第043話:肉食系女子だった。

「えーっと、つまり君は……」


「ミューだ。キャラの姉という設定」


「設定ってなんだよ!」


「あ。あの池の近くに止めて」


「人の話を聞けよ!」


「よし。今日はここで車中泊しよう」


「車中泊しようって……。つーか、なんで『車中泊』って言葉を知っているんだよ!」


「よし。アウト、早くテーブルだして」


「会話しろよ、こんちくしょう!」


 オレはミューと名のった、キャラにそっくりながらも、年齢がオレと同じぐらいという、ネコ耳ウサギ尻尾の女性に案内されて、森の中にある池の畔に車を止めた。

 森の中は魔物が夜になるとわいて危険だというイメージがあったが、そこはなぜか魔物が寄ってこない、いわゆる安全地帯だという。

 なんでも池が清らかな魔力を放っていて、魔物が寄ってこないとか何とか。

 よくかわらないが、彼女に言われるまま、そこにテーブルをだした。

 どうもオレは、この手の押しに弱い。


(このマイペースな会話具合、まさにキャラなんだが……姉ならありえなくもないよな……)


 まずはゆっくりと話して、彼女の素性を確認しなくてはならない。

 そう思って椅子に座ったら、まるで当然のごとく横に座って、オレの腕にしがみつきながらしなだれかかってきた。

 香水でもつけているのか、オレの鼻腔は柔らかな柑橘系の香りに包まれた。

 同時に、オレの右腕がふくよかな胸部に包まれる。

 その感触でオレは、ミューがキャラよりも胸が大きいことに気がついた。


「おい……胸が当たっているんだが……」


「うん? アウト、これ好きだろう?」


「…………」


 そう言われると、何も言い返せない。

 もちろん、大好きである。

 こんな柔らかい素敵感触を嫌いな奴なんているはずがない。


(と、ともかく、キャラじゃなさそうだな。こんなデレな奴じゃなかったし)


 それになにより、年齢が違いすぎる。

 さすがに異世界だからと言って、数週間でこんなに育つことはない……と思いたい。

 しかし、オレのことをよく知っているようだから、本当にキャラの姉なのかも知れない。

 でも、だとしたらオレのような平凡な男にキスしたり、迫ってくる理由がわからない。


(もしかして、ビッチなのか? または発情期とかだったり?)


 本気でわからないことだらけである。

 わかっていることは、オレの名前を知っていたのだから、キャラのことを知っているはずだということだ。

 伸びた鼻の下を戻して、オレはミューに向き合った。


「つーか、姉だって言うなら教えてくれ。キャラは無事なのか?」


 オレが崖からダイブした後、あいつは無事に戻れたのか。

 わざわざオレのために戻ってくれたのに、また危険な目に遭わせてしまった。

 オレは、それがずっと気がかりだった。


「ん? ……うん。キャラはもちろん無事だぞ」


「そ、そうかぁ~。ああ、よかった。あのトカゲもやっぱり崖から落ちていたんだなぁ~。安心したぜ」


「トカゲ? 崖?」


 ミューが首を捻る。


「……アウト。こっちに来るの、何度目?」


「え? 三度目だけど?」


「じゃあ、キャラにあったのは一度?」


「ああ。そうだよ」


「ほほう! どうりで」


「どうりで?」


「……キャラのこと、そんなに心配だったのか?」


「ああ、そりゃもう。キャラに会うために、もう一度、ここに来たようなもんだしな」


 ミューが目を見開いたかと思うと、突然嬉しそうにニヤニヤとし始めた。

 もちろん、オレにはまったく意味がわからない。


「なあ。オレ、キャラに会いたいんだよ」


「……なぜ?」


「なんていうかさ、もう少しちゃんと話したり……。つーか、礼が言いたいんだ」


「礼?」


「あいつのおかげで、初めての異世界でも助かったし。それになにより、なんか自分が変われた気がするんだ」


「…………」


「まあ、もちろんまだまだだけど。最近、仕事の調子が良くて。……あいつに期待されているから、がんばらなきゃなって思えてさ」


「……もしかして、アウトはキャラが好きになったのか?」


「すっ!? ……いやいや、好きとか嫌いとかじゃなく……。いや、もちろん、嫌いじゃないぞ。でも、オレはロリコンでもないし! つーか、そういう意味の好きとは違ってだな……」


 なんだか、キャラにそっくりなミューに見つめられたせいで、本人に問い詰められている気分になってしまう。

 ものすごく心臓が早鐘を打ち始める。

 それに対して、ミューは妙に高揚した表情を見せている。

 じっと、見つめる瞳がオレの顔を離さない。

 とてもじゃないが、オレの方は視線を合わせることができない。


「……アウト」


「な、なんだよ……」


「若くてピチピチで……新鮮だ」


「し、新鮮!?」


「うん。……美味そう」


「う、美味そう!?」


「うん。……我慢できない」


「が、我慢!?」


「うん。……今、食べてしまいたい」


「ちょっ!? 目が肉食系女子みたいになっているんですけど!」


「今、食べれば、もしかしたら独り占めできるかもしれない」


「いやいやいやいや。オレ、けっこう量があるから、一人で食べたら腹壊すよ!」


 つい慌てて、よくわからないことをオレまで言ってしまう。


「うん。大丈夫。アウトの量は、よく把握している」


 なんかわからないが、ミューはグイグイとくる。

 しかも、その表情が獲物を見つけた獣……猫のようだ。

 ネコ耳をピクピクと動かし、今にも飛びかかってきそうである。

 オレは思わず怖くなり、彼女から腕を抜いて立ちあがった。


「お、落ちつこう! な! とりあえず、腹が減ったなら飯にしようではないか!」


「……うん。そうだな。わかった。慌てるのは良くない」


 ミューは落ちついたのか、クールダウンした顔を見せて立ちあがった。


「アウト、おにぎりよろしく。ミューは、魚を捕まえてくる。焼いて食べよう」


「お、おお……」


 すっかりミューのペースに乗せられているオレだった。

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