第094話:1人でビールを楽しんでいた。
「……美味い!」
オレは適当に選んだビールを口にした。
そして、記憶をたどる。
この色合い、濃い茶色……琥珀色というより弁柄色という感じのロースト感。
どこかで味わったモルトのコク。
どこだっけか?
目を瞑ると浮かぶ景色。
ボール型の建築物……つーか、なんだっけ?
あ……レーダードーム……。
それに、この透きとおった水の味は……確か……。
「ああ。ふじやまビールか」
オレがボソッとつぶやくと、ビールを手渡してくれた30代ぐらいの女性がニコッと微笑んでから、口元に指を当てた。
オレは慌てて、小声ですみませんと謝る。
当たりだけれど、言っちゃダメ……ということか。
しかし、マニアックだな。
ふじやまビールを紹介するなら、ポピュラーで一般受けしそうなピルスナーか、女性にも呑みやすいフルーティなヴァイツェンあたりの種類を置けばいいと思う。
しかしこれは、3種類あるふじやまビールの中でも、一番
ドイツ語で「濃い」の意味らしく、コクも苦みも強い、ドイツ・ミュンヘン生まれの黒ビールの薄い系とでも言えばいいのだろうか。
オレが、【道の駅 富士吉田】で呑んだビールだ。
隣り合った、少し高くなった敷地に【富士山レーダードーム館】というのがあり、そこから富士山の雄大な景色を楽しんだ記憶がある。
ただ、オレが行ったのは初夏で、夜になると寒さがきつかったな……などという想い出も浮かぶ。
(ふじやまカレーとかも名物としてあったが、食べられなかったんだよなぁ……)
ここにも食べ物があるようだが、残念ながらさすがにカレーはなかった。
つーか、このイベントはなんか面白い。
ビールが何種類かと、おつまみ的食べ物を配っているのだが、それらの銘柄や商品名などは一切伏せてあるのだ。
そして「わかっても内緒!」ということらしい。
だからなのだろうか、参加者たちがまた面白い。
2~3人のグループで動いているようで、ビールをのみ、おつまみを食べながら、なんだかんだと相談している。
しかも、銘柄当てを楽しんでいるのかと思ったが、難しい顔でなんだかよくわからない仕事の話もしていた。
酒造がどうとか、観光がどうとか、チェーン店がどうとか……。
みんな言っていることが、いろいろありすぎてよくわからない。
(まあ、いいや……)
オレには関係ないことは確かなので、次のビールに行く。
配られているビールは、プラコップに1杯ぐらいしかない。
1杯の満足感はないが、種類は楽しめるというものだ。
オレはガンガン呑むより、そっちのが好みなので嬉しい。
次のビールは、かなり茶色い。
香りからして特徴がある甘い香り。
口にしてもやはり甘いイメージ……これはカラメル系の風味だ。
つーか、やはりこれも呑んだことがあるぞ。
(エール系のようなフルーティさはない。かといって、ラガーのような苦みも……。一般的なピルスナーよりなんか濃い色……。上面発酵でも下面発酵でも……)
瞼を閉じて記憶をたどるが、呑んだ時の景色はでてこない。
いや。でてきたな。家の中だなこれ……。
(匂いが……記憶と重なる匂いがするぞ!?)
オレは再び目を開けて横を見た。
すると、少し離れたテーブルで配られていたのは焼き餃子だ。
水が注がれ、じゅうじゅうという音を立てたところを蓋で閉じ込められる。
つーか、もうそれ、答えじゃん!
(これ、【
確か昔、友達に「面白いビールがあったから」とお土産でもらった物だ。
餃子と一緒に食べる用のビールとして、宇都宮の【ろまんちっく村】という観光地で作られた商品のはずである。
(つーか、ろまんちっく村、行ったことねーんだよなぁ……)
一応、オレの行きたい先リストには含まれている。
ただ、ちょっとファミリー向けというか、カップル向け的な雰囲気があり、ひとりで行くのには抵抗感がある場所だったため、後回しにしていたのだ。
しかし、あそこには多くのクラフトビールがあるので、いつかは行かなければなるまいと思っていた。
ちなみにオレは、特別ビールが好きというわけではない。
基本、美味い物ならなんでも好きという普通の人間だ。
ただ、
そのため、種類だけはけっこう呑んでいるのだ。
(つーか、美味いな、餃子も。夕飯、今日はこれでいいかな……)
オレは餃子も何個かもらい、次のビールに突き進む。
次のビールは、呑んだとたんにすぐにわかった。
透きとおるフルーティさは、最近の記憶だ。
その爽やかさは、高原の風。
その中で走り回る、アズとミヤ。
広がる緑の上での楽しそうな笑顔、あの幸せな時間を忘れられるはずがない。
(この濁り……川場のヴァイツェンじゃねーか!)
少し離れた所を見れば、ソーセージとハムを鉄板で焼いている。
まずまちがいなく、川場でも名物として売られていた【山賊焼】だ。
プチッという歯切れのあとに、あふれだす肉汁がたまらなくビールに合う、あれだ。
特にオレは、あのチョリソーがたまらなく気にいっていた。
さっそくオレは皿に盛ってもらう。
(ああ。また、アズにも食べさせてやりたいな……)
肉とビールの組み合わせ。
このなんと最強たるや!
つーか、ヤバい。
もうビールがなくなった。
山賊焼には川場ビールを合わせたいところだが、まだ呑んでいないビールがあった。
というわけで、オレはそのビールをもらいに行く。
(……あれ? ここだけ4種類あるぞ)
ビールの種類の写真がわざわざ用意してある。
きれいな黄褐色、もっとクリアな黄色、ブラックオニキスのような黒色、そして温かみを感じるような赤色。
この組み合わせ、すべて揃っているわけではないが、なんとなく覚えがある。
オレは、クリアな黄色のビールをもらった。
(このピルスナー……まちがいないな)
銘柄はすぐにわかった。
となれば、その他の3つは呑まなくても想像がつく。
でも、オレは不思議だった。
(なんでこれなんだ?)
他の3つのビールとは違う。
明らかにある意味で仲間はずれだ。
つーか、そもそもオレの予想がまちがっていて、先の3つが「仲間」だったのはたまたまだったのだろうか。
(まあ、オレはただで美味いビールが呑めたからなんでもいいんだけどな……)
もう1回、山賊焼をいただいて腹を膨らませよう。
そう思っていた矢先だった。
「大前君!?」
背後から、聞き覚えのある女性の声がかけられる。
つーか、聞き覚えがあるはずである。
さっきまで一緒に居たんだから。
「あれ? 十文字さん……と、喜多専務?」
それと一緒にもう1人、知らないおっさんが立っている。
おっさん……は、失礼かもしれない。
まだ40そこそこに見える。
「あ、あなた……こんなところでなにやってんの!?」
と言ったとたん、十文字女史が額を押さえる。
……あれ?
なんかもしかして、まずった?
喜多専務がメチャクチャ困った顔をしているぞ……。
「彼は、御社の社員なのですか?」
おっさんが、喜多専務に尋ねる。
その口調を聞いて、ピーンときた。
ヤバい。つーか、ヤバい。
この人、なんか威厳がある。
しかも、実はけっこうかっこういいんだ。
悔しくて、おっさんと呼んでいたけれど、イケメン俳優さんだと言われても充分通りそう。
整ったほどよい太さの眉毛、その下に横にすっと流れるような双眸、そして高い鼻と嫌味のない口元。
なんていうか、美形度でいうと、オレ様大敗って感じだ。
イケメンで威厳があり、どうみてもエリート様。
その人に喜多専務が小さくなって、恐縮しまくっている。
「は、はい。申し訳ございません。彼は運転手として……」
「それなのにビールを?」
これはヤバいと、オレは慌てて説明をする。
「あ、いや、その……車は有料駐車場側に駐めたので、明日にでも回収すればいいかなと思い、せっかくなので、ビールを楽しませていただこうか――うおっ!?」
途中で女史に腕をつかまれ、後ろへ引っぱられる。
背後で、喜多専務が何度も頭をさげている。
そして、真横にはかなり立腹と困惑が入り交じった女史の顔。
当然、オレは大混乱だ!
「あの方は、木角の社長さんよ」
女史の小声情報に、オレの心臓が大音響で跳ね上がる。
つーか、いろいろと急展開で頭がついていかなくなる。
「な、なんでそんな大企業の社長さんがこんなところに……あ、ここ木角か」
オレのバカなひとりつっこみに、女史のため息が重なる。
「これはただの試飲会じゃないの。大事な――」
「あなたは、大前さんというそうですね」
女史の言葉を遮って、木角の社長直々に声をかけられた。
気がつけば、無意識にオレの体は気をつけ状態。
「は、はい。そうっす……そうです。大前現人ともうします。よろしくお願いいたします」
思いっきり、頭をさげる。
もう一瞬で、回り始めた酔いがすっ飛んだ。
たぶん、喜多専務たちは、木角の社長と商談をしていたのだろう。
しかも、事前の雰囲気からして、かなり難しそうな商談。
そう言えば、対抗勢力から邪魔を受けて失敗した商談がどうとか言っていたが、もしかしたらそれ絡みなのかもしれない。
そこに現れた、他人の会社で酔っ払った部下。
(すげー……イメージ悪くないか、オレ……)
オレは怖くなり、頭をしばらく上げることができなかった。
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※参考
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●道の駅富士吉田
http://fujiyoshida.net/spot/180
●道の駅うつのみや ろまんちっく村
http://www.romanticmura.com/
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