第069話:口いっぱいにほおばった。
鍋は、非常においしかった。
見た目は悪かったが、寒い中で食べる鍋料理の美味さは半端ではない。
豆乳風味の白湯スープが染みこんだ白菜は、いくらでも腹に入りそうだ。
さらに、レシピにあったとおり、鮭缶の汁まで入れたのが良かったのか、魚の出汁も利いている。
フーフーと冷ましながら飲んだスープが、喉を通り腹に落ちるまでの熱を感じる。
オレは、さらに
食べれば食べるほど、オレの体が温まっていくのがわかった。
アズも、ハフハフしながら食べる。
美少女のハフハフも、フーフーと同じようにかわいい。
甲乙つけがたい。
こっそり、スマホを向けてオレはその様子を録画しておいた。
自宅で鍋をする時に、テレビで再生しながら食べても良いかもしれないぐらいだ……と思ったが、ちょっと変態チックなので考え直した。
ちなみに、スプーンとフォークを持ってきておいたのだが、アズが途中で俺の使っている箸を見て、「使いたい」と言いだした。
もちろん、なかなか上手く使えずに苦労する。
しかし、その苦労することさえ楽しそうに、アズはニコニコとしながら食べていた。
どうやら、オレと一緒の物を使うことが嬉しいらしい。
(なんなんだ、このかわいい生き物は……)
その後、オレとアズは今後のことを相談していた。
オレが雪の問題を言うと、アズは魔法で何とかできると言う。
魔法すごい、さすが魔法だ。
ただ、まだ体力が戻っていないので、昼を過ぎてから出発することにした。
雪もだんだん弱くなっているので、突然吹雪いたりすることはなさそうだった。
それにアウトランナーならば、この雪原地帯を夜前には突破できるという。
それならば、まずはまったりとしながら、体力を温存しておこうと言うことになった。
「つーか、アズはよく誘拐されるな」
オレはアズと車内に入り、座ったままで寝袋やフトンを足にかけて座っていた。
もちろん、燃料の節約である。
アズの魔法でもなんとかなるらしいのだが、今はやはり病みあがりだ。
体力を温存させておきたい。
アズもオレの横にぴったりとくっついて座っている。
腕に当たる体が温かい。
「この前、誘拐されてまだ数週間じゃないか」
「……?」
どうやら数週間という言葉が伝わらなかったらしい。
月という考え方はあったが、週という考え方はないのかも知れない。
「いや。オレと前回会った時から、20日ぐらいしか経ってないんじゃなかった?」
「……?」
アズが首を捻ってから、電子ペーパーに手書きする。
〈アウト様とお別れしてから、もう3ヶ月は過ぎていますよ〉
「……へ?」
予想外の返答にオレは戸惑う。
……いや。
別に予想外と言うほどのものではなかった。
なんとなくわかってはいたのだ。
時間軸が違うと言うことは、俺が戻った時に時間がほとんど過ぎていない時点で予想はしていたのである。
だが、こちらの時間の流れが、一定なのかはわからない。
オレの世界よりこっちの世界が三倍早く流れているのか、それともたまたま三ヶ月後だったのか。
「……?」
「ああ、ごめん。……そうだな、アズにはちゃんと説明しておこうか」
オレはアズから、もう逃げるつもりはなかった。
それなら、アズに変な誤解を与えないようにしようと思い、オレは今の自分がどういう状態なのか、わかっていることを彼女に説明してみた。
彼女は黙ってうなずきながら、たまに質問を挟んで聞いてくれた。
けっこうわかりにくい話だと思うのだが、アズはやはり頭が良いのだろう。
しっかりと理解していることは、その質問が的確なのでまちがいなさそうだった。
〈アウト様。少し車を調べさせてもらってもよいですか?〉
もちろん、オレはかまわないと答えた。
すると彼女は車の床に手を当てた。
途端、彼女の体がほのかに緑に光りだす。
まるで全身、蓄光塗料でも塗っているかのようだった。
ほのかに光る美少女……眼福である。
オレは邪魔してはいけないと思いしばらくそのまま様子を見ていた。
「…………」
しばらくすると、彼女の光は消えた。
彼女が、訝しげにオレに視線を向ける。
〈この車、とんでもない魔術をかけられています。私ではとても解読できそうにありません〉
「なんか魔術がかかっているのは聞いていたけど……」
〈見たこともない術式ですが、作った方は天才だと思います〉
「……そんなにか」
〈それから、この車は周りから少しずつ魔力を吸収しています。わたしからも少しずつとられているようです〉
「……それ、体に悪かったりはしないのか?」
〈このぐらいなら別に。……なるほど、これはアウト様の
「コスモス? 魔力溜まり?」
〈はい。アウト様は魔力をほとんど持っていらっしゃいません。その代わりに、この車が指向性の強い魔力をたくさん蓄えているのです。アウト様が魔力を使いたい時に、この車から供給される仕組みなのでしょう〉
「なるほど。魔力タンクというわけか」
〈それから、アウト様はたぶん、世界だけではなく、時間も跳んでいらっしゃるのだと思います〉
「……だよなぁ、やっぱり」
〈なにを元にして跳んでいるのかわかりませんが、夢の話は気になります。わたし、そして他の方のところにも、ピンチの時にばかり現れる。それはアウト様の予想通り、夢で呼ばれているかも知れません〉
「うん、たぶんね。ただ、時間が関係ないなら、どーいう順番かはわからないけど……」
〈たまたまタイミングとかもあるのかもしれませんが……。それならば今回、3ヶ月程度でお会いできたのは幸運だったのかもしれません……〉
オレにとっては3週間だが、彼女にとっては3ヶ月。
彼女にとっては長い時間だったのかも知れない。
〈申し訳ございません、アウト様〉
突然、アズが深々と頭をさげた。
〈そんな事情があるとは知らず〉
「……なにが?」
〈そのような不安定な状況でしたら、こちらで結婚のことなど考えている余裕などなく、不安になるお気持ちもわかります〉
「アズ、別にお前が気にしなくても……」
〈いえ。わたしの考えが足りませんでした〉
「つーか、普通は思いもつかないだろ、こんな話は……」
〈しかも、3ヶ月も経ったから、きっともうアウト様はわたしなど、どうでもいいと思われている……などと、勝手に哀しんでおりました〉
「あ、あう……」
〈でも、アウト様はピンチに、颯爽と現れ、わたしを救ってくださいました〉
「……いや、颯爽とは……」
〈たとえ同じ時が過ごせなくとも、わたしはアウト様のものです。……いえ、もらってください〉
ウルウルとしたグレーの双眸で上目づかいに見つめられ、そのうえでしがみつくように洋服を握られる。
これで落ちない男は、男じゃないと思う。
「わかった、わかったから」
「――!」
「ただし!」
「……?」
「15才までは、このままで。15才になったら、婚約とか考えよう」
「…………」
〈なぜですか?〉
「さっき、アズも言っただろう。オレも今はそういうことを考えてられないって」
「…………」
「それにさ、やっぱりこういう約束は、大人になってからいろいろ事情もでるから、それまではゆっくりと考えてくれよ」
「…………」
「5年もすれば、きっとオレもこっちの世界になじんでいるかも知れないしさ。いろいろと往復の秘密もわかるかもしれない。そうしたら、結婚のことも考えられるようになるだろう?」
「…………」
アズはしばらく思案顔をした後、真摯な顔つきになってうなずいた。
どうやら、納得してくれたらしい。
こうしてオレは、結婚の約束の約束をしたのだった。
◆
昼。
オレたちは、鍋にインスタントラーメンを入れて食べてみた。
これも、なかなか美味だった。
ラーメンを食べるのは難しいのか、アズは苦戦していた。
それでも最後は、おいしそうに口いっぱいにほおばっていた。
その後、オレたちはアウトランナーで帰路を進むことにした。
まさかその帰路が、あそこに繋がることになるとも知らずに……。
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