38、どうにもならない二つ名(赤毛のギルドマスター)


 結局ミユに会う勇気はなく、そのままオリジンをログアウトした一樹は頭を冷やすためにホテルのスパに行く。軽く食事をした後、再び王都のギルドマスターとしてログインすることにした。

 王都近くとエルフの国に入る砦の手前に設置された魔法陣を、ギルマスとして確認しにいくのはいささか苦しい言い訳かもしれない。それでも一樹は、オリジンではできなかった「外の探索」をしようと思った。


「そうですね。ギルド職員が直接確認する必要があります」


「だろ? それなら俺が行こうかと思ってな」


「ですがギルマスが出る必要はないかと」


「だよなー。そこをなんとかならねぇか?」


 空色の髪はきっちり一本に結われ、銀縁のメガネ越しからでも刺さるような視線を送られる。それに動揺したのを何とか抑え、飄々とした態度を貫く。

 こういう気の強い感じの女性を一樹は苦手とは思っていない。しかし素の状態であれば上手く接する自信はあるものの、NPCであるギルマスの「人を食ったような態度」をするキャラを演じるのにまだ慣れていない。


(俺の考えるギルドマスターのイメージで演じているけど、自分のキャラと離れすぎていると辛いな……)


 内心涙目の一樹は、真っ直ぐにステラを見る。これはもうとにかくお願いするしかないと思ったその時、心なしか頬を赤らめた様子のステラが小さく息を吐いた。


「分かりました。では私も付いて行きます」


「はぁっ!? いらねぇって。足手まといだ」


「これでも不測の事態になれば、ハンターとして戦えるくらいの実力はあります。王都周辺でしたら、それほど強い魔獣は現れませんし」


「でもなぁ……」


「ならば、本来の流れとして他のギルド職員に任せますが?」


「……くそっ。分かったよ」


「では、今から向かいますか?」


「おう。行けねぇなら置いてくぞ」


「行けますよ。不測の事態でも動けるようにしているのですから。受付に置いてある荷物を持って行くので、出口で落ち合いましょう」


 そう言ってキビキビとした動きでステラが部屋を出て行くと、ギルマス一樹はやれやれと肩を落とす。


「えーと、武器はこの置いてあるやつでいいんだよな」


 どこか自信なさげに、執務室の壁にかかっている銀色の武器らしきものを手に取る。


「どう見ても、これってショットガンに見えるんだよな……本当に見かけだけ」


 どうやら魔力を込めて魔法を発射できる武器のようだ。強く振ると槍のようになる。なんというか、誰かのロマン武器のようだ。ギルマスの設定をした担当の趣味なのかもしれない。


「防具は……置いてないから、もう着ているってことか。軽装で王都の外に出るとか、なんか悪目立ちしそうだな」


 ステラの戦闘能力は心配ないだろう。それよりも運営NPCである一樹はともかく、ごく普通のNPCである彼女に何かあれば大変なことになる。


「クレナイ」


「ガウ!」


 一樹の影から出てきた赤毛の狼は、ひと声吠えると彼の足に擦り寄る。


「出てきて早々だけど、ステラを守ってやって」


「グゥゥ……」


 不満げに唸るクレナイを優しく撫でてやりながら、一樹は申し訳なさそうに謝る。


「ごめんな。俺はいいけどステラは生き返れないからさ」


「ガウゥ」


 しょうがないといった風にクレナイは鼻から「むふーっ」と息を吐く。尻尾がゆるく振られているので納得はしているようだ。

 ひと撫でしてからギルドの入り口に向かうと、すっかり旅する冒険者といった服装になったステラがいる。


「その格好で良いのですか? ギルマス」


「おう。俺のことは気にすんな。自分の身をしっかり守れよ」


「分かっています。『真紅の殲滅者』の名を持つ貴方を守るなんて、おこがましいことを誰も考えませんよ」


 何その恥ずかしい二つ名!! と、一樹は色々出そうになるのを咳払いで誤魔化す。不思議そうに見上げてくる、クレナイのつぶらな瞳がチクチクと一樹の心に刺さる。


「昔のことだ」


 ぶっきらぼうに言い捨て外に出た赤毛のギルドマスターの一行は、王都周辺の監査に乗り出すのだった。







 王都近くにある移動の魔法陣は、道をそれた林の中にあった。そこに何があるのかプレイヤーが分かるように立て看板があり、「エルフの国、砦近く行き。関係者以外立ち入り禁止」と書いてある。

 関係者というのは、エルフの国が絡むギルドの依頼を受けた者が魔法陣を利用できるという意味である。

 ミユは花を運ぶ仕事を選んでいたが、他にも生産職のプレイヤーなどはエルフの国産の薬を作って運んだり、エルフの国で発生する魔獣の素材を取ってきたりと数パターンの魔法陣使用可能の依頼がある。


「うーん、ミユが来るのを待ってないで、私も何か依頼を受けていれば良かったかなぁ」


 アイリはこの移動の魔法陣を見つけるやいなや、即依頼を受けてエルフの国に飛んで行った。精霊魔法がどうとか言っていたが、オリジンに会いたいという気持ちで動いているのは確実だろう。


「恋する乙女は強いってね」


 恋はともかく、乙女であろうアイリはその美しいプロポーションを惜しげもなくさらした「ビキニアーマーもどき」の皮鎧を身につけている。

 アイドルのような整った顔をしているアイリを見て、頬を染めるプレイヤーは多くいる。彼女の気にしている体の凹凸も、その美しいスタイルから残念とは誰も思わない。しかし彼女の悩みは「持つ者、持たざる者」という、女性にとって永遠のテーマであるのだ。男性は触れてはいけない神聖なテーマでもある。

 多くの視線をものともせず、アイリは待ち合わせ場所である王都手前で仁王立ちしていると、アイリは空気が震えたように感じて空を身あげる。

 同じく何か感じたのか、移動の魔法陣から出てきた数人のプレイヤーも同じく空を見上げる。

 

 その数秒後。

 突如、林の向こうから轟音が響き渡り、アイリの目の前を赤い影と空色の影が横切っていった。


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