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第106話:昼飯を食べに行ったら……

 週明けの月曜日。

 朝から女史は元気いっぱいだった。

 どうやら帰宅した日曜日の夜の内に、各部署の関係者宛にメールを打ってミーティングの時間をひねりだしてもらっていたらしい。

 もちろん、オレもそのミーティングに連れ回されまくった。

 基本、資料配り的な補佐的立場だったけど、午前中だけでミーティングを5つもつきあわされるとさすがに精神的に疲れた。


「お疲れ様。午後からもよろしくね」


 でも、女史はまだまだ元気である。

 たぶん、オレと同じ「異世界転移シフトチェンジハイ」とでも名付ける現象だろう。

 戻ってきたばかりは頭痛などがするが、しばらくすると頭が異様にスッキリしていて集中力も増し、脳みそも肉体もフル可動する感覚である。

 まあ、普段から女史は凄い人なので、オレのように違和感を周りに与えていないようだ。

 それにミーティングにも慣れているので、疲労感もオレとはまったく違うのだろう。


(つーか、マジにオレとは違うわ……)


 女史から解放されて食堂に向かいながら、オレは改めて思う。

 手回しの良さ、仕事の早さ、そしてその内容の濃さなど、ただの秘書とはやはり思えない。

 しばらく営業部門にいたという話だが、年齢から考えればそこまで経験は積んでいないはずである。

 やはりもともとの優秀さが違うのだろう。

 今日一日で、よりいっそう自分との違いを見せつけられた気分だ。


(つーか、そんな女史がたぶんオレのことを好き……ってマジかよ……)


 いやいや、もしかしたら大いなる勘違いなのかもしれない。

 そう思った方がしっくりいく。

 いや、だが、しかし……と、オレは異世界から戻ってきてずっと混乱しまくっている。

 いくら頭が明晰になっても、オレごときの脳では限界がしれている。

 答えがでないものはでないのだ。


 しかも、女史は朝から仕事の話しか言わず、あの時の様子などおくびにもださない。

 よけいにあの時の会話は勘違いどころか、夢か幻だったのではないかと思ってしまう。


「よう、大前。遅かったな」


 食堂に着くと、いつもの席に山崎とミヤが待っていた。

 いつもはオレが先につくのだが、今日は女史に引っ張り回されていたので少し遅くなったのだ。

 オレはその様子に妙に落ちつく。

 やっと日常に帰って気がした。


「先に食っていたぞ」


「おう……」


 確かにもう弁当は半分ぐらいなくなっている。

 ちなみに今日の山崎の弁当は、シンプルなのり弁のようだ。

 一方で、ミヤが作ってきてくれた弁当は――


「ところで大前!」


 ――と確認しようとした途端、山崎が立ちあがって素早く走りよってきた。

 そして、ガッシリとオレの肩に腕を載せる。

 肩を組むというより、これはロックだ。

 逃がさないという意思表示だ。

 なんだこれはと身構えると、奴はオレの耳元で小声で告げてきた。


「お前……なんで十文字さんと2人で仕事を担当するなんて羨ましいことになっているのかな? ん?」


 その声は、かなり低くなり少し震えている。

 ああ、これはマジに怖い。

 顔はにこやかだが、心は完全にお怒りモードだ。

 男のヤキモチはみっともないぞ。


「そ、それはオレだってわかんねーよ」


 だが、そんなことは言えないので適当にごまかす。

 ミヤとの関係だけでも周りからやっかまれているというのに、これで女史との事が下手にバレれば大炎上待ったなしだ。


「ほら。その場にたまたま、暇そーなオレがいたから、巻きこまれたみたいな?」


 細かく説明をするのも大変なのでごまかしてみる。


「つーか、オレがそれ以外の理由で選ばれるわけねーじゃんかよ」


 どうせオレなんてと、そして自虐的に攻める。


「……ま、だよな……」


 これは説得力があったらしい。

 でもな、そんな簡単に納得するなよ、山崎。

 つーか、こっちも納得してもらわないと困るんだけど。


「でもさ、それなら俺が変わってやるよ。大前はやりたくないんだろう?」


「そんなこと、下っ端のオレに言われても知らん。つーか、決めた十文字さんや喜多専務に言えよ」


「うーん、そうだなぁ。言ってみるか。……ところで大前。まさか十文字さんと二人っきりなのをいいことに粉かけたりしていないだろうな?」


「な、なにを言って……ああ、もう! いい加減、飯を食わせてくれよ」


 酒も呑んでいないのに、山崎のからみ方はまるで酔っぱらいのようだ。

 しかたなくオレは山崎の腕をはずしながら助けを求める。


「つーか、ミヤ。今日の弁当はなに……ミヤ?」


 おかしい。

 ミヤがこちらをまったく見ずに、お弁当を黙々と食べている。

 最近は、すぐに声をかけてきては、人目を気にしないようなスキンシップをとってきた彼女がである。

 しかも、いつも笑顔がチャームポイントのミヤなのに、今日は目の端がつりあがり気味で不機嫌を絵に描いたような顔をしているじゃないか。

 今までこんなに不機嫌な顔、見たことがない。

 つーか、彼女の横にはすでに空になった弁当箱が1つ置いてある。

 つまり、今食べているのは2つ目……つまりオレの分か?


(……あれ? もしかして……ヤバい?)


 嫌な予感がする。

 予感どころか悪寒がする。

 これ、絶対にヤバいパターンですよね、うん。

 オレ、こういう自分に向けられている負の感情にはわりと敏感なんですよ、うん。


「あ、あのぉ~……ミヤさん……」


「――んっ!?」


「――ヒィーッ!」


 ギロッとこちらを剥いた目が目が光った……気がした。

 そして、そこから何か飛びだしてオレの心臓を貫いていった……気がした。

 これ、異世界でハッタリかましてやった、あの魔術師よりもすごい殺意じゃないですか。

 山崎が横で「お前、何やったんだ?」と小声で聞いてくるが、答えることなどできるわけがない。


 なにしろオレが思い当たる原因は、ただ一つだ。

 たぶんこれは、女史との現地調査デートがバレている。


「大前さん……」


「――はひぃっ!」


 怖い。

 なんでミヤは、山崎よりもさらに低い声をだすことができているんだ。

 オレの全身が今、縮み上がったぞ。


「ミヤと大前さんの秘密の場所……なんで連れて行ったんですか……」


 あ、あれ?

 これ、完全にバレてるよね。

 なんでそんなことまでバレてるんだ。


「つ、つーか……どーしてご存じなのかしら?」


「今朝方、メールでご本人から報告……いえ、挑戦状が来ました……」


 なにしてくれてんですかね、あの人は!

 つーか、どこまで書いたのかにより、オレの運命が決まると言っても過言ではない気がする。


「い、いや、あれは事故っていうか……」


「ミヤはね、大前さん」


「はい……」


 言い訳も許してくれない雰囲気。

 横で聞いていた山崎までもその迫力で固まっている。


「複数でもいいかなと思ったのは、少なくともこっちの世界ならミヤ1人だと思ったからなんですよ!」


「は、はあ……」


「それなら、こっちなら独占できるし……ま、まあ、別にこっちの世界に複数いてもいいんですけどぉ、でも普通はそんな状態を認める女性はいないですよね」


 もちろん、ミヤの言う「複数」とは「ハーレム」のことだろう。

 ちなみにオレが行っている異世界は一夫多妻も一妻多夫もごく普通にある世界だ。

 それに対して彼女の仰るとおり、この世界では、少なくとも日本では常識的にそんなことを認める女性などそうそういるわけがない。

 ミヤは完全にレアケースだ。


「そういう普通の人は、やはり独占したがるじゃないですか。自分だけのものにしたがるじゃないですか。そうしたら……そうしたら、アズちゃんも可哀想ですよ!」


「いや、あの……頼むから落ちついてくれ、ミヤ……周りが……」


 少しずつボリュームが上がってきて、何事かと周りの視線も集まり始めている。

 そして横で聞いている山崎は意味がわからず、首を捻りまくっている状態だ。

 これ以上、秘密を話されるのもまずい。


「こっちの世界? 複数? アズちゃん? ……なあ、一体何の話を……」


「山崎さんは、ちょっと黙っててくださいっ!」


「――はいっ!」


 弱いぞ、山崎。

 つーか、今はミヤが強すぎるのか。

 周りの視線もまったく気にせず、いつの間にか彼女は立ちあがって両手を腰にあてていた。


「つーかさ……メールにはなんと書いてあったんだ?」


 オレが怖々ながらも尋ねると、苦虫を噛みつぶしたような顔でミヤが口を動かす。


「……ハーレムに……参加すると……」


「マジか……」


 もちろんオレは、あれはあの場かぎりの大人のジョークだと思っていた。

 誰が本気でそんなことを言うと思うだろうか。


「もちろん、そんなのウソに決まっているのです。あんな人気もあってエリートで将来が約束されているような人が、普通の幸せを手放すなんて!」


 まったく同意だ。


「――あら。わたしは本気なのだけど?」


 だが、横から聞こえてきたすました声が、オレとミヤの考えをさらっと否定してきたのだった。

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