sentence 3
第067話:まだ子供だけど……
今回は、さすがに手強かった。
謝っても謝っても、寝袋から出てこなかった。
このままでは埒があかない。
引いてダメなので、押してみることにする。
オレは鍋が載っているテーブルの席に座って、大きな大きなため息をつく。
「アズ。つーか、お前、あのままだとマジヤバかったんだぞ」
少しドスを利かせた低い声を作る。
ちょっと芝居くさいが仕方がない。
「あのまま熱が下がらなかったら命だって危なかった。オレだって苦肉の策だったんだ」
「…………」
少しだけ寝袋がもぞっと動く。
「アズが知ったら嫌われることを覚悟してでも、オレはアズを助けたかったんだ。……でも、まあ仕方ない」
ここで一拍の間を置く。
「悲しいけど、もうオレはアズに嫌われてしまったんだな。まあ、しょうがないよな、こんな変態ダメ男じゃ」
「…………」
寝袋の入り口から、ちょろっと青い髪が覗くが、オレは気がつかないフリ。
「せめてアズに温かい鍋でも食べてもらおうと思って、がんばっておいしいのを作ってみたんだけど……。もう大嫌いになったオレの作った飯なんて食いたくないよな……」
ここで顔を両手で覆って下を向いてみる。
「…………」
モゾモゾガサガサという音がする。
天岩戸が開いたようだ。
でも、まだ顔を上げない。
しばらく待っていると、アズが俺の前の席に座る気配がする。
ここだなと、オレは顔をゆっくりと上げた。
すると顔をそらしているが、湯気のでる鍋の向こうでアズの青い髪が見えていた。
「……アズ、許してくれるのか?」
「…………」
するとアズは、横を向いたまま、片手を広げて、もう片手でペンを持つ形にして動かしてみせる。
「……ああ。書くものか」
オレは車に戻って、あるアイテムをとってきた。
アズにあげようと思って買っておいた、手書きできる電子ペーパーである。
消す時にしか電気を使わないため、消費電力が少ないモデルだ。
それをアズに手渡す。
〈なんで逃げたんですか?〉
アズは視線を今度はさげたまま、電子ペーパーをオレに突きだした。
一瞬、何のことかわからなかったが、前回のことだとすぐに思いだす。
「ああ。あれはその……急用……いや、ごめん。それは卑怯だな」
「…………」
オレは異世界に来る前に考えていたとおりのことを告白する。
「正直さ、まずこの世界にずっといるというのは怖かったんだ。アズと結婚したらそうしなければならないだろう?」
〈なぜ怖いんですか?〉
オレの回答に興味を持ったのか、アズがその顔を訝しげにあげた。
どんなにかわいく、きれいでも、まだまだ幼い子供の顔だ。
それなのに、精神年齢の高さのせいだろうか。
どこか大人の雰囲気も持っている。
特にその視線に、非常に強い力を感じるのだ。
今度は、オレが少し視線をそらしてしまう。
「うーん。やっぱりさ、オレの世界はこっちじゃないんだよ。最初は自分の世界から逃げてこっちに来たんだけど、でも……こっちにきたおかげで、元の世界もなんか好きになってきたんだ」
「…………」
しばらく考えてから、アズがペンを走らす。
〈わたしは、アウト様を縛ったりしません。何日かごとでもかまっていただければ充分です〉
「いや、でもね……それでも、アズと結婚はできない」
「――!」
アズのグレーの明眸がこぼれるのではないかと言うほど見開かれ、そしてすぐに涙を浮かべだす。
もうその泣き顔は、子供が泣きじゃくるような顔には見えない。
まさに「女」の泣き顔に見える。
おかげでオレは超大慌てだ。
「いや、ちょっと待って。つーか、アズのことは好きだよ。ものすごくかわいいとも思っている! いや、まじ!」
「…………」
「でもね、オレの世界の結婚は、20才からしかできないんだよ」
もちろん嘘だけど、正直なところオレはこれが精一杯だった。
ぶっちゃけアズはかわいいし、こんな子に好かれて嫌な人間なんていないだろう。
そして、将来は美人になる保証もある。
その美人度は、十文字女史を超えていると思う。
まさに、超一級の逸材。
そんな彼女をこっちにいられないオレがキープするとか、神に対する冒涜じゃないかとまで思う。
しかも、来た時に必ず会えるとは限らないのだ。
さらに、やはり年齢が離れている。
何年か経った時、たとえば久々にあったオレに幻滅するということもありえる。
そしてオレは何より、そのシーンを見たくないのだ。
がっかりされたくない。
「…………」
彼女がまだ書きたいようなので、電子ペーパーの消し方を教える。
するとすぐにまたペンを走らせる。
〈こちらの世界なら、15才で成人して結婚できます〉
「でも、20才で成人するオレの世界観からいうと、15才はまだまだ子供にしか見えないんだよ。子供と結婚するわけにはいかないだろう?」
〈それならば、二〇才まで待ちます〉
「オレが待てないで、その間に他の人と結婚してしまうかも知れないだろう?」
オレのその言葉を聞いた途端、彼女が首を傾げる。
そして上目づかいに少し考えてから、またペンを走らせる。
〈それがどうしたんですか?〉
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