sentence 4

第070話:そしてオレは、少女を連れ去った。

 オレは絶対、帰ったら【神寺かみでら みや】さんに自慢してやろうと思った。

 魔法ってすごいんだぞ、と。

 なにしろ、アズが唱えただけで目の前の雪が蒸発して消え、地面が顔をだし、あっという間に道ができたのだから。

 この力が合ったら、除雪車も必要ないし、屋根の雪下ろしで事故死などの痛ましい事件も起きないだろう。

 本当にすばらしい力なのだ。

 とはいえ、彼女の力は特別強いらしい。

 強すぎて、自分でコントロールしきれず、彼女は気楽に話すことさえできなくなってしまっている。

 もっと魔法をコントロールできるようになっていれば、こんなにたやすく誘拐されることもなかっただろう。

 しかし、うまく調整できない彼女は、下手に魔法をしようすると、相手を簡単に殺してしまうかもしれない。

 前に来た時、「光よ、壁になって守れ」と唱えただけで、彼女はあれだけ獰猛な魔獣を斃すことができた。

 人間なんか、簡単に消し飛んでしまうかもしれない。

 正直、アズを誘拐するような不埒ものは、殺されても仕方がないとは思う。

 しかし、だからと言ってアズに「っちゃえ!」などと言うことは、口が裂けても言えない。


(でもなあ、今回もかなりヤバかったみたいだし、なんか考えないといけないよなぁ……)


 雪の中で倒れた時、アズも死を覚悟したという。

 本当に助けられて良かったと思う。


「…………?」


 運転席で思いふけるオレの顔をアズが助手席から心配そうに覗きこんだ。

 オレは「なんでもない」と笑い、それからアウトランナーのアクセルを踏んだ。

 スタッドレスではないノーマルタイヤは、アズが作ってくれた土の道をしっかりと噛みしめて走っていた。



   ◆



 しばらく走ると、雪がほぼなくなっていた。

 ただ、周りは相変わらずの平原だった。

 所々に、大きな岩山があるが、それを避けるように遠回りしながら進む。


(つーか、雪がなくなってマジで助かったわ)


 元の世界に戻ったら、タイヤチェーンでも買っておくべきかなとも思うが、正直なところスペース的にそろそろ辛い。

 やはり、ルーフキャリアなどを載せるべきだろうか。

 だが先日、ルーフテントなる製品も見つけてしまった。

 なんと車の屋根の上に、ポップアップ式のテントができるという商品なのだ。

 睡眠スペースとしては非常に便利かも知れないが、この不用心な異世界では少し不安でもある。

 まあ、どちらにしても魔力が溜まるまで、あと1日ぐらいは必要なはずだ。


「――!」


 オレがいろいろと思考に囚われていた時だった。

 突然、アズがオレの肩をトントンと叩いた。

 そして、助手席側の窓の方を指さす。


「……なんだ?」


 オレは車を止めて、アズの指す景色を確認した。

 すると、そこには3匹の馬が見えた。

 その馬には、もちろん人が乗っている。


「ん? なんだ? ……あ、つーか、アズの知り合い?」


 アズは思いっきり頭を横にプルプルとふるった。

 そして眼窩に怖れを含んだ瞳で、騎乗している者たちを睨んでいる。


「……もしかして、あいつらが誘拐犯?」


「…………」


 アズは力強くうなずいた。


「そ、それは……逃げないとやばそうだな!」


 オレは、アクセルを開けた。

 そのオレの動きに気がついたのか、3騎ともにこちらへ向かって走りだす。

 もしかして、アズを追跡してきたのだろうか。

 それとも雪原を抜けるルートは実は限られていて、ずっと見張っていたとか?

 はたまた、ただの偶然というのもあるかもしれない。

 とにかく、騎乗している者達が危険な奴らで、こちらを狙っていることだけはまちがいないだろう。

 昨日からバッテリーを使っていたことと、やはり寒さが原因で早めにバッテリーが切れてエンジンがかかる。

 だが、今はパワーが欲しいからちょうど良い。

 エンジンを唸らせて走り抜ける。

 ただ、知らない道は怖い。

 馬は時速5、60キロぐらいだと聞いたことがある。

 まあ、それも条件が良ければだろう。

 それにそんなには長く持続できないはずだ。

 こちらが70キロもだせば、ついてこられないはずである。


(ふりきれるはず!)


 オレはそう計算して運転していた。

 だが、忘れていたのだ。

 ここは異世界。

 魔法がある世界なのだ。


「――うぎゃあ!」


 突然、目の前に火の玉が落下した。

 オレは、慌ててハンドルを切る。

 ちらっと見る、ルームミラー。

 さらにもう1つ、奴らの1人が炎の玉を頭上に掲げている。


「それ、やばい!」


 オレはハンドルを右に切る。

 運良く読みが当たる。

 うまいこと、炎の玉は地面に沈む。

 しかし、かなりヤバかった。

 ただ、奴らの目的は、アズの捕獲。

 こちらを殺すつもりはないはずだ。

 微妙に位置をずらして、撃っているのかも知れない。


(つーか、なんとか、ふりきらないと……)


 オレは道が悪い中、ぎりぎりまでスピードをあげる。

 かなり距離を離していける。

 平原はいつの間にか、木々と大きめの岩石が並ぶ景色が変わっていた。

 道が限られてしまい、真っ直ぐには進めない。

 だが、まだ時速60キロ以上は出せている。


「もう……追ってこないか?」


「…………」


 いつのまにか、後ろに馬の姿はなかった。

 かなり引き離したのだろう。

 これでやっと一安心。


 ……と思った、矢先だった。


 走り抜けた後ろの巨岩の影から、先ほどの誘拐犯達が突如、姿を見せたのだ。

 馬でしか通れないショートカットでもあったのだろうか。

 先回りこそ、ぎりぎりされなかったが、またすぐ後ろにつかれてしまう。


「しつけーな!」


 なんとかふりきりたいところだが、道が狭くてこれ以上は速度がでない。

 もしかしたら、オレたちはこの道にうまいこと追いこまれたのかも知れない。

 サイドミラーに赤い光が写る。

 たぶん、火の玉。

 避けるような道幅はない。

 万事休す。


「――光よ!」


 アズが言葉を放った。

 いつもの快感を伴うアズの声が脳髄まで響く。

 途端、彼女の体が光を放ち始める。

 そうだ。

 アズの魔法の壁なら、相手の攻撃を避けられるかも知れない。

 相手が止まってくれれば、光の壁で殺すこともないはず。


「――!?」


 だが、光の壁が作られることはなかった。

 なんとアズの光が、あっという間に失われていったのだ。

 もしかして、まだ体調が悪いせいだろうか?

 それとも、雪を溶かした時に力を使い切った?

 その答えを知る余裕などなかった。

 車内にまで、真っ赤な光が入りこむ。


「――死ぬううぅぅぅ……うっ!?」


 刹那、無音が世界を覆った。

 視界が真っ白に包まれた。

 すべての停止。


(こ、これは……!?)


 なんと、元界帰還シフトアップが起きたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る