第045話:さらに子作りもするのは……

 夕方から食事の用意を始めて、食べ終わった頃にはもう日も暮れ始めていた。

 今回の食事は、異世界自炊で一番ちゃんとしていたかもしれない。

 焼き魚は塩焼きと、醤油でいただいた。

 白菜の和え物も初めてにしては、驚くほどうまかった。

 まあ、誰が作ってもうまくできるだろうけど……というツッコミはなしだ。

 とにかく、これだけでご飯が進む進む。

 ご飯はなぜか、ミューがおにぎりにこだわったので面倒ではあった。

 だが、炙った海苔の香りに包まれたおにぎりは、ぬちまーすを使っただけの塩むすびだというのに驚くほどうまかった。

 もちろん、ミューも「おいひ、おいひ」と言いながら、笑みを絶やさず食べていた。

 しかし、どの料理を見ても、ミューは驚くことはなかった。

 むしろどれも知っている風で、なれた手つきで箸を扱って食べていたのだ。

 そして食後には、「玄米茶ないの? ならコーヒーで」とか注文をつける始末である。

 どう考えても、日本文化になれているようにしか思えない。

 「もういいか」と一度、追求をやめたオレだったが、その態度を見ていると、やっぱり気になりはじめてしまう。

 もちろん、食事中にもいろいろ質問を投げてはみた。

 なぜオレと親しくするのかとか、オレのことをなぜよく知っているのか、キャラとの関係……だが、どれもはぐらかすように話してくれない。


「本当はミューも言いたい。けど、言うなと言われている」


「誰から?」


「うん……。いつもいつも助けてくれる、大事な人」


 そう言って、彼女は少し尖った歯を見せながら、嬉しそうにオレに微笑む。

 そんな顔を見せられては、問いつめることもできなくなる。

 結局、またオレはあきらめた。


「……まあ、いいか。ビール呑むか?」


「呑む! いいのか!?」


「え? べつにいいけど……」


「やった!!」


 思いの外、反応がいいミューは、目をキラキラと輝かせる。

 どうやら、ビールの味までわかっているらしい。

 オレは池で冷やしておいたビールを引き上げて、二つの紙コップに注いだ。

 そしてこちらが説明しなくても、「乾杯」を促すので紙コップを合わせてビールを飲んだ。

 最初は楽しく、二人で呑んでいた。

 だが、オレはすぐに後悔し始めた。

 まさに、開けてはいけない扉を開いてしまった感じだった。


「おひ! アウト!」


「お、おお。なんだ?」


「おまえぇ~、ミューのこと忘れてるだろう!」


「忘れてるもなにも……」


「うっひゃーい!」


 完全に酔っていた。

 頬の上だけを真っ赤にした彼女は、椅子の上でその素敵ボディを惜しげもなくすり寄せてくる。

 しかも、今は革の上着などを脱いで、真っ白なシミーズのような下着姿だ。

 理性を破壊する力は、半端ない。

 無論、嬉しいし、このまま押し倒してしまいたい衝動に駆られるのだが、それ以上に酔っ払いの絡み酒に押し倒されそうになっている。


「アウト、おまえぇぇぇ、アウトにゃぁ!」


 そう言いながら、彼女はゲラゲラと笑いながら、オレの頬をツンツンと突っついた。

 かと思うと、今度は顔を近づけて、ジーッと見つめてくる。


「ん? ん? ん~~~? 待つぴょん……ちょっと待つぴょん!」


「な、なんだよ……」


「おまえぇ~、アウトじゃないにゃ!」


「なに言ってんだ、おまえは。つーか、ビールを五〇〇ミリも飲まないうちに酔うなよ……」


「うるひゃいぴょん! アウトのくせに生意気にゃ!」


「お前はジャイアンか……」


「うんにゃ。やっぱりぃ、おまーもアウトにゃ。アウトはぜーんぶ、ミューのものぴょん。だから、おまえぇもぉ、ミューのにゃ!」


 突然、彼女の舌がオレの首筋から耳元まで這っていく。

 ぬらぬらと湿った柔らかい物は、オレにぞわぞわとした感触をゆっくりと伝えてくる。

 おかげでオレは、「あひゃっひゃひゃ!」と奇妙な声をあげていた。


「うふ。うふふふ……。おいひぃ」


 舌なめずり。

 ちょっと……いや、かなり怖い。

 また、目の色が肉食系女子……というより、肉食獣のようになっている。

 貞操の危機を感じる。貞操なんてないけど……。


「……よひ! 決めたぞぉ~。来るのだ、アウト!」


 ひょいと、ミューは立ちあがった。

 途端、彼女がフラッとしていたので、オレも慌てて立ちあがって支えた。

 だが、そのオレの腕を思いもしないような強い力で彼女が握りしめた。

 むしろ、オレの方がフラッとさせられる。

 かと思うと、そのままオレをアウトランナーの開けっ放しになっていた荷室ラゲッジルームに引っぱっていく。

 そこには車中泊するためのマットもすでに敷いてある。

 まさに、あとは寝るだけ状態だ。


「あ、あの――うおっ!?」


 嫌な予感を感じるのと同時に、なんとオレはミューに軽々とお姫様だっこされてしまった。


(オレの体重、六五キロぐらいあるんだぞ!?)


 そして、そのままアウトランナーの中にできた、ベッドルームに投げこまれてしまう。

 いくらアルミシートとマットがあっても、それほど厚いわけではない。

 ケツから落ちたものの、かなり痛い。


「つつっ……。おい! いきなりな――うぎゃぁ!」


 気がつけば、マウントとられています。

 完全に馬乗りです。

 しかも、天井が低い中、シミーズを器用に脱ぎました。

 そして、そのシミーズがアウト君の顔の横に。

 香ります! 車内が発情期の雌猫の香りに満たされます!

 まさに車内は、愛の巣と化そうとしています!

 ピンチ! アウト君ピンチです!


(つーか、パニクって第三者視点だ! 俺の自我、もう逃避したぞ!)


「こりゃぁ、アウトォ~~~。ミューは寂しいんだぞ!」


「は、はい?」


「いくらぁ、アウトがぁ、『外』を走るからってぇ……」


「そ、そと? なんのこと――」


「うりゅちゃい! かちゃちばかりのぉ、けっきょんはもういいのにゃ!」


「お、おまえ、もう舌がまわらなく……」


「うん! 子作りするぞ!」


「――って、おい! なに、そこだけハッキリ言ってんの!?」


「ん? もうにゃんかいもちてるじゃにゃいかぁ~。でみょ、にゃかはみゃだにゃしぃ~」


「はい? つーか、ここ外だぞ! 誰かに見られたりしたら……」


「ん? だいじょーびゅ! まわりはぁ、木、木、木……木ばかりぃぴょん! うふふふ……」


 確かに周りは、すでに闇に埋もれている。

 そして、LEDランタンの光が届くところに見えるのは、確かに木の影だけだ。

 人気など、どこにもない。

 それどころか、動物の影もない。


「こんな夜の森にぃ……だぁーれもこなーい! あびゅな~い、あびゅな~いからねぇ~」


「え? 危ないの!?」


「ん? ここはぁ、へーきぴょーん! くすくすにゃ」


「つーか、おまえ、さっきから『にゃ』と『ぴょん』混ざりすぎだろう!」


「……うふふふ……ここならぁ、じゃまはいらないにゃぁ」


「話聞け……ちょっ、待て……誰か助け……」


「ん? 助けなんてぇ、だーれもこないぴょ~ん! そしてぇ、ここからはぁ、にげられないにゃぁ。池からはなれるとぉ、魔物ぉ……あびゅない、あびゅない」


「……うわあああぁぁ! もしかして、最初から罠にはまっていたのかぁ!?」


「さあ~……アウトォ……」


「ま、待って……お、おちつ――」


「かくごだにゃ~~~!」


「い……いやあああぁぁぁぁ~~~~~!」


 オレの心象世界で、一輪の紅い花が手折られた……。

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