第123話:オレは英雄として……
いるんだ。
本当にいるんだ。
マンガやアニメでピンチに助けに来る勇者のようなような存在が。
小説や映画で誰も敵わない敵を圧倒する英雄のような存在が。
オレは、そんなの夢物語だと思っていた。
こんな異世界なんてものがあるにしてもだ。
もちろん、世の中にはすごい奴がいるとは知っていた。
すごい……なんて言うと漠然としているけど、なんというか輝く何かをもっている人がいるということを最近になって、知ることができた。
例えば、十文字女史の確固たる自信。
例えば、ミヤの前向きさ。
例えば、アズの強い意志。
例えば、キャラの背中に見た誇り。
それらはすべて、オレにはない輝く魅力の塊みたいなものだ。
だが、目の前の2人の輝きは、それとは意味が違う。
何かが輝いているというより、存在そのものが輝いている気がする。
(つーか、オレの語彙力ではうまくいえないなぁ)
たぶん、もっとも近い言葉は「憧れ」じゃないだろうか。
オレがなりたかった、存在そのもの。
いつもビクビクとしていたオレとは正反対の存在。
オレは、異世界に転移してきても、逃げてばかりで何の力もない。
今回もただ逃げ回っていただけだ。
目の前の2人のような英雄になりたいなんて言わない。
でも、せめて。
せめて、もう少し勇気ある人間になれたらなと改めて思ってしまう。
この2人のように。
「冗談じゃないわ!」
オレが2人の勇者の姿に見惚れていると、いつの間にか車から降りてきていた希未が涙目でこちらを睨んでいる。
「違う! ぜんぜん違う! あたしはちょっと刺激が……今を変えてくれる何かがあればよかったの!」
「の、希未? 何を言って……」
「こんな本当に死ぬような目に遭いたかったわけじゃい! 早く帰りたい! 帰らせて!」
少し嗚咽が混じりながらも怒声をオレにぶつけてくる希未は、明らかに怯えている。
そりゃあそうだろうと思う。
たぶん、さっきまで彼女は、「死」というものを実感していなかったはずだ。
あんなでかいドラゴンに襲われ、死にかける経験をしたことがあるわけがない。
怖がって当たり前だ。
(でも、これがミヤや女史だったら……)
2人は異世界で、ここまでピンチに陥ったことはない。
ミヤは命の危機になったことがあったが、心構えができていたし、どうやってもかまわないようなドラゴンに襲われたわけでもない。
でも2人なら、同じ状況になってもこんな反応はしなかったのではないだろうか。
なんとなくそう思う。
(あの2人がおかしいんだ。希未の方が普通の反応だよな……)
「異世界に来ても何も変わらない! すごい力に目覚めたりしないし、魔物と戦ったりもできない!」
「い、いやまあ、そりゃな」
「なのになんで、現人はそんなに落ちついているの!?」
「……え? 落ちついてる? オレが?」
「そう! 怖がってないし! だいたい、なんの力もないのに、なんであんなドラゴンと戦えているの!?」
「は? いやいや! オレは逃げていただけで戦ったのは、あの2人で――」
「――戦ってたじゃん! 車から降りて、なんかパチンコみたいなの正面からドラゴンに撃って!」
「ああ。あれは戦っていたというか、逃げるために……」
「あんなことしたら死ぬから! 普通、死ぬから! 生きていたの奇跡みたいなもんだから!」
「そ、それは、まあそうかも……」
「ならなんで!?」
「な、なにが?」
希未が、さっと腕を上げて指さす。
その先にいたのは、いつのまにか車から降りて、希未の様子に不安げな顔をしているキャラだった。
「なんであんた、この子を助けるために帆走してんの!? 街で叫んで、危険に飛びこんで、ドラゴンに立ち向かって……。あんた、すごい力もなんもないんだから、逃げても誰もあんたを責めないじゃん! あ、あたしは……あたしは見捨てて逃げた方がいいって……でも、現人……あんたはなんでそんなに……いつのまにそんな勇敢になったの……」
「勇敢? オレが?」
「ああ。遠くから見ていたけど、勇敢だったぞ。さすが神人殿。おかげで間にあった」
金髪の戦士であるファイが、まるで包みこむような温かい笑顔でそう言ってきた。
彼女もかなりの美貌の持主だ。
目鼻立ちがしっかりしていながら、輪郭線はどこか柔らかく、きりっとした雰囲気とかわいらしさを兼ね備えている。
碧眼は本当に宝石のようにキラキラとしていて、風にたなびく金髪と非常にマッチしていた。
そんな美少女から褒められたのだから、もちろん悪い気はしない。
悪い気はしないが、オレが勇敢だというのは異議ありだ。
「そうそう。どんな武器を持っていても、ヴァドラに正面から立ち向かう事なんて、【
もう一人の美少女であるクシィにまでそう言われてしまう。
彼女の言う【
(つーか、「ワールド」ってそのまま英語? これも翻訳機能か?)
今までも異世界の言葉はいい感じに翻訳されている。
今回も頭の中に「世界冒険者」という単語で入ってくるのだが、それが「ワールド」という音で認識されている。
非常に親切設計で、AI翻訳も真っ青な機能である。
と、また思考が逃避していたな。
ともかくオレは、異世界冒険の主人公でもなんでもない、大した活躍もしていないモブにすぎない。
「ま、まあそのなんだ。褒めてもらうのは嬉しいが、勇敢といわれるような感じじゃねーよ。基本、ダメな人間で……」
「そうよ! 現人はダメダメだったじゃないか!」
「お、おお……」
希未にダメ押しされてついうなずいてしまう。
だが、言った本人が頭を横にふる。
「なのに! なのに……なんでそんなに変わったの」
「変わった……」
最近、オレに対して、よく言われる言葉だ。
確かに自分でも、考え方が変わったことは実感している。
でも、オレという人間が変わったかと言われると、それには自信がない。
何かで賞をとったり、仕事で大きな取引を成功させたり、そんな目立つことはなにもしていない。
いや。大きいことどころか、小さいことも成し遂げていない。
兄貴のように、家族の期待に応えられたわけでもない。
オレは結局、何も昔から変わっていないのに、周りは変わったと言ってくる。
「オレ……変わったのかな……」
だからオレは、あの時もふともらしたのだ。
居酒屋でミヤと教子さんと一緒に呑んでいたとき、無意識に。
2人に尋ねたくて口にしたわけではない。
単なる独り言。
でもその時、2人は答えてくれた。
「変わったわよ、アウトくん。もちろん、いい方向にね」
「そうですよ! アウトさんが変わってなかったら、ミヤたちはここにいませんよ」
2人が妙に優しく微笑みながらそう言ってくれた。
「あ、でも、『変わった』わけではないかもしれないわね」
「えっ!? 上げてから下げるのは悲しいのでやめてください、教子さん!」
「ふふ。そうではなくて。『変わった』というより、わたしは『成長した』と言ってあげたいなと思っただけ」
「それはどういう意味で……」
「そうね。例えば『いい人に変わった』と言ったら、それまでは『悪い人』だったことになるでしょう?」
「いや、まあ。つーか、オレ、自分の事ながらまちがいなく『悪い人』だったと……」
「まあ、それはそうなんだけど」
すんなりと肯定された。
「ただ、なんとなく過去の自分を『悪い』と否定するより、そんな自分も糧として成長したから、今の自分になったんだと思った方が、後悔が少ないかなと思っただけ。ニュアンスの違いだけの話かもしれないけどね」
「オレは、たっぷり後悔した方がいいんじゃないっすかね……」
「後悔はあまり必要ないの。大事なのは反省でしょ」
さすが教子さんは、言うことが違う。
「それにそれに! 確かに『成長した』のがいいかもですよ、アウトさん」
レモンハイを片手に、ミヤがかるく首を横にふる。
「だって、『いい人に変わった』はつまらないですよ」
「つまらない?」
「ですです。『いい人に変わった』ら、それで終わりみたいじゃないですか。『成長した』なら、これからもまだ成長できる気がしますし」
「でも、いつまでも成長しきれないのはなぁ。結局、なにも成し遂げてない気が……」
「ああ。アウトさん。大事な言葉を忘れてますよ!」
そうオレに向けて指をさすミヤに、教子さんが「そうそう」と続ける。
「キャラちゃんだっけ? 彼女に言われた、あなたを変えた……成長させた言葉」
「あ……」
「違うらしいぞ、希未」
オレは希未に向かって、今できるかぎりの笑顔を向けてやった。
「オレは変わったわけじゃなく、成長したんだそうだ」
そして今度は、キャラに向かってニカッと笑って見せる。
「だよな、キャラ?」
キャラのきょとんとした顔。
だがすぐに、懐かしさを感じるキャラの笑顔が返ってくる。
「うん。アウトは成長した。これからも、アウトの成長に期待している!」
そうだ。
オレは異世界で無双の強さを誇る英雄になったり、元の世界で仕事ができる優秀な人間になったりしなくてもいいんだ。
ただ、亀の歩みのような成長でも、それを期待されるぐらいの人間でありたい。
そして、その姿をキャラに見てもらいたい。
だから今、ひさびさに再会できたキャラに、その成長を認めてもらえて、オレはこの上なく達成感を得ているんだ。
「――でも、前に遇ったアウトの方が成長していた」
「……えっ!? 前に遇った……って、まさか……。キャラさん、オレと遇うのは何回目でしょうか?」
「4回目」
「マジ?」
「マジマジ」
キャラが妙に楽しそうにうなずいた。
「なんてこった……」
やっと念願の再会を果たせたと思ったけど、どうやら本当の意味での再会ではなかったらしい。
まあ、それでも4回目ということは、少なくとも異世界に来ればあと4回はキャラと出逢えるということだ。
それがわかっただけでも、良しとしよう。
「そうか。すでに2回も、あの後に遇っていたのか……」
「うん。そうだぞ、アウト」
そう言うと、キャラは跳ねるように移動して、すばやくオレに寄ってきた。
「最初に遇ったとき、行き倒れたところを助けてくれて、崖から身を投げてまで魔獣からも助けてくれた」
そして下から覗きこむようにオレの顔を見上げる。
「その後も何度も助けられて、また今日も危機一髪のところに駆けつけてくれた。異世界からアウトが助けに来てくれたから、キャラはこうして生きていられる。だから――」
背伸びしたキャラの腕が首に掛かったかと思うと、その愛らしい顔が急接近する。
そして、唇に触れる感触。
「――!?」
きっと触れたのは、ほんのわずかな時間だったと思う。
照れるいとまもないほどのフレンチキス。
でも、俺の唇が、顔が熱くなるのがわかる。
それは高校生の頃にしたファーストキスとは、比べものにならない衝撃だった。
「キャ、キャラ、なにを――」
「ミュー」
「……え?」
「キャラの名前は、キャラデリカ・ミュー。キャラデリカ家系のミューだ」
「ミュー……だって?」
「そう。親しい者にだけ、名を告げて呼んでもらう。だから、今度からミューと呼んで欲しい」
「親しい者……オレが?」
「うん。だってアウトは、ミューが困った時に現れて助けてくれる、ミューの英雄なんだから!」
そう告げたミューの顔が、前に会ったミューが向けてきた愛情ある表情とまったく同じものだった。
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