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第054話:魚を捌き……

 異世界のカキマスという魚は、色こそ違うがニジマスにそっくりだった。

 元界帰還シフトアップしてから調べたが、その捌き方もそっくりだった。

 おかげで目の前の魚をさばくのに苦労しない。

 まず、塩を手にかるく塗って魚をそれで拭くようにし、水で流して滑りを取る。

 次に鱗取りだが、ネットで調べたらステンレスたわしが良いと書いてあったのでそれを使ってみた。

 尾から頭に撫でると、細かい鱗がけっこう簡単に取れる。

 次に内臓取りは、エラの上のあたりに刃を入れてしめる。

 その後、塩で滑りをとってから、腹をエラのところかすら肛門まで裂く。

 エラ近くにいれた切れ目に指を入れて、腹の方に引き抜いていく。

 すると、エラと一緒に内蔵が取れていく。

 個人的にこの時、内臓を意識しないようにする。

 意識すると……きもい。

 鼻を突く生臭さがなかなか強敵だが、無心になることが大切だ。

 その後、はらわたの奥に残った血合いを指とかスプーンでそぎ取って水で流す。

 これをひたすらくりかえす。

 まあ、全部で12匹ほどだったので、ミューにやらされた練習に比べれば大したことはない。

 むしろ、捌くのより串刺しのがオレには難関だ。

 口から入れて波打つように刺すのだが、これがなかなか難しい。

 背骨を縫うように刺すそうだ。

 これで抜けにくくなるという。

 串は用意されていなかったので、オレが買っておいた竹串を使った。

 けっこう時間はかかったが、一応は形になったのでよしとしよう。

 塩は中に少々、それから上から適当にふりかける。

 ミューからは教わらなかったが、ネットで調べたところだと、何でも化粧塩というのがあり、ヒレに多めの塩をつけることで焦げるのを防ぐ技があるらしい。

 まあ、見た目を良くするテクニックのようだから、ワイルドなミューには関係ないのかも知れない。

 あとはこれを焼くだけだ。

 表面をこんがりと焼いた方が美味いので、あまり強い火では焼かない方が良い。

 コンロの上に石を置いて串を橋渡しさせて焼くことにする。


「うむ。いい感じだ」


「そうね」


「――うおっ!?」


 オレの独り言に、背後から合いの手のような声が聞こえてオレは跳びあがった。

 両手を挙げた無様なカッコでふりむくと、そこにいたのはまたもや十文字女史だった。

 彼女はやはり腕を組んで、串に刺された魚をマジマジと見ている。


「ちょっ! 驚かさないでくださいよ」


「あなたが勝手に驚いているだけでしょう」


 ものすごく勝手なことを言われる。

 本人に威かすつもりがなかったなら、確かにそうかも知れないが、さすがに納得はできるものではない。

 ところで、彼女は何しに来たのだろうか。

 またオレの行動をチェックしに来たのだろうか……気になる。


「……ねぇ。大前君って、アウトドア派なの?」


「え? ……いや、別にそういうわけでもないような……」


 予想外の質問だった。

 この人気ナンバーワンの女史が、オレごときに興味を持つなどありえないと思っていたのだ。


「だって、あなたテーブルセットも持っていたし、炭火の着火も慣れていたし、着火剤まで用意していたし、魚捌くのもなれてるし、なんか車にいろいろ積んでいるみたいだし」


 さすがよく見ていらっしゃると、ちょっと怖くなる。


「たまたま最近、そういうことをやる機会がありまして」


「最近……ね。そう言えば最近、あなたの仕事ぶりを良く聞くわ」


「そ、そっすか……」


 やはり仕事がらみのチェックなのだろうか。

 裏では部長よりも発言力があり、「影の本部長」とか呼ばれている十文字女史である。

 噂では、専務の1人が彼女に頭をペコペコとさげていたという話も聞く。

 彼女に逆らったら、首になったという話もある。

 油断はできない。

 とりあえず、オレは逃げるように荷物をまとめて戻ることにした。

 どちらにしても塩振りした魚は、すぐに水が出始めるので早めに火にかけたい。

 すると、何も言わずに女史がテキパキと手伝い始め、串刺しの魚を持ってくれた。

 さすがに気が利く人である。

 しかし、お陰で逃げられない。


「ところで、山崎はどうしました?」


 オレは歩きながら、別の話題をふってみた。

 すると、彼女は見えてきたオレたちのサイトを見ながら、少しだけ苦笑してみせる。


「ああ、彼。私がお米が好きと言ったら、飯盒でご飯を炊くと言ってがんばってたわ」


 確かに見ると、コンロの前に山崎がいた。

 まじめな顔で、飯盒とコンロの火を順番にせわしなく見守っている。

 オレは飯盒でご飯など炊いたことがないのでよくわからないが、見張っていなければならないほど気を使う物なのだろうか。


「あれは、ご飯がベチョベチョになるわ」


「……え?」


 オレは思わず止まって女史の顔を見てしまう。

 彼女はポーカーフェイスで言葉を続ける。


「水分量がちょっとね……」


「ほう……。つーか、教えてやらなかったんですか?」


「男が女のため、一生懸命やろうとしているのに、口を出すのは野暮かと思ったのよ」


「…………」


 どうやら山崎の気持ちは、すでにバレているらしい。

 しかし、女史の表情を見る限り、どうも今のところ反応は薄そうだ。

 少なくとも山崎を見る目は、自分のためにがんばる男を見る目ではない。

 どちらかというと、がんばる子供を温かく見守る親のようにも見えた。


「つーか、十文字さんは、もしかしてキャンプとかよくするんですか?」


「……意外?」


「まあ、正直……」


 オレにとって彼女は、都会の女のイメージだ。

 しかし、今の彼女をよく見れば、服装一つとっても他の二人の女性よりも、生地がしっかりとしていながらも動きやすそうなものを選んでいる。

 やはりなれているのだろう。


「私、けっこう休みの日は一人で山に登ったり、キャンプに出かけたりしているのよ」


「……マジ意外です」


「私から見れば、貴方の方が意外だわ。適当人間と聞いていたあなたが、こんなにテキパキと動いて、しかもアウトドアにも慣れているなんて」


「あ、あはは……」


 サイトに着くと、女史は神寺さん狙いの男2人……えーっと……吉岡と木原? ……だったかに魚を渡した。

 山崎が彼女に気づき、「おいしいご飯作りますよ!」と声をかけた。

 それに女史は、少し微笑を見せて「期待しているわ」と返事をする。

 おかげで山崎はさらにやる気を出して……コンロの火を睨んでいた。


(……ガンバレ、山崎……)


 オレは心で応援してから、車に荷物を片づけに戻る。

 と、なぜか女史もついてくる。

 なんだろうと不安に思ったが、どうやらアウトランナーに興味があったらしい。

 彼女は近づくとまじまじと車を見つめた。


「……いい車ね」


「うっす! ありがとうございます!」


 嬉しい。

 やはり自分の車を褒めてもらえるのは嬉しいことだ。

 できることなら、熱くこの車について語りたいところだ。

 だが、飯盒と真剣に語らう山崎の手前、女史と仲良くお話しするわけにはいかない。


「十文字さん。山崎に飯盒での炊き方を教えてあげてくださいよ」


「……手遅れよ。それに量も少ないわね。焼きおにぎりとか、好きだったんだけど」


「……焼きおにぎり……いいっすね!」


 醤油の焼けた香ばしい香りが漂う、熱々の焼きおにぎり。

 確かにそれはすばらしい。


「でも、あのご飯じゃできないわ」


「……じゃあ、炊きましょう!」


「今からじゃ時間がかかりすぎるわ」


「……なら早炊きで!」


「……え?」


 不可解さを見せた女史をよそに、オレはまたアウトランナーの荷室ラゲッジルームに向かった。

 アウトランナーは伊達じゃないのだ!

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