36、上司への定期連絡と、油断したエルフの神


 定期連絡と新規で管理することになった王都の報告を終えると、上司の相良はタイトスカートからすらりと伸びる足を組み替えてみせる。

 それに反応のない一樹を見て、残念そうに唇を尖らせてみせた。


「アイパッチだとアレが使えなくてガッカリだったわ」


「アレってなんですか?」


「ほら、膝に矢を受けてーってやつ」


「それって何人かのプレイヤーにも言われたんですけど、元ネタあるんですか?」


「知らないの? まったく森野君は物知らずね」


「はぁ……」


 どうやら海外RPGが元ネタらしいが、その手の類に弱い一樹は首を傾げる。


「それにしても、初日にギルマス補佐の親密度を上げまくるなんて、なかなかやるじゃない」


「書類片付けただけなんですけど」


「それが親密度を上げることになるって、まぁ彼女らしいけどね」


「知り合いみたいに言いますね」


「ふふ、そうね」


 相良はパソコンの画面に向き合うとログを流して見ていく。一樹も後ろから覗き込んで見るが、プログラミング用語らしき記号やアルファベットが混ざっているため理解は出来ない。


「NPCになってる時はバグがすぐに分かるんですけどね」


「慣れよ、慣れ。すぐ分かるようなシステムにしてるけど、たまにこうやって見るとおかしなところとか見つけるのよ」


「優秀ですね」


「まぁね」


 ひとしきり確認すると、問題なしということで一樹の業務は終了となる。ここから彼は食事と睡眠をとって明日に備えるのだが、作業部屋を出ようとすると相良もついて来る。


「何ですか?」


「たまには一緒にご飯でも食べようかと」


「んー、じゃあホテルのほうに行きます?」


「いいわね」


 社員食堂でも良かったが、併設されている宿泊用のホテルでも飲食は可能だ。社員カードで決済できるが、社食とは違い多少金がかかる。

 酒類が無料サービスなのは嬉しいが、飲みすぎると支障をきたす業務が多い『CLAUS』の社員は基本的にあまり酒を飲まない。それを加味してのサービスだと思われる。


「いつもお世話になってるんで奢りますよ」


「えー、いいわよ」


「給料めっちゃ貯まってますし……」


「それはこっちも一緒よ……誘ったのはこっちだから奢られてちょうだい」


 忙しいため残業も多く、ほとんど会社にいれば事足りる生活を送っている二人。恋人もいない。趣味をやる暇もない。ただ財布は常に満たされていく。

 アルバイト時代は常にカツカツの生活を送っていたが、職場の人と飲んだり女性と遊ぶ機会も多かった一樹。金に困っていないが人との関わりが少なくなった現状に「ままならないものだ」と遠い目をしながら、相良とホテルの最上階へと向かう。


 洗練されたウェイターに案内されたのは、夜景を一望できる窓際の席だった。


「ああ、夜だったんですね。そういえば」


「この仕事してると、昼夜関係なくなるわよね」


「俺はVRマシンで体調管理されてますからある程度は大丈夫ですけど、相良さんもたまには入ったほうがいいですよ」


「気が向いたらね」


 あの謎の蛍光ピンク液は、使用者の体の不調を整える役割も担っている。運営NPCでなくても、空いているマシンの使用は可能だ。他の支社との会議などにも使われるのだが、相良の業務内容ではマシンを使う機会がほとんどない。ミユが襲われた一件以来、相良はマシンを使用していないと思われる。


「何を飲みます?」


「ビールかな。こういう所のビールってめちゃくちゃ美味しくない?」


「あー、分かります。じゃあ俺も」


 しばらく出された生ビールを楽しむ二人だったが、相良がふと真面目な顔になって口を開く。


「住んでるところ、解約させちゃってゴメンね」


「別にいいですよ。学生の頃から住んでいるボロアパートだったんで、そろそろ引っ越さないとなぁって思ってましたから」


 あまり家に物を置かない性質の一樹は、会社で用意された宿泊施設に住むことにした。交代で運営NPCが見回っているとはいえ、ミユの一件は一樹が専属で見守りたかったのだ。


「早く落ち着くといいんだけど……それでもあるスジからの情報では、彼女がゲームを始めた理由が関係しているのかもしれないわね」


「人探し、ですか?」


「探して欲しくない人がいるとか……うーん、普通の家庭に育ってる普通の子だから何もないという先入観は捨てたほうが良さそうね」


 頼んだコース料理の前菜が置かれ、出されたグラスビールを手に取った相良は持ち上げて微笑む。


「では、無事『CLAUS』の社畜になった森野君の前途を祝して」


「……社畜の上司の健康を祈願して」


 乾杯と言った二人は、それ以降飲むことはなく料理のみを楽しんで解散となるのだった。







 真っ白な子犬のシラユキが懸命に頬を舐めてくるのを、起き上がってよしよしと撫でてやる一樹。

 オリジンモードでは、相変わらずのログイン時の全裸状態に慣れているのが少し怖い。しばらくシラユキのモフモフを堪能していたが、調べようとしてたことを思い出した一樹は、さっそく白い毛玉に話しかける。


「シラユキ、影に入ることはできる?」


「キューン」


 悲しげに首を横に振るシラユキを見ると、目の前に薄いガラスのようなウィンドウ画面が開く。


【シラユキ(精霊獣)属性:風、光】


 一樹はシラユキのステータスが以前と違うことに気づく。どういうことだと、試しにもう一度しっかりとシラユキを見る。


【シラユキ(精霊獣)状態:上機嫌】


「どういうことだ? ランダムでステータスが変わるとか?」


 今度はシラユキの好きなものは何だろうと考えながら見てみる。


【シラユキ(精霊獣)好きなもの:ご主人様、下級精霊と遊ぶこと】


 運営の権限なのか、どうやら一樹が知りたいと思ったことが見えるようだ。運営チートとはこのことだろうか……いまいち良いのかが分からない彼は、せっかくだから神殿のエルフたちに挨拶してくるかと立ち上がりクローゼットから下着(フンドシ)を取り出し身に付ける。


「え!? きゃぁ!?」


「!?」


 女性の悲鳴と共に、慌ててドアを閉めた音が広い部屋に響く。

 オリジンの神殿に女性はいない。唯一の例外は……と、一樹はどこか他人の事のように考えながら貫頭衣を羽織る。


「プラノ」


「はい。オリジン様」


「あとは頼みます。少し外に出ます」


「かしこまりました」


 唯一の救いは、全裸ではなくフンドシ一丁だったところだろう。一樹に抱き上げられたシラユキは、慰めるように彼の手を優しく舐めるのだった。



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