第096話:でかい仕事に巻き込まれた。

「第3セクター事業……」


 オレの解答に、喜多専務が一言呟いてから固唾を飲む。

 しかし、木角の社長さんはそれには答えない。


「大前さんは、どうしてそう思ったのですか?」


 その代わり、明らかに今までと違う反応でオレに尋ねてきた。

 オレは緊張のあまり唾を一度、呑みこんでしまう。

 ふと横を見ると、不安と不可解の混ざったような表情の十文字女史の顔が見えた。


(つーか、そんな顔されても……)


 と思うが、今さらどうしようもない。

 つい、口が滑ってしまったのだ。

 ここまできたら、思ったことを言うしかない。


「えーっと……。まず最初に飲んだのが【餃子浪漫】でした。これは栃木にある道の駅【ろまんちっく村】で作られている地ビールです」


「だから、私に餃子を持ってきてくれたんですね」


「はい。やっぱそのためのビールですし……」


 オレの答えに社長さんは、柔らかい笑みを見せる。

 どう見ても、納得の顔だ。


「なんでわかったのか、聞いていいかな?」


「あ。前に一度、飲んだことがあったので」


「……それだけ?」


「え? ええ、それだけっすけど……」


 それ以外になにがあるというのだろうか。


「なるほど。それで?」


「あ、はい」


 妙に楽しそうに話を急かされ、オレは慌てて1つのビアサーバーを指さす。


「あっちの色の濃いデュンケルは、【道の駅 富士吉田】で名物として売っている【ふじやまビール】の中の1つです。デュンケルを選ぶところがなかなかいじわるですが。それから、あっちのは【道の駅 田園プラザかわば】の地ビールのヴァイツェン。そっちで作っているB級グルメの【山賊焼】も、川場で売っていましたしね」


 ますます社長さんが楽しそうな顔をしている。

 ふと横を見ると、十文字女史と喜多専務がまるで鳩が豆鉄砲を食ったようなビックリ顔。

 けど、十文字女史の方はオレと目があったとたん、笑みが少しずつあふれだす。

 嬉しそうでいて、でもどこか少し胸を張って自慢げな顔。

 あれかな。もしかして、オレの解答がいい線をいっているのでよろこんでいるのかな?


「詳しいですね」


 社長さんの言葉にふりむく。


「あ、いえ。オ……私、休みの日などに道の駅を巡ったりしているので」


「なるほど。……それで他には?」


「あ、はい。ええっと、ここまでは道の駅の関係のビールだったんすけど、最後のあのビールだけ違うんですよね。あれは、川越で有名なCOEDOコエドビールでした。最高に美味いビールですが、少なくとも他のビールのように道の駅には強い関連がありません」


「ふむ。それで?」


「はい。一応、他の道の駅は関東近郊のものでした。川場は特に道の駅でも人気投票で何度も一位に輝いた、模範ともなるべき巨大施設っす。でも、どれも都市近郊からけっこう遠い。ここに来る前に一番近い道の駅である川口もよってきたんですが、あそこは逆に道の駅っぽくない」


「だから?」


「はい。だから、もしかしてもう少し都市近郊で、COEDOが合う道の駅でも作りたいのかな……って思ったんです。川口、川場、川越……川並びももしかしてヒントだったのか、偶然だったのかわかりませんが」


「ふむ」


「あと、たぶん、ろまんちっく村と川場を参考にしているのでけっこう大きな規模……ああ。でも、あの辺りだと難しいっすかね。なら、こうメッセージ性やテーマ性の強い道の駅を目指しているとか」


「……たとえば?」


「そーっすね。川越なら……。あっ。道の駅じゃないっすけど、【鬼平江戸処】とか?」


 オレの言葉に、社長さんが静かにうなずく。

 完全に肯定している。

 そう思っていると、社長さんは喜多専務に笑いかけた。


「喜多さんも、お人が悪い」


 突然のことで喜多専務が慌てるが、それを無視するように社長さんは言葉を続ける。


「道の駅に精通して、しっかりとした味覚を持つ社員を連れてきているとは。ある程度、こちらの事情はつかめていたようですね。さすがですよ」


「あっ、いや……はい。もちろんです」


 混乱しながらも話を合わせる喜多専務は、さすがしたたかだ。

 つーか、そのぐらいじゃないと、専務なんてやってられないのだろうなぁ。


「大前さんは、車を持っているんですよね?」


「ああ、はい。九菱自動車のアウトランナーPHEVに乗ってます」


「おお。九菱は木角自動車とOEM契約も結んでいる協力会社。これも縁かもしれません」


「縁……」


「そうです。……縁ついでに少し話を聞いてもらえますか」


「は、はい」


 返事をしたものの、オレは周りの目……ではなく、周りのダンボのようになった耳が気になってしまう。

 そこにいた多くの企業が、全員でこちらに注目をしていた。

 しかし、社長さんはさすがと言うべきか。

 まるで意に介さないように話し始める。


「昨今、自家用車からほぼ純粋なガソリン車がなくなりました。ハイブリッド車、PHEV車、EV車などに切り替わっています。しかし、自動車産業全体で見ると下り坂です。その分を今、新法改正で広まりつつある電動パーソナルモビリティの売上が伸びている状態です。しかし、いかんせん市場規模は違います」


 確かに老人の足としても広まっている電動パーソナルモビリティの価格は10万円台と、車に比べてかなり安い。そのうえ、値段も下がっていっている。


「そこで車自体の販売数を伸ばすため、観光事業の組合せに私たちは着目しています。ホテルのような施設・人員の投資をあまりかけないで上手く伸ばせる手法です」


「……まさか、車中泊ってことですか?」


「さすが、大前さん。そうです。実際、車もSUV文化が流行りましたが、今はSUVの他に小型ワンボックスカーもブームが来ています。これはたぶん、時代もそれを求めているのではないかと考えたのです。だから、実際の所、道の駅にこだわっているわけではないのですよ」


「すでにいくつかある車中泊特化施設……みたいな?」


「ええ。すでにその手のサービスはありますが、やっつけすぎます。それに私たちは、総合的なアイデアを求めています。ビールや名物だけではなく、サービスに関してまで幅広い分野でのアイデアです。大前さん、そういうアイデアに……興味ありませんか?」


「…………」


 超興味ある! 興味ありまくりだ!

 そんなのオレの趣味に直結することだ。

 確かに今でも車中泊特化施設はあるが、意外に規制も多いし、まだ数も少ない。

 これはそんな問題に一石投じるプロジェクトかもしれないのだ。


(でも……)


 オレは十文字女史の顔を覗う。

 オレはあくまでおまけできただけなのだ。

 それにメインの仕事も放置するわけにはいかない。


「私は今日、当社の十文字に言われてつきそっただけでして……」


「……ほう。では、大前さんを採用したのは十文字さんの機転ですか」


「もちろんです! なにしろ、十文字は当社でも優秀な人材っすから!」


 横で十文字女史が大慌てするが、ここは自信を持って推しておく。

 どうせなら彼女の活躍ということにしてもらいたい。


「そうっすよね、十文字さん!」


 オレのだめ押しに、一瞬だけ苦笑してから彼女も覚悟を決める。


「……はい。弊社・大前は、このとおり道の駅や車中泊旅行には詳しいものですから、お役にたてるのではないかと」


「なるほど。いい見立てですね。それなら、まずは貴方たち、お2人にお願いしましょうか」


「はい?」


「いいアイデアをお待ちしていますよ」


「……はい!」


 十文字女史と喜多専務の満面の笑み。

 詳細はこれからだろうけど、足がかりは掴めたのかな。

 これでまずは成功というわけだ。


(ふう……。ビール代ぐらいは役にたったかな。よかった、よかっ……ん? つーか、2人って言った?)


「大前くん、よろしくね! がんばりましょう!」


 女史の言葉に、オレはしどろもどろで「はい」と答える。

 その時になってやっと、オレは自分がでかいプロジェクトに巻き込まれたことに気がついたのだった。

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