第068話:ねっとりと白濁した汁を……

 彼女の不可思議そうな顔に、オレは戸惑った。


「……え? いや、あのさ。意味がわかっている?」


 またかわいく首を傾げる。

 すると今度は、何かに気がついたのか、はっとした顔を見せて微笑を見せる。


〈わたし、二番目の妻でもかまいませんよ? 一番目ではなくては嫌だなどとわがままは言いません〉


「…………え? 二番目!?」


〈はい。年齢的に離れていますから、三番目ぐらいでももちろんかまいません〉


 そこまで来て、やっと意味がわかった。

 そうなのだ。

 ここは異世界で、異世界と言えばお約束の制度があるではないか。


一夫多妻制ハーレム……)


 そう言えば、そんな男の夢もありました……。


「質問なんだけど、この世界の人は何人と結婚してもいいの?」


〈アウト様の世界は一人しか結婚できないのですか?〉


 反対に質問されて、オレは力強く首肯する。

 少なくても日本はそうだ。


〈そうですか。わたしの知る限り、男性も女性もお互いに納得すれば、何人と結婚してもかまいません。ただし、結婚後に別の婚姻を行うには、本人と配偶者全員の承認が必要です〉


「お、男だけではなく、女もなのか……。それってけっこう普通なの?」


〈庶民はあまり複数人としたりしません。養えませんし〉


「……そりゃそうか」


〈なので、士族、貴族、そして降神者エボケーターぐらいです。とくに降神者エボケーターは、ほぼたくさんの相手を持ちます〉


「エボ? なにそれ? モテるの?」


降神者エボケーターの優れた能力を子供に引き継げる可能性がありますし、降神者エボケーターの配偶者は優遇されることも多々あります〉


 と、そこまで書いてから少しくらい顔をする。


〈ただ、降神者エボケーターの中には配偶者を物のように扱う方もいるようですが〉


「つーか、ひでーな。なんでだよ……」


降神者エボケーター、つまり神から見たら、我々はつまらぬ存在なのかも知れません〉


「なんだ、それ! むかつくな!」


〈そうですね。でも、アウト様は違います。すごく、優しい方です〉


「つーか、オレ、そもそもその降神者エボケーターとかいうのじゃないし……」


〈もちろんです。アウト様は降神者エボケーターではなく、神の世界から来た神人しんじんです。格が違います〉


「……え? そうなの?」


〈はい。神人はほぼ伝説で、実際にいるというのも噂はあれど、実際には見つかっていないと思います〉


(……あれ? でも、キャラはたしか、他にもいるって……)


 オレはキャラとの会話を思いだす。

 確かにキャラは、別の異世界人と会ったと言っていたはずだ。


〈ともかく神人ともなれば、多くの者が妻になりたがるでしょう。もちろん、妻を何人とろうと何の問題もありません〉


「ま、まじか……」


〈アウト様は、わたしのことが嫌いですか? 大人になっても妻にできませんか?〉


 じっときれいなグレーがオレを射るように見つめた。

 おかげでオレは、つい本心をぶっちゃけてしまう。


「そんなわけないだろう! 大歓迎…………あっ!」


 慌てて口を押さえるが、もう遅い。

 これで完全に、アズにオレの本心がバレてしまったはずだ。

 なにしろ、アズが勝ち誇ったように笑みを見せている。

 これは子供の笑みではない。

 まさに大人の女の笑みだ。


「いや、まて。でも、やっぱりアズはオレにはもったいなさ過ぎて……」


〈神人様にもったいないなどというはずはありません〉


「うぐっ……」


〈それに、私と口づけの儀式も行いました〉


「そ、それは非常事態で……」


〈さらに見られました〉


「…………」


 顔を少し赤くしながらも、上目づかいで見つめてくる。

 予想外だった。

 まさか、ここで武器として使ってくるとは思わなかった。


〈わたしの見ましたよね?〉


「……な、なんのこと……」


〈わたし、医者でもない、旦那様になる方以外に見られたら、命を絶ちます〉


「ちょっ、ちょっと!」


 開きなおって、本当に必殺武器にしてきた。

 10才のくせに、なんでこんな「女」な戦い方をしてくるんだ……。

 アズ、恐ろしい子……。


「と、とりあえずだな、そのなんだ……いろいろと前向きには検討するので、せっかくの飯を食わないか?」


「…………」


 じっと、彼女は正面からオレを睨んでくる。

 その睨んだ顔もかわいいのだが、オレはその顔を見られずに顔を背けてしまう。


「…………」


「……ふぅ」


 少しの間を置いて、アズが小さくため息をもらした。

 そしてまたペンを動かす。


〈わかりました。とりあえず詳しい話は、ご飯の後にしましょう〉


「そ、そうだよね! よし、おいしい鍋を食べよう!」


 オレは話題をごまかすように、鍋の蓋を開けた。


「じゃーん。これが豆乳鍋だ! どうだ、うまそ…………あれ?」


 よく見ると、鍋の表面に白い膜のような物が、細かく浮いている。

 ねっとりしたそれは、灰汁を巻きこんでちょっと見た目がよろしくない。

 何だこれはとよく見れば、あれだ。

 ホットミルクの表面できるアレだ。

 湯葉みたいなやつである。

 豆乳をたぶん、早く入れすぎたのだ。

 沸騰させてしまい、固まってしまったのだろう。


「あ、そ、その……見た目は悪いけど、たぶん味に問題はないと思うよ?」


「…………」


 嫌な顔一つせず、アズは微笑してくれる。

 正直なところ、こんな娘、マジに嫁に欲しい。

 しかも、二号さんでも良いし、たまに逢いに来ればよいという、なんとも男のエゴ丸出しの好条件だ。

 なにか大事なことを忘れている気もしたが、オレはもう無駄な抵抗をやめることにしていた。


 ちなみに、「豆乳の投入タイミングをミスった」という駄洒落を言おうと思ったが、相手が十文字女史ではないので心中にとどめておいた……というのは、どうでもいい話かも知れない。

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