64、相談にのる一樹と、彼女の事情



 向かってくる男子高生を避けるために、美優を軽々と抱え上げた一樹は内心頭を抱えていた。

 腕の中にいる彼女は、顔は見えないものの耳と首すじが真っ赤になっている。社会人である一樹が、リアルで女子高生を抱きかかえているのは事案だろう。

 しかも「一応」初対面である。


「お兄ちゃん、美優が息できてないんじゃない?」


「え? そうなのか?」


 慌てて近くにある椅子に座らせると、クッタリと机に突っ伏した美優が「ぷはぁーっ!」と、大きく息を吐いて呼吸を再開した。一樹と愛梨は顔を見合わせ、アイコンタクトを行う。


「さて少年、お兄さんとちょっとOHANASHIしようか」


「なんなんだよ、アンタは!」


「まずは目上の人間に対しての言葉遣いから、しっかり教育しないとね……」


 そう言って男子生徒の首根っこを掴んだ一樹は、暴れる相手をものともせずに引きずっていく。兄が教室から出たところで、愛梨がすかさず美優のフォローに入る。


「大丈夫?」


「う、うん、何というかビックリしただけ。……あの人がお兄さん?」


「そうだよ。一応『CLAUS』の社員だから、私と美優に出た異常のことが少しでも分かるかなって。私のことだけは相談してるんだけど、美優も何か聞きたいこととか相談とかあるんじゃない?」


「……うん。じつは相談したいことがあって」


 友人となって一年にも満たないが、愛梨は美優が何か悩んでいることは知っていた。本人が言わない限りは無理に聞き出すものではないだろうと考えた愛梨は、今日まで黙って見守ってきた。

 しかし、今の彼女の状態ではもう限界だろうと思い、兄へ相談することを愛梨は提案する。案の定、美優は限界だったらしく、小さな声で「ごめん、ありがとう」と呟く。

 そこに、どうやらOHANASHIが終了した一樹が、軽やかな足取りで教室に戻ってきた。


「兄さん、さっきのは?」


「穏やかな様子で帰ったよ」


「あ、あの、助けていただきありがとうございます!」


 ガタンと椅子を引っくり返しつつ、美優は慌てて礼を言うとペコリと頭を下げた。苦笑した愛梨が倒れた椅子を直し、そっちにも「ごめん! ありがとう!」と謝っている美優。小動物みたいな愛らしさに思わず一樹は頬を緩める。


「大したことじゃないから、これからも頼ってよ」


「そ、そそ、そそそそんな! 恐れ多いでしゅ!」


 なぜか最後に噛んだのかは不明だが、美優の反応から自分の行動が嫌がられたわけじゃなかったようで一樹はホッとする。

 真っ赤だった顔は頬だけ残して元に戻っているようだが、未だ火照る頬を押さえながら美優は話し出す。色々なことが重なっていた彼女は気付かない。なぜ初対面の愛梨の兄に相談しようと思ったのかを……。


「あの、非現実的なことを言いますけど、話を聞いてほしいんです」







 美優には兄がいる。いや、正確には兄がいるのだか数年前から行方不明になっている。

 両親が伝手を使って探しているとのことだが情報はなかなか集まらず、現状は何も進んでいない。そして美優は父方の祖母に預けられることになった。


 行方不明になる前、兄とゲームについて話したことを思い出した美優はその内容を両親に伝えたが、非現実的だといなされてしまう。


「兄は、ゲームの世界に入ってやる事があるって言ってたんです」


「やる事?」


 当時、CLAUS社の出した『エターナル・ワールド』のベータ版が発表され、そのテストプレイヤーとして美優の兄は選ばれていたという。

 ポツリポツリと話す美優に、愛梨は側で優しく背中をさすってやる。

 一樹は彼女の前に机を挟んで座り、時折相槌を打ちつつ真剣に聞いていた。


「テストプレイヤーとして頑張るという意味かなって思いましたが、兄が姿を消した時にもしかしたらゲームの中で何かあったんじゃないかって……」


「ゲームの中でって、どうしてそう思ったのかな?」


「隣の部屋でゲームをしていた兄が突然何か大声で叫んだんです。慌てて部屋を確認しようと思ったんですけど、鍵がかかってて……親がスペアキーで開けた時には、兄の姿はなく」


「部屋は密室だったってことか」


「はい」


 事件性があるような話ではあるが、美優の両親は「家出したのだろう」という認識のようだ。捜索願は出したそうだが、部屋の鍵がかかっていた理由は未だに不明である。


「確かに兄が部屋にいて、叫び声をあげてたんです。両親は聞こえなかったと言ってて、私の聞き間違いじゃなかって……ゲームの中で何かあったというのは有り得ないと思いますが、それでもゲームをプレイしていた兄に何かあったのは間違いないと思うんです」


 そこまで言うと、美優の目に溜まっていた涙がポロリと溢れる。それを優しくハンカチでおさえてやる愛梨は、ジッと自分の兄である一樹を見る。


「分かっているよ愛梨。……美優さん、ゲームがリアルに影響を与えているのか確認はできていないけど、思考や肉体に何かしら影響が出ていると俺は考えているよ」


「ほ、本当ですか?」


「愛梨が陸上の大会で好成績をおさめたって話を聞いた?」


「はい。すごいなって思いました。運動神経がいいんだなって」


「でもさ、高校生の大会記録を塗り替えておきながら、それがまったく本気じゃなかったとしたら?」


「……え? そうなの?」


 美優は驚いた表情で愛梨を見ると、彼女は苦笑し頷きながら口を開く。


「綺麗になった美優も、ゲームを始めてからのことだよ。おかしいくらいに告白されるようになったじゃない」


「そうか……どうもおかしいと思ったよ。教室から連れ出したさっきの男子生徒は、夢から覚めたみたいになってたからね」


「美優を好きじゃなかったってこと?」


「好意はあったけど、あんな風に言うつもりはなかったって言ってた」


「ちっ、モテてるのは変わらないのか」


 そう言う愛梨もモテるのだが、基本的に言い寄られる前にバッサリ斬っていくスタイルのため、誰かから告白されたことはほとんどなかったりする。

 さすが百人斬りの兄を持つ妹、で、ある。



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