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第067話:まだ子供だけど……

 今回は、さすがに手強かった。

 謝っても謝っても、寝袋から出てこなかった。

 このままでは埒があかない。

 引いてダメなので、押してみることにする。

 オレは鍋が載っているテーブルの席に座って、大きな大きなため息をつく。


「アズ。つーか、お前、あのままだとマジヤバかったんだぞ」


 少しドスを利かせた低い声を作る。

 ちょっと芝居くさいが仕方がない。


「あのまま熱が下がらなかったら命だって危なかった。オレだって苦肉の策だったんだ」


「…………」


 少しだけ寝袋がもぞっと動く。


「アズが知ったら嫌われることを覚悟してでも、オレはアズを助けたかったんだ。……でも、まあ仕方ない」


 ここで一拍の間を置く。


「悲しいけど、もうオレはアズに嫌われてしまったんだな。まあ、しょうがないよな、こんな変態ダメ男じゃ」


「…………」


 寝袋の入り口から、ちょろっと青い髪が覗くが、オレは気がつかないフリ。


「せめてアズに温かい鍋でも食べてもらおうと思って、がんばっておいしいのを作ってみたんだけど……。もう大嫌いになったオレの作った飯なんて食いたくないよな……」


 ここで顔を両手で覆って下を向いてみる。


「…………」


 モゾモゾガサガサという音がする。

 天岩戸が開いたようだ。

 でも、まだ顔を上げない。

 しばらく待っていると、アズが俺の前の席に座る気配がする。

 ここだなと、オレは顔をゆっくりと上げた。

 すると顔をそらしているが、湯気のでる鍋の向こうでアズの青い髪が見えていた。


「……アズ、許してくれるのか?」


「…………」


 するとアズは、横を向いたまま、片手を広げて、もう片手でペンを持つ形にして動かしてみせる。


「……ああ。書くものか」


 オレは車に戻って、あるアイテムをとってきた。

 アズにあげようと思って買っておいた、手書きできる電子ペーパーである。

 消す時にしか電気を使わないため、消費電力が少ないモデルだ。

 それをアズに手渡す。


〈なんで逃げたんですか?〉


 アズは視線を今度はさげたまま、電子ペーパーをオレに突きだした。

 一瞬、何のことかわからなかったが、前回のことだとすぐに思いだす。


「ああ。あれはその……急用……いや、ごめん。それは卑怯だな」


「…………」


 オレは異世界に来る前に考えていたとおりのことを告白する。


「正直さ、まずこの世界にずっといるというのは怖かったんだ。アズと結婚したらそうしなければならないだろう?」


〈なぜ怖いんですか?〉


 オレの回答に興味を持ったのか、アズがその顔を訝しげにあげた。

 どんなにかわいく、きれいでも、まだまだ幼い子供の顔だ。

 それなのに、精神年齢の高さのせいだろうか。

 どこか大人の雰囲気も持っている。

 特にその視線に、非常に強い力を感じるのだ。

 今度は、オレが少し視線をそらしてしまう。


「うーん。やっぱりさ、オレの世界はこっちじゃないんだよ。最初は自分の世界から逃げてこっちに来たんだけど、でも……こっちにきたおかげで、元の世界もなんか好きになってきたんだ」


「…………」


 しばらく考えてから、アズがペンを走らす。


〈わたしは、アウト様を縛ったりしません。何日かごとでもかまっていただければ充分です〉


「いや、でもね……それでも、アズと結婚はできない」


「――!」


 アズのグレーの明眸がこぼれるのではないかと言うほど見開かれ、そしてすぐに涙を浮かべだす。

 もうその泣き顔は、子供が泣きじゃくるような顔には見えない。

 まさに「女」の泣き顔に見える。

 おかげでオレは超大慌てだ。


「いや、ちょっと待って。つーか、アズのことは好きだよ。ものすごくかわいいとも思っている! いや、まじ!」


「…………」


「でもね、オレの世界の結婚は、20才からしかできないんだよ」


 もちろん嘘だけど、正直なところオレはこれが精一杯だった。

 ぶっちゃけアズはかわいいし、こんな子に好かれて嫌な人間なんていないだろう。

 そして、将来は美人になる保証もある。

 その美人度は、十文字女史を超えていると思う。

 まさに、超一級の逸材。

 そんな彼女をこっちにいられないオレがキープするとか、神に対する冒涜じゃないかとまで思う。

 しかも、来た時に必ず会えるとは限らないのだ。

 さらに、やはり年齢が離れている。

 何年か経った時、たとえば久々にあったオレに幻滅するということもありえる。

 そしてオレは何より、そのシーンを見たくないのだ。

 がっかりされたくない。


「…………」


 彼女がまだ書きたいようなので、電子ペーパーの消し方を教える。

 するとすぐにまたペンを走らせる。


〈こちらの世界なら、15才で成人して結婚できます〉


「でも、20才で成人するオレの世界観からいうと、15才はまだまだ子供にしか見えないんだよ。子供と結婚するわけにはいかないだろう?」


〈それならば、二〇才まで待ちます〉


「オレが待てないで、その間に他の人と結婚してしまうかも知れないだろう?」


 オレのその言葉を聞いた途端、彼女が首を傾げる。

 そして上目づかいに少し考えてから、またペンを走らせる。


〈それがどうしたんですか?〉

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