87、海の幸と水着と(オリジン・エルフ)


 市場の中にある食堂には、海でのイベントを聞きつけたプレイヤー達もいる。

 その中を目も覚めるような美少女プレイヤー二人と、イベントで登場する予定であるNPC『オリジン・エルフ』が現れたことにより、食堂内は一気に静まり返った。


「あらー……」


「え? なに?」


「ミユさんたちの愛らしさに、皆さん言葉も出ないのでしょうね」


 ふわりと微笑む美丈夫にミユは頬を染め、アイリは思わず吹き出しそうになる。


「アイリさん大丈夫ですか?」


「ホホホ、オキニナサラズ」


 オリジンの中身が実の兄だと知っているアイリからすれば、「何言ってんだコイツ」という心境なのだろう。しかし、運営NPCとして実の妹がいようとも『エルフの神』として演じなければならない。

 そう、これは社員である彼の仕事なのである。


「オリジン様、顔が赤いですね。大丈夫ですか?」


「……大丈夫デス」


 仕事であっても、羞恥心は消えないのである。


 外壁と同じように白で統一された室内は、天井近くに細長い窓があり光を採り入れているため以外gと明るい。四人がけの空いている席を見つけたアイリは、素早い動きで椅子に座る。


「ほら二人とも! 早く早く!」


「もう、アイリったら……オリジン様、座りましょう」


「はい」


 周りの視線が痛いくらいだが、ここでご飯を食べることを諦めるのは難しいことだった。

 先程から食堂の店員が畳ほどの大きな鉄板に火を入れ、次々と魚介を焼き始めている。


「鉄板焼き! 仕上げの醤油! ゲームの世界なのに、日本の調味料がしっかりと根付いていることに感謝……拝んじゃう……」


「生産職のプレイヤーさんたちが、ゲームがリリースされてからすぐに調味料を開発したんだっけ?」


 涙目で拝むアイリの前に座ったミユは、鉄板の上でぱかりと開くホタテのような貝から目を離すことなく話している。器用な子である。


「渡り人の方々が考案するものは、どれもこの世界を豊かにしてくれますね。素晴らしいことです」


「オリジン様にそう言っていただけると、自分が渡り人であることが嬉しくなっちゃいますね」


 やはり鉄板から目を離さないミユに、アイリはクスクス笑いながら指摘する。


「ミユ、ヨダレが出てる」


「ほぁっ!?」


 慌てて口を拭うミユに、たまらずアイリは噴き出した。


「もう! アイリ!」


「ごめんごめん! さっきの貝、そんなに美味しかったのかなって……ぷぷっ……ぶふぉっ」


 美少女が台無しになるような笑い方をしているアイリに、頬を膨らませて怒るミユの肩をオリジン一樹が軽く叩く。


「なんですむぐっ……んくっ、ふぁぁ……甘いぃ……」


「味見だそうですよ。どうですか?」


「やっぱりこれ、ホタテみたいな味で甘くて……醤油とバターがもう……たまらないですぅ……」


 その様子を見ていた周りのプレイヤーたちも、我も我もと鉄板の近くに集まる。アイリはすでに並んでいて、がっつり食べる気満々のようだ。


「渡り人は、どれだけ食べても体型が変わらないそうですね」


「この世界限定ですけど、私は甘いものをたくさん食べても太らないのが嬉しいです」


「ふくよかなミユさんも愛らしいでしょうから、見れないのが少し残念です」


「そ、そんな、ああ愛らしいとか、もう……オリジン様ったら……」


「塩と果実で味付けしたのもありますよ。ほら、口を開けて」


「や、それってむぐ……んー、これもおいひぃ……」


 すっかりオリジンに餌付けされているミユを、山のような魚介を皿に盛って戻ってきたアイリは生温かい目で見る。


「おに……オリジン様、ミユ、これもどうぞ」


「わーい! ありがとうアイリ、あっ」


「ありがとうアイリさん。ほら、ミユさんどうぞ」


 そう言ってミユが取ろうとするのを横から掻っさらい、出来たての酒蒸しされた貝を口に放り込んでやれば、彼女の顔はみるみる蕩けていく。


「おいしい?」


「おいひぃれふぅ……」


 二人のイチャイチャを目の前で見せつけられ、うんざりした様子のアイリはふとオリジンに問いかける。


「そうそう、これ食べたら素材の交換してくるけど、オリジン様もどう?」


「いいんですか?」


「もちろんですよ。イベントにはオリジン様も関わるみたいですし、一緒に行きましょう」


 笑顔のミユに、オリジン一樹は笑顔を返しながらも内心不安になる。

 それでもこの二人には頼みごとがあるため、まずは彼女たちの用事を済ませないと事が進まない。火山のドラゴン型魔獣はなかなか強いと、分析した風の精霊王が言っていた。

 食堂にいる低レベルのプレイヤーには知られたくない一樹は、港町のイベント期間はミユたちと行動することにした。







 そして、一樹はさっそく後悔していた。


「すっごい! さすがオリジン様! なに着ても似合うね!」


「……!!」


「ありがとう……ございます……」


 港町にあるハンターギルドは今、桃色の空気に包まれている。

 なんという色香だろうか。

 そして、素晴らしく均整のとれた美しい体。

 彼の体には鍛え抜かれた筋肉がしっかりとついており、着物の襟からのぞく鎖骨と胸筋に女性達の目は釘付けだ。


 道中、イヤというほど出てきたトカゲの魔獣は、牙と皮の素材を多く落としていた。

 特に皮は水を弾く素材で、海で泳ぐ水着はそれで作られている。そして、レアな金色のトカゲを仕留めたミユは、イベント限定の『NPC用セクシー水着』を手に入れる事ができたのだった。


 手渡された水着は男性用で、さらに浴衣付きだ。

 水着は悪いと思い、ミユは浴衣だけでも着てほしくてオリジンにその一式を渡す。


 そして、一樹は二人についてきたことを後悔していた。


「ユカタとは、こんなに胸元を開くものですか?」


「私は開いてないよ。開いちゃってるんだよ」


「オリジン様、素敵です!」


 ミユの笑顔にオリジン一樹は癒されるが、浴衣の下に着ている水着が色々と心もとない。どうも布が少ない気がしている彼が微妙な表情をしていると、アイリが爆弾を落とす。


「せっかくだから、水着も見たいなぁ」


「ちょ、アイリったら」


「ミユも見たいでしょ?」


「オリジン様にそんな……」


 そう言いながらも一樹の胸元をチラチラ見ているミユの、目は口ほどに物を言っていた。



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