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第093話:2人を送ってから……
結局、喜多専務の都合で出発が少し遅れたため、行くのは2箇所となった。
最初に行く候補地は、八王子、川越、川口。
そこにはうちの会社の支店とかがあるわけではない。
なんでそこが候補地なのかオレにはまったくわからなかったが、とりあえず時間的に川口の緑化センターとかいう場所によることになった。
オレは2人をおろしたあと、駐車場でマイ・スーパーカーである【アウトランナーPHEV・エボリューション】の中でテレビを見ながら待っていた。
実はここ、道の駅が併設されていて、川口産の安行寒桜の花、柚子の実、山椒の葉を使用したオリジナルのアイス【樹里安アイス】というのが売っているのだが、残念ながらアイスを食べたい気分ではない。
しかし、ここは道の駅としての名物ってそのぐらいしかないので、わざわざここを目指してくることはもうないかもしれない。
ならば、やはり食べておくべきかと、もやもや悩んでいる打ちに、2人が戻ってきてしまった。
しかも、非常に浮かない顔を2人そろってしている。
事情がわからないので、どうしましたとも聴くに聴けない雰囲気だ。
いったい、喜多専務はなんのためにここを見に来たのか。
思い当たるところといえば、専務の配下にあるレジャー施設開発企画部門ぐらいだが……。
「すまんが、大前君。次は、木角コーポレーションの本社に頼む」
「了解っす。……すいませんね、喜多専務。いつもの車と違って乗り心地が悪いっすよね」
後ろに専務が乗りこみ、助手席には十文字女史。
てっきり後ろに女史も乗るのかと思ったが、ごく自然に助手席に乗ってきた。
まあ、狭くはないが特別広いわけでもないからな、後部座席。
「いやいや。そんなことはない」
喜多専務が少し笑いながら答える。
「急に車をだしてくれただけでも本当に助かるよ。それに、高さがあるので乗り降りだけは気になるが、乗ってしまえばなかなか快適だ。特に静かさはすばらしい」
「ですよね! 静音性はすごいっすよ。特に今は電気で走っているんで、めちゃくちゃ静かじゃないですか?」
車を褒められ、つい嬉しくてプチ自慢。
まあ、このぐらいはいいよな。
「ああ。走っている時も本当に静かだ。普段のもハイブリッドだがね、これはまた格段と静かだよ」
「ボディの遮音性も高級車並っすからね!」
相棒が褒められ、鼻高々。
そんなオレを専務が面白そうに笑う。
「あははは。大前君は、この車を気にいっているんだね」
「ええ。もちろんっす。今のオレがいるのは、この車のおかげですからね」
そうだ。
オレはこいつで逃げて、こいつに連れて行かれ、こいつで戦って、こいつで戻ってきた。
オレの愚かさ、弱さ……そういったオレ自身のことをこいつに教わったようなものだ。
そして、これからもこいつに乗っていろいろなところに行ってみたい。
そこで別のオレを見つけてみたい。
オレの足であり、家でもある、この車で。
「そうか。ならば、最近の大前君の仕事ぶりも、この車のおかげなのかな」
「うっす。……あ、はい。そうです!」
オレの自信たっぷりな返事に、また喜多専務は笑った。
まあ、仕方ないだろう。
専務はきっと、オレの言っている意味をちゃんと理解してはいないはずだ。
せいぜい「高い車を無理して買っちゃったから、仕事をがんばらないといけないと思っている」ぐらいかもしれない。
「でも、いい車ですよね。私も欲しくなりましたよ」
十文字女史が助手席から、すごく優しい表情で笑顔を向けてくれた。
ヤバい。
その破壊力は、ダイナマイトで頭を吹っ飛ばされるぐらいの勢いだ。
会社では、いつもきついキリッとした瞳と、きゅっと締められた唇の強ばった表情なのに、今はオレの車の助手席で優しく微笑みながら、親しみのある言葉をかけてくれているのである。
少し前なら信じられないような、夢見るシチュエーションだ。
心臓がバクンバクンとしてしまい、オレは何も話せないまま正面を向く。
興奮するわけにはいかない。
車の運転に集中だ!
「ほう。十文字さんも車に興味があるのかね」
「はい。こういうアウトドア志向の車でしたら」
「ああ。君はアウトドア派だったね。なるほど」
専務と女史の会話に耳だけを傾ける。
そう。女史はアウトドア派。
そのおかげで、女史と話すことが増えたのだ。
1度、ランチへ行って車の話をしてから、実は2度、その後にディナーへ行っている。
しかも、女史から誘われてだ。
社内人気ナンバー1の女性だよ? それに誘われて2人きりでだよ?
つーか、すごくねー? すごいよね?
オレどうしたの?
マジ、モテ期ってやつ?
(……ってまあ、話している内容は、車とアウトドアの話ぐらいなんだけどね)
そうなんですよー。
色っぽい話はなし。
昔のオレなら、きっとガツガツと口説きにいったりしたんだろうけど。
つーか、口説きたいのは口説きたいんですよ、正直ね。
でもね、なんかキャラとか、アズとか、さらに最近はミヤの顔までちらついてきてしまうんですよ、脳裏に。
でもまあ、そのおかけで女史も2度もディナーに誘ってくれたんだと思うんだけどね、今となって思えば。
ガツガツしてこなくて、気楽に趣味の話を話せる友達……たぶん、女史にとってオレはそういうポジション。
つーか、オレは底辺社員ですからね。
そんなところで、変な期待しませんよ。
最近のオレ、けっこう自分のことわかってきましたから。
「はい。到着しました」
木角という会社は、もともと財閥系の総合総社だ。
とにかくでかい、うちの会社なんて比べものにならないぐらいでかい。
ここに一睨みでもされたものならば、うちの規模でも簡単に潰されかねない力がある。
この会社についてオレが知っているのは、まあそのぐらい。
あとはよく知らないが、とにかく本社も立派ででかい。
ビルは何階あるのか知らないが、超高層ビル。
しかも自社ビル。
地下駐車場だけでも、ちょっとしたショッピングモールかと思うぐらいの規模がある。
オレはその駐車場に止めると、トランクルームから専務の荷物をとりだした。
なんか高そうな茶菓子とか入っている箱が、紙袋に入っている。
とりあえずオレは荷物持ちとしてそれを手にし、玄関ホールまで2人につきそった。
「ありがとう、大前君。時間が読めないから、あとは直帰してくれ。今日は本当にすまなかったね。ガソリン代はあとでだすから、十文字さんに請求してくれ」
気重な表情の喜多専務が、力なく微笑を見せる。
いつも自信満々な専務にしては珍しい顔だ。
「大前君、ありがとう。気をつけて帰ってね」
十文字女史もどこか顔色が悪い。
もしかして、これからの会合はあまり良くない話なのだろうか。
こればかりは、オレごときが口をだせる話ではないはずだ。
とりあえず、心の中で2人の成功を祈って見送った。
「……ん? なんかやってるのか」
帰ろうとした、その時だった。
ホールに併設されているレストランで、なにかイベントらしきものをやっているのを見つけた。
ガラス張りのレストランでは、いつも並んでいるであろうテーブルが少し片づけられ、立食パーティのような雰囲気となっていた。
(ええっと……『お取引先各位。名刺をご提出いただければ、中の飲み物と食べ物を自由にお楽しみいただけます』……だと!?)
オレは入り口の看板を見てから、中を覗く。
ビールを飲んでいる客がいる。
それも何種類もあるようだ。
さらにおつまみ料理も用意されているらしい。
(明日は土曜日……ここの駐車場なら引き取りに来られる……ってか、このままここで寝て異世界に行ってもいいか……)
オレはビールに誘われるままに、その会場に足を運んだ。
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※参考
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●道の駅川口・あんぎょう
http://www.jurian.or.jp/
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