第122話:2人の勇者と出会った。
「にゃぴょん! ファイ!」
「ファイ!? 知り合いか!」
運転席と助手席席の間から顔をだしたキャラの顔をちらっと見る。
その一瞬だけで、キャラの顔に明るさが戻っていることがわかる。
「うん! もう大丈夫!」
力強いキャラの言葉と同時に、ファイと呼ばれた女性が左腕を横にあげると、自分の背後を指さす。
それはきっと、「行け」というジェスチャー。
白……というより白銀かもしれないが、篭手、胸当て、腰当て、脛当てを着けている。
重装備という感じではなく、むしろ軽装に見える。
それに銀色らしい髪飾りをつけた金髪が、長くたなびいていた。
その姿は、美しいのに雄々しい。
されどとても、あの巨大なドラゴンと戦えるようには見えない。
しかし、彼女は戦う意志を見せるように、腰に下げていた刀を抜く。
(刀……日本刀!?)
まだ遠いからわからないが、それはどう見ても日本刀に見えた。
いわゆるファンタジーゲームに出てくる両刃の剣ではない。
なんで日本刀なのだろうか。
まあ、なんであれだ、そんなもので、あの巨大なドラゴンを斃せるとは思えない。
「彼女、戦う気か!? 死ぬぞ!」
「大丈夫! ファイは強いから、そのまま走って! むしろ邪魔になる」
キャラにそう言われれば信じるしかない。
オレはそのままアウトランナーを走らせて、ファイという女性の横を走り抜ける。
そして、サイドミラーに映る彼女を見た。
本当に大丈夫なのか、オレは彼女を見殺しにしてしまったのではないか。
そう思った刹那、彼女の姿がサイドミラーから突然消えた。
かと思うと、ヴァドラの叫びが上がる。
(なっ……なにがあった!?)
「やっぱりクシィも来てくれていた!」
キャラがまた前を見て喜々として叫んだ。
視線を前に戻すと、今度は黒いドレスのような服とマントをつけた、黒髪の女性が立っていたのだ。
先ほどのファイが戦士ならは、クシィと呼ばれた黒づくめの彼女は魔法使い然としている。
その左手には、長いクネクネとした杖を持っていた。
そして右手は、こちらに向けて掌を向けている。
「あれ、止まれっていうことか?」
「きっとそう! アウト、クシィのところで止まって」
言われるままにブレーキをかける。
だが、クシィという女性のかなり後方でやっと止まることができた。
ちょっと離れすぎたかと思っていると、ヴァドラの雄叫びが上がる。
ドアを開けて、オレは後ろの上空を眺めた。
そこには、ヴァドラがまさに口から炎を出そうとしていた。
「うわっ!」
慌ててドアを閉めるが、それでどうにかなるわけがない。
(死ぬ!?)
そう思った瞬間だった。
一瞬で、大地から氷の壁が斜めに立ちあがった。
激しい衝撃音と連続する爆音。
音だけ聞けば、このあたり周辺を吹き飛ばして焼け爛れた大地にしてもおかしくない迫力だった。
でも、4~5階ほどのビルを思わす巨大な氷の壁は、恐ろしい炎の玉を受けとめ、その爆発をも耐えてなお、ヒビひとつなくそそり立っている。
「な、なにが……」
――コンコンッ
すぐ横のガラス窓から伝わるノック音。
クシィと呼ばれた女性がいつの間かすぐ近くに立っていた。
オレはパワーウインドウのボタンを押しこんで、すぐに窓を開ける。
「あ、あの――」
「大人しく中にいなさいな、神人さん。なんかこの車、なかなかヤバイ代物みたいだから、中の方が安全みたいだしね」
そう言ってウインクした彼女の顔は、驚いたことに非常に若い。
たぶん、イメージ的には高校生ぐらいじゃないだろうか。
ただそれなのに、十文字女史のような、大人っぽい雰囲気も醸している。
オレよりもよっぽど、大人の魅力に包まれている気がする。
「クシィ! 助けに来てくれたのか!」
キャラが後部座席から身を乗りだした。
「当たり前でしょ。そこにいなさい。あたしたちが守るわ」
それに、親しみのわく優しい笑顔でクシィが応じた。
2人は、かなり仲がよく見える。
少なくと、キャラはクシィ、そしてもう1人のファイという2人の女性を心から信じているように見えた。
「しかし、仕留め損ねるなんて……」
十分に豊満な胸の前で両腕を組みながら、クシィは白い鎧のファイのいる方を見つめる。
その少しだけつり上がった眉の表情が、また十文字女史を思い起こさせる。
あれだ。女史がオレにお小言を言うときの表情だ。
――ファイ、あんた逃したわね。
「――!?」
それは唐突だった。
いきなり、オレの頭の中に声が響いた。
音がしたわけではないのに、その声がクシィという隣の女性のものだとオレは確信する。
今までいろいろと不思議なことを体験したつもりだったが、これほど不思議に感じたことはないかもしれない。
耳から音が入っていないのに、
――仕方あるまい。相手は空を飛ぶ上に、
今度は、あのファイという女性の声も頭の中に響いてきた。
声を聞いたこともない相手なのに、オレはなぜかまた、そう確信した。
(なんだ、これ……)
困惑をするオレをよそに、頭の中の音なき会話が進んでいく。
――まあ、確かに
――ほう。言ってくれる。ならば、クシィ。お主が仕留めてみせよ。
――もちろん。見てなさい。
そういうとクシィは、杖を上空から迫ってこようとしているヴァドラに向ける。
「
大地にそそり立ち、ヴァドラの炎の玉を受けとめた氷の壁が、まるで削られるようにいくつもの細長い槍と化していく。
かと思うと、それはすさまじい速度で、ヴァドラに向かって襲いかかっていった。
このまま行けば、ヴァドラは針の山のようになり息絶えることになるだろう。
だが、そうはならなかった。
氷の槍は、雄叫びを上げたヴァドラの目の前で、次々と粉砕されていったのだ。
まるでそれは、氷でできた花火のようにも見え、オレは場違いにもそれをきれいだと思ってしまう。
わかっている。
そんな呑気なことを言っている場合じゃない。
オレにもわかるが、あれはヴァドラに攻撃が通じなかったということなのだろう。
「生意気に、【
クシィがその柳眉を苦渋に歪ませる。
すると、いつの間にかすぐ側に来ていたファイが、その彼女に向かって豪快に笑う。
「あっははは! 大見得切ってそれか!」
「くっ。うるさいわね。ヴァドラの情報なんて大してないんだからしかたないでしょ! 有声詠唱に反応するなんて」
「最初から無声詠唱すればよいものを獣だと舐めてかかるからだ。あれは上位ドラゴンの一種。
「はいはい、そうね。それはそうとして、さすがに単純攻撃じゃ、魔術は通りにくいわね」
「確か
「だからと言って、このまま尻尾を巻いて逃げたら、あいつ……ご主人様に何を言われるか」
「うむ。確かに。我らがご主人様は厳しいからな。とんでもない修行という名のしごきが待っているであろう」
「冗談じゃないわね。……しかたない、
「うむ。合わせるしかなさそうだしな」
2人は会話を終えると、そろって空中で静止してこちらをうかがうヴァドラの方を向いた。
あの巨大なドラゴンを相手に、2人の緊張感はそこまで強くないように見える。
苦戦しているようなことを言っていたが、本気で困った感じは受けとけない。
どう斃すかを相談しているだけ。
会話がなんというか、妙に軽い。
あの2人の中に「負ける」という結果は、存在していないように見える。
どうしてだろう。
あんな魔物を相手にして、こんなに堂々としているなんて。
あまりのかっこよさに見とれてしまう。
(つーか、何をオレは場違いなことを!?)
オレは余計な思考を頭から追いだした。
とたん、また頭に声が……というより音が響く。
――δμστχκ……
何を言っているか、今度は聞き取れない。
クシィの声が音として一瞬で流れていったことだけがわかったぐらいだ。
だが、その音――たぶん呪文が、何を生みだしたのかはすぐにわかった。
ファイのもっていた日本刀に刃に放電が始まっていた。
そしてそれは、数多のバチバチという音を繰りかえすと、まばゆいばかりの光となる。
途中から直視できないほどの光量となるが、オレにはまるで雷が刃に宿ったかのように見えていた。
「ゆくぞ!」
ファイが走って跳びあがる。
もちろん、上空でこちらを警戒しているヴァドラのところまで届くわけがない。
だが同時に、頭の中に聞き取れない呪文がクシィの声で流れていた。
その呪文の効果なのか、跳びあがったファイの周りに突風が噴きあがる。
ファイの身体がはるか上空まで一気に上昇する。
その速度はすさまじく、ヴァドラも一瞬、反応できなかった。
「――せぃ!」
ファイが件をふりおろすと、それは巨大な雷の刃となってヴァドラを襲う。
だが、ヴァドラの動きは速かった。
そのままならば真っ二つになるところだが、すばやく身体を横に反らす。
しかし、捌ききれない。
雷鳴轟く刃は翼を捉えた。
ヴァドラから悲鳴が上がる。
その右の翼が途中まで斬り裂かれていた。
斬り口は雷の放電が走り、さらに段目を焦がしている。
――硬い! 斬り落としきれな……まずい!
ヴァドラの凶悪な牙が並ぶ口が大きく開いている。
そしてその前には、光り輝くような不思議な巨大な模様があり、その中心に先ほどよりも大きな炎の玉が存在していた。
――避けなさい、ファイ!
――しかしおまえたちが!
――任せて!
ファイが空中を蹴って横に飛ぶ。
どういう理屈かわからないが、良くアニメとかであるような不思議な動きだ。
(かっけー! あんなことが本当にできるんだ!)
なんて感心していたら、ヴァドラの炎の光がとんでもない大きさになっている。
ヴァドラの口どころか頭の数倍の大きさ。
あれ、喰らったら絶対に死ぬ。
いや。死ぬどころか、魂まで消滅しそうだ。
(ああ、こりゃやばいね……)
たぶん、オレは混乱しているのだと思う。
あまりの展開の早さに、オレの処理能力では整理しきれていないのだ。
おかげで、死を前にしても、なんか恐怖が実感とならない。
「車、ちょっと力を貸しなさい!」
クシィがアウトランナーのボンネットに右手を当てる。
炎の玉……ってか、隕石みたいなのがこちらに向かって飛んでくる。
これはもうだめだな、そう思っていた。
「吸いつくしなさい!」
オレはその時、玉響が数十秒ほどに感じられた。
飛来してくる巨大な炎の隕石みたいなのが、突如変形を始めたのだ。
その先端が細く引っぱられるように。
涙滴型とでもいえばいいのか。
喩えるなら、丸められた水飴の先端が何かに引っぱられるようだ。
しかもその先端は、クシィの延ばした左手に吸いこまれていく。
そして、なぜかオレにはわかった。
その流れた何かが、クシィの左手から身体を通って、右手に流れ出てアウトランナーに注ぎこまれていることが。
「……消えた……」
気がつけば、炎の隕石とでも言うべき物は、その場から消え失せていた。
違う。
正確には、吸いこまれていったのだ。
アウトランナーの中に。
「……くっ……」
その場でクシィが崩れるように倒れそうになる。
オレは慌ててドアを開けて外にでる。
が、それよりも早く、どこからともなく現れたファイが、クシィの体を支えていた。
「無茶をする。また、
ファイが苦笑しながらそう言うと、クシィも弱々しいながら口を開く。
「あんたこそ、
「うぐ……。どうもまだ呼ぶのが苦手でな。でもまあ――」
ファイは上空を見上げる。
すると、ヴァドラがまさにその場から去ろうとしている所だった。
「どうやら痛み分けのようだな」
「そうね……」
オレは結局、なにもできないまま、ファンタジーアニメに出てくるような勇敢な2人の姿と、去って行くドラゴンの姿を見つめていた。
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