37、可愛い生き物たち(オリジン・エルフ)


 慌ててドアを閉めたミユは、そのままその場にへたり込む。動悸、息切れ、のぼせなどの症状を緩和させるために何度か深呼吸をするが、あまり効果はないようだ。


「な、なんで裸……いや、着替えていたんだよね。そうだよ。だって隣はオリジン様の寝室なんだし。あははは」


 動揺のせいか、ミユはかなり大きな声の独り言を発している。言葉に出すことで脳内の情報を整理しようとしているのか、ブツブツと何か呟いている。


「すごく綺麗な肌だった。それにあのギリシャ彫刻みたいな筋肉……アイリちゃんがしっかりあるって言ってたのは本当だったんだ。ゲームだけど本当だったんだ」


 ミユがフンドシ一丁のオリジンを見た角度は斜め後ろからだった。そのキュッと引き締まったお尻が目に焼き付いて離れない。思い出してさらに赤くなったミユは、うっとりとした顔で呟く。


「オリジン様……フンドシ派なんだ……」


「ミユ様は、あの一瞬で意外と見てらっしゃったんですね」


「はぅぁっ!?」


 いつのまに側にいたのか、肩で切りそろえた金髪をさらりと揺らしミユを覗き込むエルフの神官プラノ。彼はその美しい顔に笑みを浮かべている。


「オリジン様の言いつけで様子を見に来ました。何度かお声がけをしたのですが、ご反応がなく……」


「あ、あの、すみません! 大丈夫です! 精霊魔法について聞きたいことがあったんで、プラノさんとお話ししたかったんです!」


「え……そうでしたか……」


 目を伏せるプラノの悲しげな表情を見て、自分が何か粗相でもしたのかとミユは慌てる。

 いや違う。もしや先ほどのラッキームニャムニャが原因かと、ミユの顔が青ざめていく。


「す、すみません! 先ほどはオリジン様に失礼を……」


「いえいえむしろもっとやっていただいてもゲホゲホ、それよりもミユ様はしばらく神殿に来られないと聞いてましたが……」


「王都の近くの村に、えーと……国境付近に移動できる魔法陣が出来たんです。エルフの国の花を持ってくるという依頼を受ければ使えるようなので、そのまま依頼を受けて神殿の部屋に直接飛んできちゃって……すみません!」


「なるほど。それで最近花の売れ行きが多いのですね。皆さん切り花ではなく根ごと買われるので王都に持っていくのは分かっていたのですが、こちらに来る頻度が高いので不思議に思っていたんです。神が関与してますか?」


「そうみたいです」


 この世界にいるNPCは皆運営を神と認識している。そのためシステムなどで世界に変更があった時、神の力が行使されたということになる。


「それなら、まったく来れないわけではないですね。オリジン様もお喜びになるでしょう」


「お、およろこび……」


 ポッと顔を赤くしたミユの愛らしさに、プラノは彼女をオリジンの伴侶として迎え入れるのは思ったよりも早くなりそうだと喜ぶのだった。







 オリジンを祀る神殿は広い。

 この世界のものを某東にあるドーム何個分という表現をするのも微妙だが、先日行われた集まりで開放された庭園などは神殿の敷地の一部である。

 森ほど深い緑ではないものの、神殿周辺には明るい緑の絨毯が広がり花は咲き乱れている。散歩する人の休憩所として東屋のような白い石造りの建物もあり、同じく石で作られた椅子とテーブルが置かれていた。

 うっかりフンドシ一丁でミユと鉢合わせし、少し頭を冷やそうと外に出ると護衛として兵士長のルトが少し離れた場所に控えている。

 足元にシラユキをまとわりつかせながら歩いているオリジン一樹は、東屋で休もうと石の椅子に近づくと「お待ちを」とルトが声をかけてきた。


「こちら、クッションをお使いください」


「用意がいいですね」


「外で座られるのであれば、敷物もございますのでお申し付けください」


「気を使わなくてもいいのに……」


「お忙しいオリジン様ですから、たまにこちらに来られた時くらい気を使わせてください」


「ふふ、ありがとう。皆にも伝えておいてくださいね」


「はっ!」


 跪くルトに立ち上がるように言ったオリジン一樹は、早速ふかふかなクッションをたくさん置かれた椅子に座り、東屋周辺をうろうろしているシラユキを膝の上に呼ぶ。


「キュン!」


「さて、シラユキが出来ることは……」


 ジッと目を凝らしても何も出ない。どんなスキルがあるのかなどの情報はなく、ただシラユキという精霊獣であるという表示しかされていない。


「うーん、クレナイみたいに影には入れないのは予想つくけど、スキルが表示されないのは?」


「キュン?」


 一樹が首を傾げると、シラユキも釣られたようにコテリと首を傾げる。その二人をつぶさに見ていたルトは、その愛らしさに思わず赤面してしまう。

 エルフの神であるオリジンは、気さくな好青年に見える。そしてその神々しい容姿を自覚しているのかいないのか、幼子のような表情を見せる時がある。その時に湧き上がるものが「萌え」という感情であるというのを、渡り人から教わったエルフたち。己の信仰する神に対してどうなのかと思わなくもないが、幸いにもオリジンはこの事を知らない。

 ルトは網膜にシラユキと戯れるエルフの神をしっかりと焼き付け、後でエルフ兵士たちにも教えてやろうと心を浮き立たせていた。


「ルト、少し聞きたいのですが」


「はっ! 何でしょうオリジン様!」


「私の不在の時にシラユキは姿を見せますか?」


「ええ、たまに庭に出てらっしゃる時が……」


「何をしてます?」


「風の下級精霊と遊んだり、兵士や神官から菓子をもらったり、あとは寝てますね」


「そう、ですか……」


 当初、何かあるのではと側に置いていたが、まさか愛玩されるのみの存在なのかとシラユキをジッと見る一樹。そんな彼の心中を察したのかは分からないが、真っ白なモフモフわんこは「キュン!」とひと声鳴いて愛するご主人の頬を舐める。


(まぁ、いいか。可愛いし)


 チョロいオリジン一樹であった。

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