32、落ち込みと盛り上がり(運営、オリジン)

 ミユは困惑していた。

 肩で切りそろえた金髪を振り乱した美少年エルフは「そんな……」と絶望の表情を浮かべており、すらりと背の高い美青年エルフはがくりと膝をついている。


「あの、プラノさんにルトさん。一体どうしたんですか?」


「ミユ様が……神殿を出る……?」


「我らの神に何かご不満が……?」


「お二人とも、落ち着いてくださいー」


 エルフの国のイベント『強き魔獣』の討伐が完了し、精霊魔法の基礎を習得したミユはそろそろ他のエリアへの移動を考えていた。オリジンである一樹は彼女の「会いたい人がいる」という目的を知っているし、そもそもプレイヤーである限り神殿に永住するというのは考えられないことであった。

 しかしプラノとルトにとっては違ったようだ。


「オリジン様にとってミユ様は大事な方では……これはいけない。プラノ、自分は少し出てくる」


「分かりました。私はミユ様と話をしています。……おいたわしやオリジン様……側で守りたいと女性であるミユ様を神殿にまで入れてらしたのに……」


「女性? ここって女子禁制だったんですか?」


 大事な方云々という部分よりも、ミユが反応したのはまったく別のことであった。

 確かに神殿には男性のエルフしか見ていなかったが、特に何も言われなかったミユは女性が少ないだけだと思い込んでいた。神殿内のエルフたちがおとなしかったのは、プラノやルトによって『オリジンの伴侶』として伝わっていたためである。もちろんそのことは一樹も知らない。


「渡り人についてはそこまで厳しくはありませんが、女性である限りあまり喜ばれません」


 プラノはその美しい顔をしかめさせる。


「ここはエルフの神『オリジン・エルフ』を祀る神殿。オリジン様は男神であるため女性の出入りは禁止となっています。不用意に女性がオリジン様に近づかれる場合がありますので……」


 プラノの説明にミユは納得すると同時に、疑問も感じていた。確かに彼はとても魅力的ではある。だからといって、神であるオリジンに近づく不敬な者がいるのだろうか。

 そんなミユの心を読んだかのように、プラノは続ける。


「ミユ様、神といってもオリジン様には肉体があります」


「肉体……この世界の神様は肉体を持たないのですか?」


「そうです。渡り人の神については存じませんが、多くの神は肉体を持ちません。そして、肉体を持つ神は子を成せるのです」


「こ……子供!? そ、そうだよね、このゲームは結婚とかあるってアイリも言ってた」


「神の血をひく子を求める女性は多くいます。だからここは男のエルフしかいないのですよ。ミユ様はオリジン様の伴……願いもあったので、特例として神殿に滞在が許されているのです」







 鬱蒼と草木が生い茂る森の中、風のざわめきが止むと共に聞こえてくるのは「カツン、カツン」と響く靴音。

 その異様な雰囲気に男達は周りを見て確認するが、聞こえてくるのは足音のみで森の様子は変わらない。

 いや、それは本当に足音なのだろうか。

 森の中、土であり植物の葉や小枝があるだけで、ここはアスファルトではない。ましてや革靴で音を鳴らして歩くなど出来るわけがない。


「だ、誰だ!!」


 男の一人が思わず声を上げる。ほかの男達は声を上げた一人を注意しようとしたが、その前に横殴りの風に吹っ飛ばされる。


「うわぁ!?」

「なんだこれ!!」

「ひぃぇっ!?」


 飛ばされたと同時に、その中の一人が落とした小瓶が転がっていく。紫色の謎の液体の入った小瓶は勢いよく転がり、綺麗に磨き上げられた革靴のつま先に当たって止まる。


「これかぁ、バグの原因は」


 どこか楽しげにその小瓶を拾い上げたのは、黒いスーツに黒いネクタイの若い男だ。黒髪を無造作にかき上げて瓶を覗き込む男の顔は、サイバーサングラスに半分隠されている。それでも口元で整った顔であることが伺える。


「あー、君たち、これは警告とかそういうのをすっ飛ばして、即アカウント削除することになるのでよろしくー」


「ちょ、ちょっと待てよ! ここにいるだけで何もしてねーだろ!」


「はいはい、この液体持ってる時点でダメなんだよー。こんなバグ呼んじゃうようなアイテムどこで仕入れたのかなー」


「ふざけんな!! お前何様だよ!!」


「何様って、神様だよ。運営は神様って言うでしょ?」


 どこか楽しげに、しかしどこか冷たい声を発する黒いスーツを着た男は、言わずもがな運営として仕事をする時の『黒スーツモード』森野一樹である。

 一樹はニヤリと笑ったその口元をそのままに、謎の液体の入った小瓶を放り投げるとそれは虚空に消える。証拠であるアイテムを上司の相良に転送させただけなのだが、大げさなくらいに驚く男達。

 一樹は軽く手を叩くと、男達の足元が泥化していき土の中にゆっくりと飲み込まれていく。


「な、なんだこれ!」

「おい……ログアウト、ログアウトができねぇ!?」

「苦しい……うぐぅ……」


 恐怖心を煽るように一樹は馬鹿どもをゆっくりと沈めていく。奴らの全てが沈んで元の状態に地面が戻ったその時、誰かが近くにいるのがウィンドウに表示された。


「この表示は……」


「オリジン様! どこにおられますか!」


 どうやら一樹が森の中に入った時にオリジンの姿だったため、見かけたエルフ兵長のルトが追ってきたらしい。一瞬の内に黒づくめの運営の姿から、真っ白な貫頭衣を身に纏った銀髪のエルフの姿に変わる。

 そして何事もなかったかのようにルトを出迎える。森の中で不自然ではないだろうかと不安になりつつも、一樹はオリジンを演じることにした。


「ルト、どうしましたか?」


「大変ですオリジン様! ミユ様が……」


「ミユさん? ミユさんに何か!?」


 慌てるオリジンの一樹に、なぜかルトは安心したような笑顔をみせて首を振る。


「いえ、ミユ様に何かあったわけでは……あの、神殿を出ると言われて」


「神殿を? エルフの国を出るということですか?」


「そうです。いかがしましょう」


「いかがって……ミユさんは渡り人ですから、定住することはないと思ってましたよ」


「そんな……」


「ですが、いつでも連絡がとれるように腕輪を渡そうと思っています。呼びかければ対応できるようにしたくて……」


「なんと!! 腕輪を!! それは素晴らしいです!!」


 プラノにも知らせねばと言って、やけに興奮しているルトに首を傾げるオリジンの一樹。エルフの伝統として、恋人に腕輪を送るというのはプロポーズということになるのだ。

 もちろん一樹もミユもこの事は知らない。二人の知らない所で再びエルフたちは盛り上がっていくのだった。



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