99、巫女と探しもの(旅の薬師)



「俺、まだ会社をクビになりたくないんだけど……」


「なんでクビになるの?」


 可愛らしく小首をかしげる彼女の姿に、薬師の一樹はガックリとうなだれる。


「このキャラクターが運営NPCだってことは秘匿しなきゃダメなんだよ……」


「別に、黙っていればいいだけじゃない? 家にあるポスターのキャラクターもいっくんだって知ってるし」


「そりゃそうだけどさ……」


「お父さん言ってなかった? いっくんの会社に知り合いがいるって」


「そういえばここで会った時、そんなこと言ってたような……」


「もう、ぼーっとしてるんだから。お父さんの言ってたその人、元はお母さんの知り合いなの。だから多少の融通は利くわよ」


 そんな簡単なものでもないだろうとは思うが、以前一樹が妹のアイリにバレたかもと相良に報告したところ「家族ならまぁいいけど」と言われたことを思い出す。

 家族なら一樹が不利になるようなことをしないだろうし、要は他のプレイヤーに広まらなければいいのだ。


「これ以上、身バレはしないようにしないと……」


「いっくん、リアルそのままの体形だからすぐ分かっちゃったわよ。……と思ったけど、なんか筋肉増えたみたいね?」


「ぐっ……!!」


 母親の指摘にショックを受ける一樹は、絶対にゴリマッチョにならないようにしようと身バレの件よりも強く決意する。目指せ細マッチョである。


 母親はリアルで見るよりも若く見えた。キャラクター作成時に年齢設定を若くしたのだろうと予想する。

 運営権限でステータスの確認をする一樹は、表示されたレベルの数字に驚く。


「こんなレベルでここまで来たの!? ここら辺の魔獣から攻撃一発くらったら戦闘不能になる体力しかないし……よほど運がよかったのかなんなのか。職業は『巫女』? 初めて見るなぁ」


「ちょっと、女性の中身を見るなんてデリカシーないんじゃない?」


「レベルと職業くらいしか見ていないよ」


 変わった職業やスキルが出るプレイヤーは、リアルでの経験などが反映されている場合が多い。アイリの双剣もリアルで武道を嗜んでいるからこそ出てきたのだろう。

 ここで一樹は疑問をおぼえる。


「リアルで何をやったら巫女なんかが出るんだ?」


「ふふ、乙女には秘密がいっぱいなのよ」


「はいはい。それで? なんで俺になんの用なの?」


 乙女の部分にあえて触れずに返す一樹を不満げに見たものの、彼女は素直に答える。


「……巫女だから、カミオロシに来たのよ」


「はぁ?」


「はいはい、とにかく見てて。お母さん夕飯の買い物に行かないといけないんだから」


 今日は唐揚げなのよと言いながらたゆんと胸を揺らして二拝二拍手一拝すると、幾何学模様の魔法陣が彼女の足元から広がっていく。それはあの日、『渡りの神』と名乗る声が聞こえた時のものに似ていた。

 すると、リスザルのような生き物が魔法陣から飛び出してくる。しかしその姿は半透明で、たまにザザッと音がすると姿が歪み消えそうになったりしている。


「コウシン、聞こえる?」


『……探し……いる……』


「ああ、もう! 接続が悪いなぁ!」


 そう言いながら魔法陣の描かれている地面を叩く母の姿に、昔の電化製品かよと心の中でツッコミを入れる薬師の一樹は自身も地面に手を置いてみる。

 すると弱々しかった魔法陣の光が強くなり、リスザルの話す言葉に入るノイズが少しクリアになる。


『何を探す? 探しているんでしょ?』


「ほらいっくん、何を探しているの?」


「へ? いや、あの、土の精霊王のいる場所なんだけど……」


 急に振られても困るし言っても分からないだろうと思う一樹だが、素直にそのまま返すとリスザルがピョンと飛び上がり空中で一回転した。

 ふわりと黄色の光が広がり、それが一気に砂漠へ向けて飛んでいく。


「ほら! いっくん追いかけて!」


「わ、わかった! ありがとう!」


 せかす声に一樹は反応し、すぐさま追いかけることにする。母親には後でお礼のメールでも入れておこう。

 黄色の光は飛行機雲のように空を走っているが、徐々に薄くなっているようだ。


「ハリズリ! 先に行けるか!」


「ワゥン!」


 山道を全力疾走するのは難しく、一樹は側にぴったりついて走るハリズリを頼ることにする。土の精霊とも親和性の高いハリズリなら、目印さえあればすぐ見つけられるだろう。


「この姿だとっ、風を呼びづらいなっ。人目があったらアウトだしっ」


 大急ぎで山道を下るのはなかなか怖い。うっかり崖から落ちないよう気をつけながら、一樹は走るのだった。







 魔法陣の光が消え、リスザルのような生き物の姿も消えてしまう。

 たゆんと胸を揺らして息を吐いた彼女は、ログアウトしようとウィンドウを開こうとした瞬間、あたたかな気配と嗅ぎ慣れた匂いに包まれた。知らず笑みを浮かべた彼女はゆっくりと後ろを振り返る。


「あら、心配してくれたの?」


「当たり前だろう」


 金髪の美丈夫が不機嫌そうに言い放つと、背の低い彼女をギュッと抱きしめる。


「うぐ……苦しい……」


「我慢しろ」


「あ、でもいい感じに大胸筋に顔が挟まれて……デュフフ……」


 ニヤけ顔の彼女も可愛いと美丈夫は鼻を押さえる。ゲームでも流血騒ぎはあるらしいから、鼻血も例外ではないだろう。


「今日の夕飯は何だ?」


「唐揚げだよー」


「はぁ、早く帰りたい」


 首元に顔を擦り寄せる美丈夫の頭を、よしよしと彼女は優しく撫でてやる。さながら猛獣を手なずける乙女?のような図であった。


「お仕事、お疲れ様」


「おう。もうちょい頑張ってくる」


 そう言って消えた美丈夫を追うように、彼女も「からから唐揚げうまうまうましー」という自作の歌を歌いながらログアウトをする。

 誰もいなくなったこの場所に緑の香りがする風がふく。

 地面に残っていた魔法陣の跡は、いつの間にか消えていた。



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