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第121話:キャラと合流して……
預言書によれば、ヴァドラは西から来るという。
だからオレは、方位磁石が告げる西に向かって走っている。
東西南北も地球と同じなのかと、前にも疑問に思ったが、この世界はわりと地球に近いらしい。
というかほぼ一緒なのではないだろうか。
なんか月日の数え方も、1日が24時間なのも一緒なのだ。
ただ、元は日時や距離も別の数え方をしていたらしい。
ところが、「神の世界から魂だけが転生してきた」という【
ちなみに神人は珍しいが、
なぜそんなことを知っているかといえば、アズがオレの世界に来たときに説明してくれたからだ。
ただ、オレはその時は「時間とか方角とか同じなのは便利だからいいか」とか、かるく流して聞いていた。
ぶっちゃけ、今まで頭の隅で記憶をしまいこんでいた。
でも、よくよく考えると、それってオレたちの世界から転生している人がたくさんいるということになるわけだ。
それってとんでもないことじゃないか。
さらに神人ほどではないにしろ、
それはなんとも羨ましい話だ。
オレだって、そんなチートな感じの能力が欲しかった。
そうすれば、遠方の空に見えた黒い影の魔物なんて、かっこよく斃してやるところなのに。
だが、「異世界」という「現実」は、オレの力も境遇もお構いなしで押しつけるように迫ってくる。
「あれが……ドラゴン?」
俺は車を止めて、窓から上半身をのりだす。
一瞬、突風が吹いて目を細めるが、そのままなんとか空を見た。
希未も助手席から同じように、あれを見ている。
「なんか想像と違う……」
それは同意だ。
オレが見たことがあるドラゴンは、アズの村を襲いに来た脳まで筋肉みたいな男が、馬のように乗っていたやつだ。
ドラゴンと言うより、ワイバーンというイメージ。
しかし今、遠くの空で羽を広げているドラゴンは、細かいところはわからないにしろ、明らかに形が違う。
(しかも、ぜってーデカいぞ、あれ……)
遠近感がうまくとれずにはっきりしないが、その存在感は半端ない。
たぶん、アフリカ象の数倍は大きい気がする。
それにアズの村で見たドラゴンは、2足で立つ鳥のような形をしていたが、こちらに向かっているのは4足のようだ。
恐竜で言えば、プロントザウルスだったか。
4足で巨体を支える首長竜。
それにとんでもなく大きな翼が生えた感じだ。
ただ、いくらは翼が大きくとも、なんであれで飛べるんだか理解できない。
前後のバランスも悪そうだし、そもそもほとんど翼を動かしていない。
たまに動かしては滑空でもしているかのようだ。
その重そうでどうして空中にいるのかわからないような姿なのに、身軽そうに身体をひるがえしながら、ある地点を見まわすように、その一帯を周回している。
ふと、ヴァドラがその場で滞空を始めた。
そして長い首を振りあげる。
「ねえ! あれ!」
希未が地面を指さした。
開けた平原を走る、ひとつの影が見えた。
それはたぶん、背後の林の影から飛びだしてきたのだろう。
一直線でこちらに向かって走ってきている。
「――走るぞ!」
オレはそう叫ぶと、椅子に座りなおしてアクセルを踏みこむ。
まだ遠いため、その姿は「人らしい」ということぐらいしかわからない。
だが、まちがいない。
オレは確信した。
(――キャラ!)
その瞬間、ヴァドラの首が大きく下にふられて、その口から炎の玉が吐きだされた。
それは高速落下して、キャラが隠れていたであろう林を一瞬で消し飛ばす。
たぶん、キャラはその攻撃を察知して、迅速にその場から飛びだしたのだろう。
爆風を背中から受けながらも、キャラはなんとか走り続けている。
普通なら、あの炎の玉の爆発から逃げることなどできなかったタイミングだった。
だが、キャラの走る速度は、遠目で見てもわかるぐらい速い。
とても人間のだせる速度ではない。
最初に会ったときのことを思いだす。
アウトランナーに追いつくぐらい速いコモドオオトカゲの怪物に追いかけられたときも、キャラはしばらく逃げ切っていた。
(けど、間にあうか!? つーか、間に合わせる!)
前方から荒々しく粉塵をまとわせながら吹き付ける暴風に飛びこみながらも、さらにアクセルを踏みこむ足から力を抜かない。
ここまできて間にあわなかったなんてありえない。
なんとしても助ける。
(だが、どうする!?)
もちろん、ノープランだ。
オレにそんな作戦を考える頭の良さはない。
それに考えている余裕などもうなかった。
キャラを見つけたヴァドラは、獲物を狩るために急降下始めていた。
いくらキャラが速く走ろうと、あれから逃げるのは困難だろう。
「ねぇ! あれ、ヤバいよ!」
「わかってる!」
だからと言って、オレは魔法攻撃なんてできないし、アウトランナーにミサイルを積んでいるわけでもない。
できることは、ひとつ。
オレは、ハンドルの中央を思いっきり押しこんだ。
響きわたる機械音。
その聞き慣れない音に、ヴァドラが巨大な翼を羽ばたかせて急降下をとめて、警戒するように一度かるく上昇する。
(やっぱり困った時のクラクション!)
元の世界だと一度もならしたことがないが、異世界では本当に多用していると思う。
「キャラ!」
キャラの姿を確認できたところで、オレは窓から大声を出す。
それが聞こえたのか、わからないがキャラが全速力でこちらに走ってくる。
オレは急ブレーキをかけるが、道が荒れているせいか少し車が揺れてスリップする。
それでも
舗装されていない道は本当に怖い。
こんな所で、いきなり窪みがあってタイヤがはまったりしたら一環のお終いである。
オレは冷や汗を掻きながらも、シートベルトをはずして車から飛びでる。
その手には、スリングショットと特製のピンポン球ぐらいの弾を握っている。
「キャラ! 早く後部座席に乗れ!」
「やっぱり、アウト!?」
オレは運転席の後ろのドアを開けて、キャラを急かす。
大丈夫だ。
これなら、キャラをアウトランナーに回収することはできるだろう。
しかし、珍妙な乱入者を警戒していたヴァドラも、また動き始める。
いくらアウトランナーでも、あいつから逃げ切ることはできそうにない。
「こんちくしょう!」
オレは左手にスリングショットを構えると、ゴムに弾を引っかけて思いっきり引く。
もちろん、これであの魔物を斃せるなんて欠片も思っていない。
(だが、時間を稼ぐことはできる……よな? 弱い魔物なら追い払える力があるけど、強い魔物にはあまり効かないと言っていたけど……。ああ、もう、ままよ!)
目の前にキャラが来る。
ミューとは違う、まだ幼さが残る面は、出会ったばかりの彼女を思いだす。
「早く乗れ!」
懐かしさを噛みしめたいがそれは後。
キャラもなにか言いたそうだが、それを口にせずに車に載った。
オレも早くアウトランナーの中に入りたい。
逃げ隠れたい。
だが、そうすればまちがいなく全滅する。
迫り来る巨体が、それをオレに予感させてくる。
(なら、逃げる選択肢はなしだ!)
オレはむしろアウトランダーから少し離れる。
「――アウト!?」
キャラの叫ぶ声が聞こえるが、オレは「乗ってろ!」と叫ぶ。
(こぇ……)
怖い。たぶん、今までで一番怖い。
今までも怖い目に遭ってきたが、今はもう目の前に「死」という文字しか見えない気がする。
黒い塊が、鋭い牙をこちらに向けて迫ってくる。
(練習はしたけど……迫ってくる敵にはぶつけ本番)
失敗したら死ぬ。
そう考えると、手が震えてしまう。
だから、先のことは考えない。
それはオレの得意技のはずだろう。
距離はギリギリ届くであろうタイミングで放つ。
「頼む!」
その時、オレは何に頼んだのだろうか。
だが、その頼まれた相手は望みを叶えてくれたらしい。
ピンポン球のような弾は、敵の額に見事に当たる。
そして弾け、液体が飛び散る。
ヴァドラが野太い呻きをあげて、その巨躯をねじれさせる。
ヴァドラは咄嗟に制動をかけて速度を殺すと、苦しげに長い首をふりながら上空に戻っていく。
オレはその動きを目で追いながらも、速攻でアウトランナーへ走って逃げる。
(成功! しかし、原液直接はかなり効果があるんだな……)
薄いプラスチックで作った空洞の弾。
友達に3Dプリンターで作ってもらった。
その中に、アズからもらった魔物よけの薬を原液のまま入れておいた。
この原液は、水で薄めて地面に撒いて、魔物が寄りつかないようにして使う物だ。
キャラも初めて会ったときに使っていた。
しかし、非常用の武器として用意した弾の中にいれるのは、それでは弱いだろうと思って、もったいないが薄めずに入れておいたのだ。
それを直接、顔にかけたのだから、弱い魔物なら死んでもおかしくないのではないかと思う。
だが、ヴァドラは苦しみながらも上空に飛んだままである。
効いてはいるものの大ダメージとはいかなかったのだろう。
それはある意味で、オレにとってはラッキーな部分もあった。
大ダメージとなって、そのまま落下してきたら、下手すればオレは潰されて死んでいたかもしれないからだ。
「今の内に逃げるぞ!」
オレはアウトランナーに乗りこむと、シートベルトも締めずに走りだし、ハンドルを大きく切ってUターンした。
「逃げるって街に!?」
「それしかないだろう!」
希未の問いについ口調荒く答えてしまう。
「でも、街の結界は大丈夫なの!?」
「知らん! さっき教えたから復活していることを祈るしか!」
「北の方に森があったみたいだけど、その中に入ったら撒けない!?」
「そもそも、森の中に入れるかどうかの方が問題だ!」
「それに――」
キャラが何か言おうとすると、それを遮るように、ヴァドラの雄叫びが上がる。
オレは思わず身体をブルッと震わせた。
横を見ると、希未も自分を抱くように両手を肩に当てている。
「――それに、もう復活している。見失ってくれていればよかったけど、もう無理」
そのキャラの言葉には悲愴感が漂っている。
いや、あきらめたような声だ。
「助けてくれてありがとうにゃぴょん。あたしが降り――」
「バカ言うなよ!」
オレは大きな声で遮った。
異世界に再び来たいと思ったのは、キャラに伝えたいことがあったからだ。
今ではそれだけではないけど、オレには一番大切な、この世界でやりたいことだった。
オレはまだまだダメダメで、いい加減で、カッコイイ台詞も言えないバカだけど、そんなバカなことだけは言わないし、言わせない。
「余計なこと言うと、舌噛むぞ!」
「で、でも現人……これヤバイ……」
希未が後ろを見ながら、泣きそうな声をだす。
たぶん、まだヴァドラは少し離れている。
でも、その迫り来る姿は、オレがさっき感じたように希未にも「死」というものを感じさせているのだろう。
それは背後を見ていないオレにもわかる。
殺気とか感じられる特技などないが、今は背後に迫る恐怖をひしひしとオレも感じていた。
たぶん、このままだと街まで辿りつけないだろう。
(くそっ! なんとか……なんとかならないのか!?)
激しく揺れる車体をなんとか抑えながら、スピードの恐怖と背後の恐怖を天秤にかけてアクセルペダルを踏みこむ。
「ヤバイって……や、やっぱりさ……」
「――あっ!」
希未の声を遮って、唐突にキャラがフロントガラスの先を指さした。
「――えっ!?」
オレはその指先が示す先を見て驚く。
そこには白い軽装の鎧を着けた、金髪の女性がそこに立っていたのである。
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