第056話:焼きおにぎりを作ってから……

「神寺さん、握りは固めに!」


「は、はい!」


「木崎くん、握ったあとは、サランラップを開けて、くっつかないように下だけ敷いておく感じで!」


「う、うっす!」


「山崎くん、まだタレを塗ってはダメ! 炊き立てだから素焼きしてからにしないと、くっつきやすくなってしまうわ!」


「りょ、了解です!」


 十文字女史の見事な指示で、3人がおにぎりを握っている。

 まさに、焼きおにぎり奉行である。

 その指示はきめ細かく、こんなところでもきっちりとした性格がいかんなく発揮されていた。

 そんな女史の様子に、周りはみんなとまどっている。


(女史……我慢できなくなったか……)


 オレは飯盒の前に座りながら、苦笑いをもらした。

 炊飯ジャーでご飯を炊いたあと、オレは山崎と交代してやることにした。

 飯盒の面倒はオレが見るから、十文字女史と一緒に焼きおにぎり作りでもしろと勧めてやったわけである。

 まあ、女史曰く飯盒の中身は失敗らしいが、途中からオレが見たことで、オレが失敗したことにもでき、山崎としては御の字だろう。

 もちろん、山崎にそこまでしてやる義理はないのだが、ちょっと先ほど女史に心が動いたやましさがオレにはあった。

 オレにしてみれば、女史のことで山崎ともめるつもりは毛頭ない。

 どうせオレごときが女史を口説けるわけもないのだから。

 だから、オレは早々に逃げの一手を打つことにしたのだ。


 だが、山崎と他2名がおにぎり作りに入ってしばらくすると、その手際の悪さに女史が動きだした。

 自分も手早く握りながらも、てきぱきと指示をしていく。

 今回は、バーベキューのお供ということで、一口サイズぐらいのかわいらしいおにぎりをたくさん作った。

 日が沈んだ頃には、多くのおにぎりがテーブルに並んでいった。

 すべてのご飯がおにぎり化されると、今度はこれをかるく炙っていく。

 焼きおにぎりは、もともと冷やご飯をおいしく食べる方法の一つらしい。

 冷やご飯ならばそれほどベタベタとしていないのだが、やはり炊きたてご飯だと水分が多く含まれているためべたついてしまう。

 そこにタレを塗って焼くと、女史曰く金網や鉄板などに貼りついてしまって焼きにくいらしいのだ。

 そこで、まずはかるく表面を焼いて、水分を飛ばせてパリッとさせるそうなのである。

 その後に、タレを塗っていく。

 タレはもちろん、ただ醤油を塗ってもいいし、味噌があればそれを醤油や日本酒などで緩めたものでもよい。

 ちなみに中まで味をしみこませるために、最初にタレを全体にあえてしまう方法もあるそうだ。

 ただ、今回はあくまでバーベキューのお供ということで、そこまで味を濃くする必要はない。

 また、味噌も持ってきていないので、しょうゆベースのタレを作ることにする。

 もちろん、これは女史のアイデアで、醤油に少しみりんを混ぜてごま油を少々混ぜたものを用意してみた。

 その他、バーベキュー用に用意されていた焼き肉のタレを塗ったものも用意した。

 刷毛でもあれば良かったのだが、そこはスプーンで少しずつ垂らして伸ばしていく。


 そして、バーベキューが本格的に始まった。

 本来の肉や野菜のバーベキューも一緒にしなくてはならないのだが、そこまでコンロが広くない。

 そこで、焼きおにぎりはオレのIHコンロに専用鉄板を置いて焼くことにした。

 焼きおにぎりは、火が通り始めると香ばしさが鼻をくすぐる。

 醤油の焼ける臭いは、食欲を誘う。

 一口サイズでついついパクパクと食べてしまうのか、思いの外、焼きおにぎりは大人気となった。

 焼きあがったとたん、どんどん売れていってしまう。

 もちろん、そこにニジマスの塩焼きも加わる。

 こちらは焼けるのに時間はかかったが、ホクホクとなって上々の出来映えだった。

 全体に満腹感も高く、夕飯は非常に明るい感じで酒もすすんだ。


 そんな中、みんな思い思いの話題で話が進む。

 神寺さんと取り巻き2人は、私生活の話題で盛りあがっていたようだ。

 一方で、山崎と十文字女史、それにカップルの2人が加わり、仕事の話題を多くしていた。

 オレはそれらの話を横で聞きながら、すっかり焼き物係と化していた。

 少し前のオレならば、神寺さんや十文字女史と親しくなろうと必死に会話に参加しようとしたことだろう。

 しかし、今のオレの頭の中は、異世界のことばかりを考えていた。

 キャラの趣味は何だろうかとか、アズにあったらどうやって謝ろうかとか、ミューからもらった預言書は結局なんなんだろうとか……。

 おかげで、話題に加わらなくても寂しさなど感じることもなく、傍目から見たら縁側で若者達の会話に耳を傾けるご老人のように見えていたかも知れない。

 ともかく料理はおいしく、全体的に話も盛りあがっていい感じでディナーは終わった。

 山崎の飯盒の中身は、なんとかぎりぎり食べられるご飯となっていたのだが、結局、誰も手をつけずに終わり、山崎もその出来映えにあまり触れることはなかった。

 なかったことにしたかったのだろう。


(だからと言って捨てるのはもったいない。ちょっとベチョベチョだけど、炊飯ジャーで保温しておいて、明日の朝にお茶漬けにしてしまうか……)


 食事の片付けが終わると、今度は眠る準備に入る。

 陽気は三月。

 春の風は早めに吹いたとは言え、まだ夜はそれなりに冷える。

 きちんと防寒はしなくてはならない。

 明るいうちに張られていたテントは三つ。

 カップルの二人は、一つのテントを自分たちで持ってきたらしい。

 男性用テントは、山崎が用意してきた四人用のものだった。

 そして女性用テントは、二人用で女史が用意したものだった。

 もともと、今回のキャンプは、山崎が十文字女史の趣味を知って企画したイベントらしい。

 誘い方も「テント持っているなら、一緒に参加してもらえませんか」的なことを言ったようである。

 きっと山崎は、女史のイメージからキャンプと言っても大したアウトドア経験などないと高をくくっていたのだろう。

 ならば、アウトドアでいいところを見せてアピールができるのではないかと考えたわけである。

 ところが、女史の趣味はかなりディープだったのだ。

 テントの張り方一つ見ても、山崎と女史では手際の良さがまったくちがう。

 いいところを見せるどころか、山崎は女史にペグの打ち方や角度がよくないと指摘されてしまっていた。

 こういうのは、なんて言うのだろう。

 生兵法は怪我の元とでも言えばいいのか。

 とにかく山崎の思惑はあまり成功とは言えなかったが、イベント全体としては楽しい雰囲気で過ごせたのではないだろうか。


 ところで。

 オレはもちろんテントではなく車中泊である。

 いつもどおり後部座席を倒して荷室ラゲッジルームを広げて、そこにインフレーターマットを膨らませる。

 余分な荷物は、外にだした。

 今回のようにタープを張っている場合などは、そこに荷物を置いておくということも可能だが、異世界だとあまり荷物を外に置き去りにしておくのは防犯上よくない気がする。

 その内、この問題の解決方法も考えなければならない。


(うーん……まだ夜は冷えるな……)


 少し冷えてきたので、オレはインフレーターマットの上に電気毛布を敷くことにした。

 これで車を閉めきれば、かなりの温かさが得られるのだ。

 試しにマットに寝て布団を掛けてみるが、窓もシェードをしてあるおかげか、やはり温度に問題はなさそうだ。


「うわぁ~。今度は電気毛布ですか?」


 そんなオレに、声をかけてきたのは神寺さんだった。

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