121、風の精霊獣(赤毛のギルドマスター)


「緑色ってことは、風の属性かな?」


「たぶんね。この子、ご飯も食べてくれないし、ただただ弱っていくから困っていたんだよねー」


「ユキがテイムしたんじゃないの?」


「エルフの森の中でレベル上げしてた時に、木の根元で震えてる羽毛を見つけてさー。テイムしても反応ないし、色からして精霊に関わる何かかなって」


 アイリの問いに、ユキはのんびり説明していく。彼女の調べたところ、属性を持つ魔獣でも体の色は一色にならないということが分かっていた。


「純粋な属性を持っているかどうかって、色で分かるんだよ。あそこにいる狼型の子も、緑と白のまだら模様になっているでしょ」


「二色ってことは、持っているのは風の属性だけじゃないってこと?」


「あの子は弱い風の属性を持っているだけ。属性を複数持っている子はかなり強いから、私はまだテイムできないかなー」


 三角屋根の家に入った彼女たちは、優雅にティータイムをとっていた。

 ミユは出されたお茶を少し飲んだだけで、今は膝の上にいるフワフワな緑の羽毛を撫でるのに夢中だ。ユキの見立てでは鳥らしいが、羽根がどこにあるのか分からない丸い形の生き物は「ピルルル」と甘えるような鳴き声を発している

 時おりミユの指先から魔力の光が見えるのは、緑の羽毛が少しずつご飯を食べている証だ。


「ユキちゃんに感謝だよ。私、精霊獣を使役するように言われていたんだけど、なかなか見つけられなくて……でも、本当にこの子をもらっていいの?」


「いいよいいよ。だって私、この子に何もできなかったんだもん。保護したのにご飯をあげられなかったし」


「精霊は自然のエネルギーをもらって生きてる、みたいなのが公式サイトにあった気がするけど」


 アイリは羽毛に自分の魔力を分け与えているミユを見て首をかしげる。

 ユキはどこからともなく取り出したメモ帳を片手に、ひたすらペンを走らせていた。


「ミユちゃんは精霊獣が魔力をご飯にしているって、よく知っていたねー」


「オリジンさまが精霊獣のシラユキちゃんにご飯をあげているところ、何回か見たことあるから」


「えっ!? オリジンさまって、あの大人気NPCの!?」


「あれ? ユキ知らなかったっけ? ミユはエルフの神殿で精霊魔法を教わっているんだよ」


「いや、エルフの神殿でお世話になっているみたいなのは聞いてたけど、まさかあのイケメンマッチョエルフ様と仲がいいとか思ってもみなかったし!」


「マッチョ……まぁ、確かに他のエルフの人たちと比べると、筋肉ついているほう……かな?」


 鼻息荒いユキに詰め寄られたアイリは、苦笑しながら落ち着くように言ってなだめてやる。

 お腹がいっぱいになったのか落ち着いた羽毛を膝にのせたまま、ミユは少し冷めたお茶に手をのばす。その腕には彼……オリジンから贈られた腕輪がキラリと輝いていた。


「黄色の入った若葉みたいな色をしているって、アイリが言うから名前はモエギにしたけど……。私は緑色だからミドリでも、分かりやすくていいと思うんだけどなぁ」


「エメラルドグリーンだからベリルって言うほうが、まだマシだと思う」


 アイリは「白だからシラユキ」という名前にした人物と共通の何かを感じさせる友人にツッコミを入れ、深く長いため息を吐いた。







 王都周辺にかつてないほど大量の魔獣が現れる。


 渡りの神からの神託を受け、聖王国の王家からは騎士団を派遣することが決まっていた。

 軍の要を担うのは、この国の第一王子だ。彼らは王都周辺の守りを任されることとなる。

 最前線はハンターギルドから要請を受けた、渡り人(プレイヤー)たちが固めることになっている。神からの祝福を受け、この世界で死ぬことのない人材がいることは、王都で暮らす人々に安心感を与えていた。


「前に素材を集めてもらうイベ……依頼があっただろう。国を交えてのものだったが、そこから作られた魔道具や武器防具が今回役に立つはずだ」


「どこかの国と戦争でも起こすのかと思っていましたが、今回のためだったということですか」


「戦争はないだろうな。あの第一王子が存在している限りは」


 赤毛をくしゃりと掻き上げたギルマス一樹は、執務室で書類の山を処理しながらステラとのやり取りをしている。

 ハンターギルド内にいる職員たちに、ある程度仕事を任せられるようにはなってきていた。それでもギルマス権限で決裁しなければならない仕事は多い。


 羽ペンを走らせるギルマス一樹に、肩に落ちる空色の髪を後ろに払ったステラは背筋を伸ばして問いかける。


「なぜ私を最前線に置かないのです?」


「最前線は渡り人たちに任せている。お前が行く必要はない」


「私の力は、こういう時のためにあると思っています。ハンターとしては現役でもありますし」


「だめだ」


「なぜですか。最前線にはギルマス、あなたがいるのに」


 静かに、しかし奥には熱がこもったその問いに、ギルマス一樹は小さく息を吐いて書類の山から顔を上げる。


「俺が最前線にいるのは、指揮をするからで戦うからじゃない。お前が最前線に出てみろ。せいぜいできることは渡り人の行動を邪魔をするくらいだ」


「ですが……」


「俺の守りはギルドの依頼で出してある。お前の守りまでは依頼に入ってないんだよ」


 意識して冷たく吐き捨てるように言ったギルマス一樹だが、無表情の中で微かに眉を寄せるステラを見て苦笑する。


「クレナイもいる。心配するな」


 運営NPCとして、イベント中に浮かれてオイタするプレイヤーを見張るという仕事もある。それにステラが最前線に出てしまうと、ギルマスに何かあった時にギルドがたちいかなくなってしまう。


「……わかり、ました」


「悪いな。ギルドを任せっきりにして」


 いつも世話になっているステラに対し、申し訳ない気持ちになった一樹は少し落ち込んでしまう。しかしここは譲れない。彼女は、この世界で「生きて」いてもらわないといけないのだ。

 この世界の人たちが、自分たち運営の都合で行われるイベントに巻き込まれて死ぬことは、できるだけ避けたいと思っている。

 ゲームの中のキャラクターたちのことをなぜここまで真剣に考えてしまうのか、一樹は不思議に感じていた。


「留守はお任せください、ギルマス」


「おう、頼りにしてる」


 ニヤリと笑うギルマス一樹に、無表情のままだったステラは口元を少しだけ緩めた。



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