sentence 2

第044話:異世界で和食を作り……

「ただいま。四尾ほど捕まえてきた」


「はやっ! ってか、すげっ!」


 ちょっと遅れた昼食……というより、太陽の角度から感覚的には三時ぐらいだろうか。

 オレが電子ジャーでご飯を炊き始め、おかずを用意している間だった。

 それだけの間に、彼女はオレが渡した買い物用のビニール袋に捕まえた魚を入れて持って帰ってきた。

 キャラもすごかったが、このネコウサ娘もかなりワイルドだ。


「夏に獲れるカキマスだ。うまい」


 そう言いながら、彼女は袋の中を見せてくれた。

 ナイフで刺して捕まえたのか、ちょっと血だらけだが、一見すると、キラキラとした鱗をしており、ニジマスのように見える。

 正直、魚の見分けなどつかないので、かなり適当判定だが、少なくとも食べるのに抵抗がある奇天烈な形の魚とかではない。

 むしろ、普通にニジマスだ。


「また脳内変換なのか、ネーミングが一緒なのか……。でも、カキマスって、カキ……マス……カキ……ああ。もしかして、夏期のマスってことか?」


「マスカキじゃないぞ」


「わかっとるわ! つーか、女の子がそんなこと言っちゃダメ!」


「アウト、純情だな」


「意味、知ってるの!?」


「じゃあ、捌くか」


「無視かよ!!」


「アウト、包丁」


「え? おお。ちょっと待って……って、なんで包丁持っているって知ってんだよ!」


「まな板も」


「あ、ああ。はいはい……って、だからなんで――」


「ミューに知らないことはないのだ」


「……そっ、そっすか……」


 なんか言い返す言葉が見つからなかった。


(つーか、やっぱり変だろう……)


 オレが包丁やまな板を持っていることなど、キャラさえ知らないはずだ。

 なにしろ、あの時には持っていなかった。

 それなのに、どうしてミューはそれを知っているのだろうか。


「じゃあ、捌くから、アウトは炭の用意よろしく」


「え? 炭なんて持ってきてないけど?」


「ん……そうか」


(あれ? 持っている物を知っていたわけではないのか?)


「じゃあ、薪を集めて」


 そう言われてオレは、やっと会話ペースをつかめそうなチャンスを見つけた。

 オレは口元で指を振りながら、「ちっちっちっ」と口をならす。

 この未開のワイルドネコウサ娘に、キャラと同じような驚愕を味あわせてやろうではないか。

 科学の粋を集めた、スマートキャンプという物を教えてやらなくてはなるまい。


「ミューくん。薪なんて必要ないのさ。何しろオレには、アウトランナーから作られる電――」


「なに言っている、アウト。魚を焼くならIHより直火に決まっている」


「……え?」


「時間がない時はまだしも、時間があるなら手間をかけると決めた……いや、決まっている」


「い、いや、それより、なんでIHまで知ってんの!?」


「……ふふふ。実は、ミューには予知能力があるのだ! だから、アウトの言うことは、あらかじめわかってしまうのだぁ!」


「……あ。魚を捌くとこ見せてもらっていいか?」


「にゃぴょん!? ミューの重大告白を無視した!? ちゃんと人の話を聞かないといけないぞ、アウト」


「おまえが言うな! つーか、そんな与太話、まともに聞いてられっか!」


「まあ、信じられないのも無理はない。よし、許してやろう」


「ありがとうよ、こんちくしょう!」


「ところで、もしかしてアウトは魚の捌き方を知りたかったりするのか?」


「おお。これからも、ちょくちょく、こっちに来るかもしれんから、覚えておくと便利そうだろう。ちょっと勉強しときたくてよ」


「うんうん。そうかそうか。教えて進ぜよう」


「なんで、そんなに嬉しそうで偉そうなのか知らんが、よろしく頼む」


 会話のテンポは、完全にキャラだった。

 むしろ、キャラよりもノリがよくなっている気がする。

 キャラとはまだ数日だけのつきあいということもあり、親しくなり始めた友達という感じだった。

 しかし、ミューとはすでに幼馴染か、はたまた家族かみたいな、親しみのある空気ができている。

 少なくとも、ミューの俺に対する態度に壁を全く感じない。

 本当にキャラではないのだろうか。

 それに、どうしてこんなにいろいろと知っているのだろうか。

 本当に予知能力?

 まさか、そんな馬鹿な……。


(……まあ、わからんことを考えても仕方ないな)


 悩んでもわからないので放棄した。

 オレの逃げ癖は、こんな異常事態でもしっかり発揮された。



   ◆



 ミューは丁寧に魚の捌き方を教えてくれた。

 初めてやったが、正直なところ、かなり気持ち悪い。

 魚料理してくれる世の女性たちは、もしかしてみんなこんなことをやってくれているのだろうか。

 いや、魚屋がやってくれるというのも聞いたことがある。

 そういえば昔、つきあっていた彼女が、新鮮な魚が売っていたからと、焼き魚を出してくれたことがあった。

 その時に内心で「せっかくの手料理なのに、焼き魚なんて焼くだけじゃんか」と思っていたことを心から詫びたくなった。

 今考えると、本当にオレって嫌な奴だったと思う。

 昔のオレが目の前にいたら、たぶんオレはその後頭部に蹴りを入れるだろう。

 いや。今もヘタレでダメな奴ってところは一緒だが。

 それでも過去を後悔するぐらいには、成長していると思いたい。

 ついこの前まで、悪いのは全部オレ以外だと思っていたし。

 それに比べたら、大きな進歩……だよな?


 それから薪を集めて火をつけた。

 近くに別のキャンパーがいたのか、炭が落ちていたらしく、ミューが拾ってきた。

 ミューは丁寧に炭に火をつけるコツや、いろいろなことを教えてくれた。

 食事は、焼き魚とおにぎり、それに白菜と塩昆布の和え物だ。

 【道の駅はが】で買ってきた白菜を食べやすい大きさに切る。

 それを畳めて便利なシリコンボールに入れて、そこに塩辛さはあまりないが旨みの強い沖縄の「ぬちまーす」という塩を少しいれて、よくもんだ。

 たまたまお土産にもらったものだが、塩昆布の塩気が強いので、ちょうど良かった。

 しばらく置いておき、出てきた水分をよく切る。

 そのあと、塩昆布とごま油、白煎りごまを適当にいれて混ぜる。

 ミューに辛いものは平気かと聞いたら、「少しなら」というので、アクセントに輪切りにした鷹の爪も投入。

 オレでもできる白菜の和え物の出来上がりである。

 白菜を買った後、実はインターネットで調べておいたのが、さっそく役に立った。

 さらに最後に、電気ケトルでお湯を沸かして、インスタント味噌汁を用意。

 完璧なる和食メニューの完成である。

 たぶん、オレの車中泊キャンプの食事の中で、最高の出来栄えだ。


「初めて作った白菜の和え物もうまそうだろう?」


「うんうん。アウトの初めて、うまそうだ」


「ちょっ! その言い方、やめて……」


「おにぎり、焼き魚、白菜の和え物、味噌汁……うんうん。すばらしい。あ、しょうゆはある?」


「え? あ、あるよ」


「うん、よし。あとは大根おろしとか、ポン酢とかあると楽しめたかもしれない」


「え? あ、ああ、そうだな……って、おまえ、ファンタジー世界の住人じゃねーだろう! ぜってー日本人だ!」


「そんなことはない。れっきとした異世界の、可愛いネコ耳に、プリティなウサギ尻尾がある、かなりの美女だ」


「自分で盛りすぎで、ますます怪しいわ! その耳、実はコスプレだろう!」


「あ、こら……あっ……耳はダメ……だ……」


「つーか、その尻尾もアクセサリーかなんかだろう!」


「んっ……そこは……おし……」


「ええい、正体を現せ、コスプレ娘!」


「あ、んっ…………だ、だから…………チガウ!」


 ものすごい勢いで、拳が脳天に落ちてきた。

 かなりの衝撃に、オレは頭を抱えてしゃがみこむ。


「はぁ~……。まったく。そういうのは食事の後。せっかくの食事が冷める」


 なんかすごく怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る