第120話:フルスロットル。

「で、結局、どーすんの?」


 人を避けながら、街の中央近くまで車を飛ばす。

 わざと派手にクラクションを鳴らしながらだ。


「街の結界が壊れているのを説明していたら助けられないんでしょ?」


 前後左右に揺れる身体を手で突っ張りながら、希未がこちらを睨むように見つめている気がする。

 ぶっちゃけ視線は感じるが、そんなよそ見はしていられない。

 オレは正面を見ながら、大きな声で答えた。


「おお! だから、説得はあきらめた!」


「あきらめたって……なら何しに行くの!?」


「とりあえず、知らせるだけ知らせる!」


「え? それってどういう……きゃっ!」


 アウトランナーが大きく上下に揺れた。

 砂埃舞う地面から、石畳の地面に変わった、つまり町の中央エリアに入ったのだ。


「とりあえず、中央通りっぽいところを目指す!」


「……ちょっと待って。あんた、もしかしてほぼノープランなんじゃ……


「オレが細かいプランを考えられる人間だと思ってんのか!?」


「思ってない! 思ってないけど、そんな逆ギレされても……」


 クラクションを鳴らしまくりながら、左右に分かれていく人波の間を走り抜けた。

 これ、絶対に日本でやったら捕まるな。

 暴走族というより、意識を半分失ってアクセル踏みっぱなしで歩道に突っこんでしまっているヤバイ人みたいである。


 そしてやっとオレは、目指していた大通りにぶつかる。


 右手奥には、城の正面門みたいなのが見える。

 そして左手の方には、例の街を囲む巨塔が佇んでいた。


 遠近感が狂ってよくわからないが、たぶん塔よりは城に近い場所にいるだろう。

 本当はもっと城に近い場所まで行きたかったが、これ以上は時間をかけられないし、下手に城の近くまで行くと城の衛兵とかに捕まってしまうかもしれない。

 何しろこれからやるのは、下手すればさらなる迷惑行為だからだ。


 オレは車を止めて、すばやく外にでて運転席の横に建った。

 そして、遠巻きにこちらをうかがう、この国の人々の顔をざっと見わたした。


 さっきも思ったが、本当にいろいろな人種がいることがわかる。

 キャラみたいに動物の特徴を持つ者たち。

 髪の色が緑とかオレンジ色をした者たち。

 巨体もいれば、イメージ的にドワーフみたいな者たちもいる。

 そんな異世界人満載のアウェーの中で、オレは今までだしたこともないような大声を絞りだす。


「聞け、この国の者たちよ! 我こそは、神人の予言者アウトである!」


 自分で名のっていてなんだが、非常に恥ずかしい。

 だが、照れている場合ではない。

 胸を張り、自信満々で話す必要がある。


「これは予言である! もうすぐ西の空から恐ろしいドラゴン【ヴァドラ】がこの地を襲いに来るだろう!」


 その言葉で周囲のざわめきの色が変わる。

 こちらを訝しむ色から、恐怖や困惑の色に。


 だが、それはまたすぐに別の色に変わる。

 あちこちから「そんなの魔防壁があるから大丈夫」みたいな声があがったせいだ。

 そうだ、大丈夫だと安堵の色が混ざる。


 だからオレは、その言葉を遮るように、またクラクションを短く何度か鳴らした。


「そのよりどころたる魔防壁は、西の塔に問題があり、その部分だけ発動しない! よいか! 誰でもいいから、今すぐにこのことを城に伝えるのだ! そうしなければ、この国の者たちの多くが死ぬことになるだろう!」


 また大きなざわめきが上がる。

 声の中には、まだまだオレの言葉を信じないという言葉も聞こえた。


 そりゃそうだろう。

 こんなことを言っても、簡単に信じられるわけがない。

 オレだって未だに、自分が言っていることに半信半疑だ。

 だからと言って、説得をしている暇はない。


「我が予言は確かに伝えたぞ! 我は今からヴァドラの元に行き、できるだけ時間を稼ぐ。その間になんとしても魔防壁を復活させるのだ!」


 よし。これでいい。

 とりあえず義理として、伝えるだけは伝えた。

 これで助かるのかどうかわからんが、オレにとってみれば知らない人々よりもキャラのが大事なのだ。

 キャラが目の前で殺されるのを見るなど、とても耐えられない。

 だから、もうすぐにキャラの場所に向かわないと――


「ちょっと待て! あんた本当に神人か!?」


 ――と思っていたら、なんかどこからかひときわ大きな疑いの声が上がった。


「神人ならすごい力があると聞いたぞ! ヴァドラぐらい斃せるはずだろう!」


「うぐっ……」


 そう来たか。

 その返しは考えていなかった。

 確かにオレとは別にいるらしい神人は、めちゃくちゃ強いと聞いている。

 ならば「同じ神人なら強いはず」と思われても仕方がない。


「そ、それは……」


 なにか言わなければ。

 言わなければならないのだが……何も思いつかない。

 これはヤバイ。

 神人などと言わなければよかっただろうか。

 でも、神人と言わないで、単に予言者と言っても誰も信じてくれないだろう。


「そのあんたが乗ってきた黒い魔法兵器っぽいので、斃せるのではないのか!?」


 魔法兵器ってアウトランナーのことか。

 魔法生物になったり、蒸気機関車になったり、忙しいことだ。

 というか、この世界の人々の知識レベルとかは、わりとバラバラなのかもしれない。

 今まで「魔法兵器」という言葉は聞いたことがなかった。


「つ、つーか、こ、これはアウトランナーと言って、その……」


 名前を言っても仕方ないが説明のしようがない。

 アウトランナーには光のビームを撃ったり、火焔の魔法を放ったりする機能はないのだ。


「同じ神人と言っても違うのです!」


 パニクっているオレの代わりに、大きな声でそう叫んだのは、助手席から降りた希未だった。

 彼女はオレよりも通る声でさらに続ける。


「こちらにいるアウト様は、神人の中でも、戦闘力ではなく予言に対して大きな力をもつ方なのです! 戦う力はあまりありませんが、彼の予言は絶対にハズレないのです!」


(え? そうだったの?)


 あ、いや違う。

 もちろん、希未の狂言だ。

 その証拠に、希未が此方を向いてニヤリとしてみせる。


(つーか、事情もよくわからないのに、よくそんな嘘が思いつくな……)


 などと感心している暇はない。

 オレもそれに乗らなくてはならない。


「その通りだ! 我は偉大な神人の予言者! 我の神人としての力は、すべて予言に使われているのだ! だが、それでもヴァドラの気を引くことぐらいはできる! 時間稼ぎをするから、皆頼んだぞ!」


 オレはそう最後に叫ぶと、希未とアイコンタクトをとって急いで車に乗りこんだ。


「どう? なかなかだったでしょ?」


 車に乗りこんでドアを閉めた途端、鼻を鳴らすように希未が自慢する。

 だが、確かにオレにしたら感謝しかない。


「まじ助かった! サンキュ!」


「いいってことよ。これでアタシも、もしかしたら異世界で役割ができたかもしれないし……」


「ん? どういうこと?」


「かわりばえのない、幸せが感じられない毎日にさよならできるかもしれないってこと」


「なんだ、それ……」


「いいから! とにかく急ぐんでしょ!」


「おお、そうだった!」


 オレは希未のよくわからない言葉にとまどいながらも、西の塔の方向にアウトランナーを走らせた。

 あの向こうに、ずっと会いたかった【キャラ】がいるはずなのだ。

 そして彼女は今、きっと助けを求めている。


(今、行くからな、キャラ……)


 オレはこの時、キャラを助けることしか、もう考えていなかった。

 だから、少し離れた屋根の上から、じっとこちらを見ている、白い鎧の女性と、黒い装束の女性がいることなど、気がつくはずもなかったのである。



§



「あれ、『自動車』とかいうやつではないか?」


「ええ。やたらと複雑な魔術マジア魔法マギアがかけてあるみたいだけど、一緒にの術も刻まれてる。あの神人と名のった男も、ご主人様の世界の人間でまちがいないわね」


「ふむ。ならばさっきの言葉、本当かもしれないな」


「そうね。聖典巫女オラクル・シビュラの結界が不具合をおこすなんてありえないから、何者かの仕業でしょうけど」


「まさか【魔封宝珠マナオン】がらみか? そうなると彼女が心配だな」


「確かに可能性はあるわ。ファイ、あなたから正騎士ラロルにでも伝えれば、塔の方は動いてくれるでしょ」


「うむ。西の塔にまだ敵がいるかもしれんから、第二聖典神国ツアス・セイクリッダム英雄騎士ヴァロルに動いてもらうことにしよう。で、クシィ。あれは追えるのか?」


「当たり前でしょ。もう印はつけておいたわ。といっても、直接印をつけようとしたら、あの自動車に魔力を吸われちゃったから、符に追跡させているだけだけど」


「そうか。追えるならよい。では、早々に動くとしよう」

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