第055話:米を磨ぎ……
オレはアウトランナーの
その白くて少し丸い物体を見て、十文字女史は目を丸くする。
「そ……それはいわゆる……電子炊飯ジャー……よね?」
「つーか、まさにそれです!」
「……あなた、やっぱりバカなの?」
呆れたため息と共に、女史はズバッと気持ちよい言葉でオレを貫いた。
なんというか、顰めた眉までどこかセクシーなので腹も立たない。
むしろ、思わず身震いして、得も言われぬ快感を味わってしまう。
この人に貶されるのは、ちょっといいかもしれない。
……おっと、脱線した。
ともかく、このことに関しては「バカ」ではないので、反論しなければならない。
「なんでキャンプに来てまで電子ジャーなのよ。だいたい、ここはACサイトじゃないから電気がないわよ。どーやってご飯を炊くつもり?」
「電気なら、ここにあります!」
オレは胸を張ってアウトランナーを指さした。
しかし、そのオレに対して、女史はさらに大きなため息。
「あなたねぇ。車のバッテリーでそんなもの動かしたら、すぐに上がっちゃうわよ。それ以前に、うまく動かないことも――」
「ノープロブレムですよ、女史!」
「……じょし?」
「ああ、失礼」
つい頭の中での呼称を口にしてしまった。
「この車は、PHEVなんですよ」
「……それってハイブリッド車ってこと?」
「まあ、ハイブリッドなんですけど、どちらかと言えば電気自動車です」
「なら、なおさらダメじゃない」
女史、得意のポーズの腕組みがでる。
そして、まるで女教師を思わすように指を立てて、振りながら言葉を続ける。
「電気自動車のバッテリーが切れたら、もう走れなくなるのでしょう」
「いや、ガソリンも入っていますし……」
「それでも電池がなくなったら、充電器にさすか、走らないと充電できないのでしょう?」
「いえいえ。こいつは止まったままで発電できるんですよ。つまり発電機を積んでいる車なんです。それにバッテリーもでかいので、炊飯器で米を炊くぐらい余裕なんっすよ!」
「発電機を積んでるの? へぇ……。キャンプとしては邪道のような気もするけど……」
「でも、行った先で、いつでも火が使えるとは限りませんからね。実際、砂漠とかで薪が手に入らない場所もあったし」
「砂漠? あなた、そんなところにまで行っているの?」
「……あ、いや……それはともかく、お湯をちょっと沸かすのに、炭に火をつけるのも面倒。ガスコンロだとガスカートリッジを持っていかないといけないし」
「……まあ、言われてみると確かに手軽そうね。いろいろと行動の幅も広がりそうだけど」
「でしょ! アウトランナーがあれば、電気と共に気ままに走って、好きなところを見て、疲れたら寝て、腹減ったら飯を食う旅ができる!」
結局、気がつけば、まるで通販のセールストークのごとく、熱く車自慢をしてしまっている。
しかし、女史は嫌な顔せず、楽しそうに聞いてくれている。
「……なるほどね。それがあなたのアウトドアライフの形ってことかしら?」
「なんか、車中泊だとアウトドアって感じではないんですけどね。……つーか、言うなれば、アウトランナーライフ? 略して、アウトランフとか?」
「……ぷっ……」
なんか知らないけど、かるく女史が吹きだした。
どこが面白かったのかよくわからないが、ウケたらしい。
こんな柔らかい顔の彼女を初めて見た。
(……つーか、意外に話しやすい人だな……)
そう言えば、もう監視されているとか、評価されているとか、そういう感じはなくなっている。
監視なんて言うのは、もしかしたらオレの思いこみだったのかも知れない。
そう考えながらも、オレは炊飯ジャーに入れておいたビニール袋をとりだした。
中には、先日購入した芳賀米が入っている。
「……米まで用意していたの?」
「ええ。いつでも異世か……ではなく、行きたいところに行って、困らないようにです」
「車で行きたいところに自由に……なにか、そういうのも素敵ね」
十文字女史が、ふわっと優しく顔をほころばした。
切れ長の双眸も眉も弓なりになり、艶やかな小さな唇も柔らかく曲線を描いている。
オレは、その表情に目を奪われてしまう。
いつもきついイメージしかなかった女史が、こんなに優しくかわいらしく笑うとは思わなかったのだ。
一瞬、ついクラッと来てしまう。
もともと、女史は俺の好みなのだ。
豊満なバストとすばらしいクビレ、伸びるスラリとした美脚。
そして、細面で整った美人顔も、好みドストライクだ。
これで性格が、「普段はしっかりとしたキツい性格だけど、二人きりだとデレる」ならば完璧だった……と考えていたのだ。
もちろん、そんな漫画に出てくるようなツンデレ的女性など、本当にいるわけがないのだ。
オレだってもう現実はわかっている。
夢見がちなことを言う年齢ではない。
……そう思っていた。
ところがだ。
どうも、十文字女史にも柔らかい面があるらしい。
考えてみれば、異世界なんていうものが夢ではなく本当にあって、「ネコ耳娘」も「おませ魔法幼女」もいたのだから、「ツンデレ女史」ぐらいいてもまったくおかしくないはずだ。
(……でもなぁ……)
オレは、もうとうの昔に女史のことはあきらめて、妄想の中だけの恋人にしていた。
まさに、高嶺の花。
ダメ社員のオレなんか、歯牙にもかからないことは明白なのだ。
(惚れちゃいかん……うん……それにオレには……)
どうせ無理なのだから挑戦なんてしない方がいい。
オレは頭を切り換えて、米を磨ぎに行こうとした。
すると、すっと女史がオレから米を取りあげる。
「それ、貸しなさい。私がやってくるわ」
「……え?」
「私だけ何もしないのは悪いもの」
「で、でも、十文字さんに米とぎさせるのはまずいというか……」
「……どうして?」
改めてそう聞かれると確かに困る。
ここへはみんなでキャンプに来ているのだから、みんなで協力して作業するのは当たり前だ。
でも、不思議と女史のような高貴な方(?)に仕事をさせるのは悪い気がする。
ところが、それをなぜかと聞かれると、うまく答えられない。
俺は思わず、しどろもどろとなってしまう。
「ど、どうしてって……つーか、それはその、十文字さんのような方に、米とぎのような雑用を頼むのは、そのなんだ……米だけに、ヤベイ(米)……なんちゃって……」
「…………ぷっ!」
「…………」
ウケた。
まさか、苦し紛れで適当に口からでた、こんなくだらない駄洒落がウケるとは予想外すぎる。
しかも、顔を背けて下を向き、口元と腹を押さえ、肩を揺らして笑いをこらえきれずにいる。
バカウケだ!
(つーか、そこまでウケるのかよ!)
というツッコミは口にだせずに、オレは女史の笑いが止まるのを待った。
すると、しばらくして女史は、わざとらしく咳払いを一つする。
「ゴホンッ。……もうっ! ちょっとくだらないこと言うの、やめてもらえるかしら」
「あ、はい。すいません……」
彼女は、ハンカチを出してメガネの下の潤んだ瞳に添える。
どうやら、オレは天下無敵の女史の弱点を見つけてしまったらしい。
「……ともかく、私は体を動かすことも好きなんだから気にしないで、ね?」
一度、破顔したせいか、表情がいつもよりかなり柔らかい。
今までのイメージとまったくちがうギャップ。
それは、オレの心臓にトールハンマーを落とした。
(…………ほ…………惚れちまうやろー!)
しばらくして、山崎がこちらを恨めしそうに見ていることに気がついた……。
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