第119話:最初から……
預言書に記載されていたのは、これから起こる出来事だった。
要約すれば、俺たちがいる街は、【
確か
なんで敵対しているのか、どのぐらい仲が悪いのかは知らないが、ともかく言葉も違うし、風習も違うという。
確かアズにこちらの世界の金貨をもらったときに、そのような説明を受けた。
まあそれはともかく、そこにドラゴン――正確には【ヴァドラ】という飛竜が攻めてくる。
姿を現すのは、これから30分後。いや、もう30分は切っているのだろう。
で、そのヴァドラは、何者かに操られて、なんか重要な任務中のキャラを狙っているらしい。
そしてキャラの目的地が、この、【
ただこの辺の説明が、なんかフワッとしか書いていなくてよくわからない。
そもそも、なんでただの配達員が重要な任務なんてこなそうとしているのか疑問だ。
キャラの正体は、なんかすごい奴だったりするのだろうか。
疑問は残るが、キャラが危険な状態であるということはまちがいないようだ。
それに転移した瞬間は慌てて忘れていたけど、夢でまた助けを求められていた気がする……が、正直、記憶は曖昧だ。
なにはともあれ、オレが助けに行かないと、キャラはヴァドラに殺されてしまうらしい。
では、すぐに助けに行けばいいのだが、そう簡単な話ではなかった。
これからすぐに助けに行った場合、俺はキャラをピックアップし、ヴァドラを撒いて安全に逃げ切れることができる。
だが、オレたちを見失ったヴァドラが、キャラの目的地だった【
見つからなかったキャラがここにいるはずだと、街ごと燃やしてしまえと言うことなのかもしれない。
もちろん、これだけ大きい都市が魔物対策していないわけはない。
本来ならば、街の周囲にある塔から、魔法のバリアみたいなのを発生させて魔物の侵入を防ぐようになっているらしい。
ところが、なぜかヴァドラが迫り来る方向のバリアの一部だけが発動しないのだ。
そして街にヴァドラが侵入し、最終的には討伐されるものの、その間に多くの犠牲者が出るというのだ。
キャラはその時、街にいないので安全なのだが、彼女は自分のせいだと嘆き悲しむことになる。
ならば、街の人にバリアの不具合(?)を知らせてから、キャラを助けに行けばどうなるかと言えば、結果的にキャラが街の手前、そしてオレの目の前で、ヴァドラの炎に焼かれて殺されてしまう。
助けに行くタイミングのタイムリミットオーバーというわけだ。
これは城の衛兵への説得に時間がかかってしまうためらしい。
いくら「神人の予言者だ」と叫んでもにわかに信じてもらえない。
さんざん説得を試みてあきらめかけたところに、地位があるらしい女性が現れて「神人である」と認めてくれたことで、やっと動いてくれるのだが、その後にキャラを助けに行っても時すでに遅しというわけである。
今回、提示されていた解決方法はその2つだけ。
両方ともハッピーエンドとは言いがたい。
そう言えば前回の預言書にも、本当のハッピーエンドは書かれておらず、結局は自分たちで探すことになった。
もしかしたら、この預言書に書かれているのは、失敗の記録なのかもしれない。
ちなみに前回の預言はもう読むことができない。
預言書には、今関係あることしか書かれていないのだ。
「ねぇ! ちゃんと答えて! ここはなんなの!?」
痺れを切らした希未がオレに詰めよる。
オレは預言書を読んだ後、無言で鍵をかけた箱からあるアイテムをとりだし、それを組み立てていた。
それは、逃げるための武器だ。
「だいたい、なんでそんなパチンコを作っているのよ!」
「パチンコではなくスリングショットと言ってくれ」
スリングショットは、競技や狩猟に使う、金属の玉を飛ばす強力なパチンコだ。
強力なゴムと、それを手首で支えるためのパーツがついている。
「そんなことはどうでもいいわ! いい加減、ちゃんと答えて!」
半分泣いて半分怒ったような、複雑な不安の表情。
それを見ると、本当に申し訳なく思う。
「ごめん、時間がないから手短に言うと、オレたちは異世界に来ているんだ」
「……現人、ふざけるのもいい加減にして!」
「信じられないのはわかるけど、異世界転移しているんだ」
「ラノベの読み過ぎなの!? そんなこと信じるわけないでしょ!」
「なら、この状況をどう説明するんだよ。オレは特定の条件でアウトランナーで寝ると、異世界転移できるんだ」
「バカ言わないで! そんな安易な異世界転移なんてある!? なんか死んで異世界転移とか、勇者として異世界から召喚されたりとか、そういうのでしょ! 寝たら異世界なんて馬鹿な話があったら、読者も怒るぞ!」
「いや。でも、そうなんで……」
「だいたい、異世界のわけないでしょ。さっきの街の人たち、日本語を話していたじゃない!」
「それは異世界に転移したとき、言葉を理解できるようになるらしくて……」
「ご都合主義! いくら、それがラノベのトレンドだからって、現実に言われたら納得できないからね!」
「ごもっとも……」
「まあ……いい、もういい。ここが異世界だとしましょう。それで現人はどんなチート能力を与えられたの?」
「チート能力って……まあ、特別な能力はなにもないんだけど……」
「そこはお約束じゃねぇのかよ!」
「どうでもいいけど、ラノベ詳しいな、おまえ。そう言えば、タイトルとかも詳しかったな」
「本当にどうでもいいでしょ、それ!」
「とにかく悪いんだけど、おまえはここで降りて待っててくれないか?」
「ちょっと! アタシをおいて帰る気!?」
「違う。まだすぐに帰れないんだよ。こっちの世界で数日、魔力を蓄えないと。それからこっちで何日過ごしても、戻るのは転移した日時だからその点は心配ないから」
「じゃあ、あたしをおいてどこにいくつもり?」
「これから少し危険なことをしなければならないんだ」
「危険なことって?」
「ある人を助けてドラゴンから逃げる」
「――!? 何言ってんの? チート能力とかないんでしょ!?」
「ないない。だから、アウトランナーで拾ったら、スピードに任せて逃げる。だから、しばらくここに隠れていてくれ」
「いやよ! こんな所に1人にされるぐらいなら、一緒に行くから!」
確かに不安なのはわかる。
見知らぬ異世界の林の中でひとりぼっちは寂しいだろう。
しかし、連れて行った方が危険なはずだ。
(そう言えば、預言書に希未のことは何も書かれていなかったな……)
これはどういうことだろうか。
希未の存在は今までの別の時間線(?)ではイレギュラーなのか、それとも大きな運命の流れに影響が出ないということなのか。
「そもそもなんで現人が、その人を助けなきゃいけないのよ! ほっとけばいいでしょ!」
「そうはいくか。今のオレがこうして社会人していられるのも、そいつのおかげなんだ。恩人なんだよ」
「社会人? よくわからないけど、命がけで助けるほど大事な人なの? アタシと一緒に安全な所まで逃げてしまった方が――」
「悪いけど、簡単に逃げるのはなしにしたんだ!」
オレは希未の言葉を遮った。
「オレだって深い考えがあるわけじゃないけど、逃げるのはやることやってダメだったときだけだ」
そうだ。
助けたいと思っているのに、まだ希望があるのに、面倒だから、困るから、嫌だから、怖いから……そんな理由で簡単に逃げだすことはしないと決めた。
少しでも希望があれば、運命が変えられるとアズやミヤが教えてくれた。
それに挑戦していくことが「成長」であると、怪我をしても歩き続けようとしたキャラが教えてくれた。
「つーか、ともかく時間がない! 降りないなら悪いけどつきあってもらうぞ!」
「わ、わかった! 異世界というのもドラゴンがいるというのも、なんかピンとこないけど……もしかしたら……」
先ほどまでの困惑と違う色に、希未の瞳が染まった気がした。
双眸を見開き、口角が少しあがっている気がする。
なにか少しワクワクしているように見える。
(理解……できるわけないか。実感、まだないんだろうな。ともかく、なんとか彼女だけでも無事に帰さないと……。つーか、オレが生きていないと彼女も帰せないんだった!)
オレは希未を載せたまま、また車を走らせた。
そして来た道を戻り始める。
目指すは都市の中心あたり。
路面状態の悪い道をできるだけスピードを上げて走り抜ける。
(ガソリンは平気だな。アクアラインに乗る前に満タンにして、本当によかった!)
今回は異世界に来るつもりはなかったので、ガソリンのことはあまり気にしていなかった。
たまたま手前で満タンにしたから良かったものの、ガソリンを入れてなければ異世界で身動きがとれなくなっていたかもしれない。
(問題は食糧とかだな。異世界車中泊の予定はなかったから、食べ物は入っていない。調味料と少し買いだめしていたジュースやジンジャーエールとか、水のペットボトルが少し)
あとはいつもの調理器具や道具と、電気屋さんで買ってそのまま積みっぱなしの調理家電が少しあるだけ。
(あとの持ち物は、スリングショットで撃つ弾が5つか……)
調理器具は武器にならない。
前にフライパンで戦おうとしたことがあったけど、もちろんそんなのは無理である。
そもそも普通に剣とか持っていたとしても、そんなもの扱う技術がない。
この状態で、どうやってドラゴンから街の人やキャラを助ければいいんだろうか。
(たぶん、預言書にないパターンをやらないといけない。下手するとどっちつかずになるかもしれないけど)
深く考える余裕はなかった。
だから、作戦と呼べるようなものではなかった。
そもそも、そういう難しい事を考えるのは苦手なのだ。
当たって砕けろ……いや、砕けたくはないけど。
(もうこうなれば、やれることをアクセル全開でやってやる!)
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