付をこなしながら、ギルド職員のコウペルは一樹の問いに対しハキハキと答える。


「ステラ」


「ギルド本部からの通達もあり、騎士団が前線に出ることは禁止されていると本部長……第一王子が止めているところです。コトリさんから魔道具を納品してもらったので、今から受付する人たちに配っています」


「先に出ていた者たちには、間に合っていないということか。……クレナイ」


「ガルルゥ」


 ギルマス一樹の影から飛び出した赤毛の精霊獣はギルドから外に出ると、体を震わせ馬と同じくらいの大きさになる。驚くステラに「あとは頼む」と言った彼は、唖然としているコトリを小脇に抱えヒラリとクレナイの背に乗った。


「ふぉぉっ!?」


「歯を食いしばっておけ、舌をかむぞ」


「ふいぃ!」


 自分の前にコトリを座らせ覆いかぶさるような状態になったギルマス一樹は、クレナイを全速力で走らせる。

 クレナイは狼のような力強い走りと、人や物をスピード落とさずに避けていく俊敏さを持っていて、背に乗せる一樹とコトリを危なげなく運んでいく。


「とりあえずは北門か?」


「は、はひっ!」


 この速度の中でも冷静なギルマスの声に、コトリも徐々に落ち着いていく。どんどん近づく北の門の扉が固く閉ざされているのが見えてきた。


「クレナイ、つっこめ」


「はぁっ!?」


 スピードを緩めず赤い弾丸のようになったクレナイは、一樹の指示を正確に読み取り門の影に飛び込み、門の外にある影からそのまま飛び出していく。


 街の中から一気に草原へと変化する景色。

 目に入ったその光景にコトリをクレナイに任せたギルマス一樹は、戦いの中へと飛びこんでいった。





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