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第095話:答えに気がつき……

「先ほども申し上げた通り、次の仕事はこの催し物に関係することです」


 木角の社長さんが、物静かに語る。

 この社長さん、ずば抜けて威厳を感じるのに、すごく自然体で「偉そう」という感じがまったくない。

 もしかしたらこの人、生まれた時から社長さんだったんじゃないかと思うぐらいだ。

 なにしろ、社内では落ちついてどっしりと構えたイメージのある喜多専務さえ、この人の前ではまるで新入社員に見えるぐらいである。

 喜多専務の方が20近く上だというのに。


(しかし、この銘柄当てイベント……なんか別に意味があったということか)


 オレはよくわからないが、とりあえずすっかり酔いが覚めた体を喜多専務と十文字女史の後ろに立たしていた。

 本当はもう少し呑んだり食ったりしたかったのだが、さすがにおかわりできる雰囲気ではない。

 今、もっているビールが最後の1杯。

 これを堪能したら、退散しようと思う。


「この催事から、御社が望んでいることをご提案しろと仰るのですね?」


 そんな消極的なオレに対して、ハキハキとした声で十文字女史が尋ねた。

 すると、社長さんは微笑でうなずく。


 ……つーか、なにそれ。

 なんのゲームよ?

 木角ってコングロマリットだし、この社長はあらゆることに首を突っこむことでも有名なワンマン社長だ。

 どんなジャンルの仕事なのか、まったく絞り込めないんじゃないか?

 それに、うちも木角よりはかなり小さいけどコングロマリットの形態だぞ。

 やれることは、けっこういろいろあるはずだ。

 あ、待てよ。

 喜多専務に仕事の話をするんだから、専務の管理下にあるジャンルではあるのか?

 つーか、喜多専務はなんで秘書の十文字女史を連れてきたんだろうか。

 仕事の話をするなら、各部の統括本部長とか連れてくるべきだったんじゃないか?

 もしかして、今日は謝罪だけの予定だった?

 それなら、わかる。

 おっさんばかりの統括本部長のつらをならべるよりも、十文字女史の美顔ひとつの方が何十倍も効果がある。


「チャンスを頂き、誠にありがとうございます」


 喜多専務がまた頭を深々とさげた。

 チャンス……つまり、あれか。

 名誉挽回のチャンスということか。


(うわぁ~……なんかヤベェ~シチュエーションに立ち会っている気がするぞ、おい……)


 これはオレの手に余ること確定の案件だ。

 もう、絶対まちがいなし。


「私も今日は、少し味見をしようと思っていたんですよ」


 そう言うと、社長さんが率先してビールを配っている所に向かっていく。

 あわてて追う2人。

 オレは帰ろうかと思ったけど、とりあえず2人の後ろに邪魔にならないようついていくことにする。

 一緒に行けば……おかわりをもらっても不自然じゃないじゃん?

 その狙いはドンピシャで、美人のお姉さんが社長さんにビールを手渡すついでに、オレにも渡してくれる。


「これはこれは社長。いつもお世話になっております」


 だが、社長さんはなかなかゆっくりと味わえない。

 ペコペコと頭をさげられたり、挨拶を次から次へとされたりと大変である。

 中には、そのまま商談を行うグループの人たちもいた。


「もしや、観光資源として、新しいビールのブランド開拓をお考えでは?」


 かけられた質問――つーか、これは回答だな――に、社長さんはニッコリと微笑だけ返す。

 当たっている、当たっていないは答えない。

 けど、当たりなら、もっと反応するだろう。

 つまり、ハズレ。

 敗北したチームは、ガクッと肩を落として出直しのようである。


 その間も、うちの専務・秘書チームは、一緒に催事場をまわってビールを呑んでいる。

 十文字女史は、「ワインと日本酒は好きだけど、ビールは呑まない」と言っていたよなぁ……けど、しっかりと呑んでいらっしゃる。

 仕事だからなのか、呑めるけど進んで呑まないということだったのか。

 ともかく、2人とも真剣そのものでビールを呑んで確認している。


(うーん……やっぱり、オレにできることはねーよな。帰るか……)


 オレは挨拶してから去ろうと、斜め横を見た。

 すると、ちょうどその時だった。

 木角の社長さんが、ビールを呑んでから、ふっと笑みをこぼす。

 あれは、「うまい」という顔だ。

 うんうん。わかるわかる。

 つーか、大会社の社長さんだって、高いワインやブランデーばかり好きってわけじゃねーよなぁ。


(同じ人間だものなぁ。うまいビールを呑んだら……あっ……)


 ふと気がつき、オレは社長さんが呑んでいるビールを再確認してから、離れたテーブルへ小走りする。

 そして目的のブツをゲットすると、社長さんの目の前へ。


「これ、いかがですか?」


 オレは焼きたての餃子が2つだけならんだ紙皿を渡す。

 一瞬、社長さんは目を見開くが、その後はさっきの微笑を見せて礼を言ってくれた。

 次のビールに移動する。

 今度は、山賊焼を社長さんに渡す。

 社長さんは、また少しだけ驚いた顔をするが、嬉しそうに受けとってくれた。

 やっぱ、ビールにはつまみが欲しくなるものだ。


「こら、大前君……」


 小声で喜多専務がオレの服を引っぱる。

 その顔には、やはりいつもの堂々とした感じはなく、狼狽しているようすがうかがえた。


「社長さんになにを……ああ、もう! 君は帰ってい――」


「大前さん」


 その喜多専務の小言を遮ったのは、社長さんだった。

 オレは反射的に、喜多専務から目をはずして「はい?」とふりむく。


「君はビールを一通り呑んだのですか?」


「……え? あ、ああ、はい。つーか、全種類ではないですけど、各1ぐらいは……」


「ふむ……そうですか」


「…………」


 どこか意味ありげな返事。

 だけど、きっと意味なんてないはずだ。

 ここでオレは部外者みたいなもんだし、オレがどのぐらいビールを呑もうが……あ……もしかして、商談相手の所に来て、ただただビールを呑みまくって全種類制覇とかしている取引先の社員とかって、たとえ業務中じゃなくても……イメージ悪すぎか?

 つまり「なんだ、こいつは」と思われた?


(……それはヤバい)


 ヤバすぎる。

 あまりのヤバさに、心臓が早鐘を打つ。

 つーか、他人事じゃないかもしれないな、これ。

 オレ自身も名誉挽回しないとダメかもしれん。


(と、言ってもよぉ、なにも思いつかないけどな……)


 オレは横目で喜多専務をうかがう。

 すると彼は顰めっ面を少しだけ見せてから、社長さんに「うちの社員が……」と謝罪。

 社長さんが気にしていない旨を告げると、今度は少し離れた所で、十文字女史と真剣な顔で話し合い始めた。


「観光事業であることはまちがいないのだ……」


「はい。しかし、ビールを開発するというのは違うかと」


「そうだな。木角さんがやるとは思えない。篠山君の調査は進んでいないのか?」


「はい。まだ、篠山さんから情報は来ていません」


 う~ん。難航中のようだな。

 この2人がわからないこと、オレにわかると思いますか? 思いませんよね。ええ。思いませんとも!

 うん。やっぱりオレは応援席で、ビールを呑んで心で声援を送っていよう。


「弊社の考えといたしましては――」


 しばらくすると、相談が終わったのか、喜多専務が社長さんの前に立つ。

 どうやら、とうとう答え合わせのようだ。


「――御社でショッピングモールの新規展開をお考えではないかと……」


 喜多専務の回答。

 オレにはどうしてその結論に至ったのかわからない。

 が、喜多専務は一世一代、男の大勝負と気合いの入った顔で、社長さんを見ている。

 その横では、前で重ねた手に力がこもっている十文字女史の姿。

 ついつい、オレも力が入ってしまう。

 そして待つ、判決の言葉。


「……なるほど。ショッピングモールですか」


 社長が、にこやかに語る。

 ……しかし、そこで言葉は終わり。

 笑顔だけが貼りついたように残る。


「…………」


 がっくりとあからさまに肩を落とす喜多専務。

 そしてその横で絶望にされされて、闇のカーテンで包まれてしまったような十文字女史。

 つーか、この2人のこんな顔を見るのは初めてだ。

 特に十文字女史の表情は、見ているこちらまで辛くなる。

 まるで、ずっと抜けようとしていた迷路なのに、すべて道は行き止まりだったと知らされたような失望。

 それがこちらにまで伝わってくる。


(……女史……)


 アウトドアの話をする女史は、本当に明るく楽しそうだった。

 会社でのイメージとまた違う彼女は、話しやすくて親しみやすかった。

 おかげでオレは彼女と仲良くでき、本気か冗談か「今度、車中泊に連れて行って」と言われて少し有頂天になっていたぐらいだ。

 つーか、ここだけの話、オレは女史を連れて行くならどこがいいかと、道の駅などを一生懸命調べていたのである。


(ああ……そういえば、1人では行きにくかった、ろまんちっく村に行くのもいいかもしれないなぁ)


 ふと、オレは【餃子浪漫】の方を見る。

 とたん、オレの脳裏でプラズマが走ったような感覚。


(ま、待てよ!? もしかして、仲間はずれではなくて、ということなのか?)


 そう考えた瞬間、いろいろなピースがはまっていく。

 つーか、面白い。

 冗談みたいに、ここにならんでいる物のつながりが見えてしまう。


(ふじやま、餃子浪漫…………。ああ、もしかして川口も……)


 そして、導かれる結論をオレは無意識に口にする。


「……もしかして、付近に道の駅を作りたいんっすか?」


「…………」


 その時、社長さんの顔色が確かに変わった。

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