第066話:お尻にしたのがバレました。

 目が覚めると、もう目の前でアズの目が開いていた。

 オレが大あくびをすると、アズが柔らかな曲線を描くように眦をさげる。


「おお。おはよう、アズ。どうだ、具合は?」


 オレは、マットから上半身を起こした。

 昨日は、アズの横で寝た。

 さすがにこの雪のふる寒い中、車以外で寝るのは辛い。

 まあ、一緒に寝るのは初めてではないし、アズが怒ることはないと思っていた。

 が、怒るどころか嬉しそうに微笑まれると、胸がつかまれるぐらいかわいさが募る。

 とりあえず、彼女の真っ白なおでこを触ってみると、熱はすっかり下がっていた。

 体力は落ちているだろうが、これで一安心だろう。


「外は寒そうだな……。とりあえず、アズは中で着替えていろ。ああ、下着はそこに干してある」


 オレは前席の方を指した。

 そこには紐で橋渡しされた間に、アズの下着がかかっている。


「――!」


 それを見たアズの顔が、また高熱が出たように赤くなり、弾け飛ぶような勢いで下着――パンティとシミーズのような服――を回収していった。

 そして、こちらを微妙な顔で睨んでくる。

 怒っていいのか、感謝していいのか。複雑な顔をしている。


(……でもかわいい……)


 すでに親ばか状態である。


「あと着替えはこれを使え。……じゃあ、ちょっと外の様子を見てきたりするから」


「…………」


 アズは自分の無防備な姿を隠すように、寝袋へまた潜りこんで、コクリとうなずく。

 やることなすこと、まったくかわいい娘である。


(さて。問題は、ドアが開くかだな……)


 試しに後部座席のドアをそっと開けてみると、なんら張りついている感じもなく開いてくれた。

 下手すれば、ドアのゴムなどが凍ってしまっているのではないかと思ったが、そこは大丈夫だったらしい。

 室内の温度が少し高くなっていたおかげだろうか。

 とりあえず、オレは寒いのを堪えながら車からでると、アルミシートをくぐって洞窟の奥へ行く。

 置きっ放しだったテーブルセットの上のLEDカンテラの電源をいれた。

 外は薄明るいが、雪がまだ降っていて時間感覚が今ひとつわからない。

 オレの体内時計的には朝のような気がするのだが、陽射しの位置も今ひとつつかめない。

 後で洞窟の外にでて確かめてみようと思う。

 ちなみに、体内時計と言えば、オレの体に時差ボケが起きていないと言うことにも気がついた。

 不思議なことに、オレはこちらの世界に来た途端、いろいろとこちらの世界に適合している気がする。


(言葉や文字が本当に不自然にわかるのとかもなあ……)


 と考えて、オレは何か忘れている気がした。

 だが、何を忘れているのか思いだせない。

 文字に関係していた気がするのだが……としばらく悩んだが、そのうち思いだすだろうと放置することにした。


(まずは飯で栄養をつけさせないとな。寒いから鍋だな。もともと鍋のつもりの材料はあるし。それから、その間に薪を探してみよう。まだあるだろう)


 オレはとりあえず、今できることをやることにした。

 まずは、IHコンロに鍋を載せる。

 そこに水を少なめに入れる。

 ネットからの知識で、「野菜から水が出るから、あまり水を入れすぎるな」と仰るのでその通りにしてみる。

 そして必殺の「鍋キューブ」というのを使う。

 要するに、鍋の素でいろいろな出汁などが固めてある魔法のキューブである。

 コイツを溶かすだけで、なんとただの水が白湯スープに早変わりする。

 科学の力は、すごいものである。

 それに持ってきていた白菜を突っこむ。

 調理ばさみがあると便利と、ネットの掲示板が言っていたので持ってきたが、見た目を気にしなければ確かに便利だ。

 なにしろ、まな板がいらない。

 急ぎで作りたかったので、熱が通りやすいように細かく切って鍋に投入。

 それから、もやしを一袋。

 もやしは足が早いので、すべて投入。

 さらにマイタケもいれる。

 ネギも入れたいところだったが、車に入れると車内がネギくさくなるので積むのは断念した。

 具は肉……と行きたいところだが、今回は「鮭の水煮」の缶詰を使う。

 缶詰は缶ゴミが出るのがやっかいだが、保存性が高いので重宝する。

 これを入れて、さらに豆乳をいれる。

 豆乳は封を開けなければ、常温保存できる。

 そこで小さい豆乳のパックをいくつか持ってきていた。

 あとは煮込む。


 オレはその間に、外に行って薪を拾う。

 雪はかなり積もっていた。

 足がずっぽりと埋まってしまう。

 一応、靴の替えは持ってきているのだが、足がしもやけになりそうだ。

 急いで20センチほど掘り下げて枯れ木を探す。

 軍手はつけているが、あっという間にびしょびしょになる。

 ぶっちゃけ寒くてやばいし、ほとんど見つけられない。


(太陽は……あっちか……)


 あまり薪を見つけることはできず、オレは早々に退散することになった。

 ただ、雪は弱まっているし、遠い空が晴れてきているようだったのが幸いだ。

 もう少ししたら、やんでくれるかもしれない。

 そう期待しながら、洞窟に戻るとアズが着替えて外にでていた。

 俺が持ってきた予備のダウンジャケットもちゃんと着込んでいる。


「アズ、まだ熱が下がったばかりだから、体冷やすなよ」


「…………」


 アズは微笑して、大丈夫というように両手で拳をつくって握りしめる。

 しかし、昨夜の苦しそうな様子を見ているオレとしては、まだまだ心配だ。


「油断するなよ、アズ。お前、熱が下がらなくて大変だったんだぞ。本当に心配だったんだからな!」


「…………」


 心配されたことが嬉しいのか、ちょっと微笑するアズ。

 その様子も愛らしい。


「おいおい。つーか、笑い事じゃなかったんだからな。意識ももうろうとしていて、水も飲めないし。なんとか解熱剤をいれることで熱をさげて、やっと水も飲んで落ち着けて眠れるようになって……」


「…………?」


 なぜかアズが首を傾げる。

 どこか腑に落ちなさそうな表情だ。

 オレも何を悩んでいるのかわからず、思わず眉を顰める。


「どうした、アズ?」


「…………」


 アズはなぜか唇に指を当てて悩む。

 オレは自分が何か変なことを言ったかと、自分の台詞を思い返す。


(つーか、変なことを言ったつもりは……言ったつもりは………………あああっ!!)


 オレは気がついた。

 気がついてしまったが、とぼけられるはずだ。

 アズが気がつくはずがない。


「――!」


 突然、アズが車の中に入っていった。

 そして、すぐに戻ってきた時に持っていたのは、ある薬箱と、その中に入っていたはずの説明書。

 それはオレが昨夜、使い方を再確認するために読んで、そのまま横に放置していた説明書。

 初めての人でも、図解入りでわかりやすく書いてある説明書。

 図解は、足を曲げてお尻を突きだし、そこに座薬を入れるものだ。

 多少抽象化してあるが、わかる人にはすぐわかる。

 アズはそれを広げて、オレに指さして詰め寄ってくる。


「…………!?」


「……そ、それはだね……」


 勘が良すぎるのは、こういう時に困る。

 「水が飲めない」のに、解熱剤を「いれる」ってどこに? と、そこに気がつくアズは本当に頭が良い。

 そして、着替え中にたぶん見つけた説明書。

 最初はなんだかわからなかったはずの説明書に、その答えを見いだす名推理。

 そこは当てちゃダメだろう。


「そ、それは……か、関係ない……本当だ……」


 オレの動揺したあからさまな嘘など、この天才的勘を持つアズに通用するわけがない。


「…………!?#!%&@※☆?!」


 アズの顔が真っ赤を通りこして灼熱に燃えあがる。

 昨夜の熱がかわいく感じるぐらい、高熱で燃えさかっているようだ。

 そして脱兎のごとく車に戻り、寝袋中に入りこんだ。

 まさに穴があれば入りたいである。


(穴……って、いかん!)


 昨夜の記憶がプレイバックされそうになり、オレは慌てて打ち消した。


「ア、アズ……あれは治療だから」


――プルプルプル!


 寝袋ごと震えるように揺れた。


「み、見てないし、触ってもないし……」


――プルプルプル!


「ご…………ごめん…………」


――プルプルプル!


 いくら謝っても、凄い勢いで拒絶されてしまう。

 とうとう許してもらえる前に、鍋ができあがってしまったのだった。

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